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将校女物語  作者: 千野梨
3/7

一話

 南火半島の入り口、須弥山脈が輝く白化粧をしていてもセラリスは喜べなかった。

 冬が近い。これからの戦いは辛くなるな。そう考え、美しい景色を見ても感動するより軍事的思考を優先させてしまうように教育修正された自分に嫌気が差した。

 私、女の子として大切な何かが失われちゃってるなぁ。そうセラリスが思いながら、バッサリと短く切られた銀髪を不満そうにかきあげる。

 高地の寒さは感じなかったが、爽やかな風とそれに含まれる周囲に咲き乱れていた三連鱗形の花弁が美しい白鱗花の香りも感じることは出来なかった。

 彼女は今、金属とセラミックで出来た巨体に包まれていたからだ。


 機兵と呼ばれる高さ5メートルほどの、いわゆるロボットを操縦している。技術革新と、戦場で死を大量生産する必要性から生まれた兵器であった。


 数十年前、戦場から空が消えた。安価なレーザー兵器:(酸素とヨウ素の励起を利用する)が開発されたからだ。莫大な金をかけた航空機もミサイルも、安物のレーザーに撃ち落とされるようになった。いかに速く動こうとも光速相手では分が悪い。費用対効果も極めて悪かった。戦争とは拡大された決闘などではなく政治、経済活動の一環に過ぎない。

結果、戦場から空が消えた。現在、航空機は後方の輸送に使用されるに留まっている。

 次にレーザーを強力な電界でネジ曲げる装甲が開発されたが、いかんせん重かった。航空機に使用出来る重量ではない。そして機兵というその装甲を持つ陸上兵器が出来上がった。

 異常な防御力を持つ機兵を破壊する方法は決して多くない。

 レーザーは通じないし、少量の爆薬でもビクともしない。大量の爆薬ならば破壊可能だが、爆薬を相手に届かせる手段が使用不可能であった。ミサイルでも巨大な砲弾でも、機兵に届く前にレーザーで撃ち落とされてしまう。

 現在、戦場で主に機兵を倒す方法は機兵が持つ二種類の基本装備によるものであった。

 超高速レールガン。

 そして、その先端に銃剣のごとく装備されているプラズマカッターである。

 電界では曲げられない不伝導体の弾丸を高速で発射して(推進剤の役目をする導体は途中で蒸発する)機兵の分厚い装甲を撃ち抜く。無論、光速のレーザーで撃ち落とされないように、ある程度接近してからでないと効果がない。レーザーが光速だとしても、弾丸の確認、迎撃のための方向修正には時間がかかる。

 その間を与えない距離で放つ必要があった。

 ハフニウム電極を用いたプラズマカッターは機兵装甲の電界で本来はネジ曲げられるが、接近することで問題が解決出来た。相手の電界をこちらの電界で中和してしまえばいいのだ。

 しかし、戦闘には様々な問題があった。レールガンは充電や冷却の必要から三十秒に一発しか放てず、プラズマカッターは、まさに相手の間合いまで接近しないと使えない。


 おかしなことに技術が発達した結果、戦争の様相が何百年も前に前装銃を用いて銃剣突撃した頃と同じようになってしまったのだ。レールガンを数発放ったのち、プラズマカッターによる突撃が行われ決着を着ける。

 他にもジャミング技術の発達から電波による遠距離通信がほとんど出来なくなり(ただし、自国領域内では使用可能だし、場合によっては有線を用いる)、ロボットを用いた戦争でまさかの狼煙が極めて有効な情報伝達手段となった。現在、遺伝子操作した鳩を伝達に使おうという案が真剣に検討されていた。おそらく実用化されるだろう。鳩も空を飛ぶ以上、レーザーに撃ち落とされるが、野生の鳩と軍用鳩を見分けるのは困難だし少なくとも鳩は小型飛行ロボットや相手の迎撃レーザーより安価だ。戦争が経済活動である以上、その利は何よりも大きい。


 機兵特別志願学校で一年間脳味噌が焦げ付きそうなほどの詰め込み教育と思想修正を受け、少尉になったばかりのセラリスが南火半島方面軍の基地を目指していた。

 彼女が操る赤い将校機の横を、白い下士官機が進んでいた。


「急ぎましょう、セラリス少尉殿。このあたりは山賊が出るそうで」

 セラリスに付き添う下士官、ランスロット軍曹がそう言った。軍曹という肩書きに世間一般が持つイメージとは随分かけ離れた優しげな声であった。本人もその声に相応しく、美男子と言ってよい整った顔立ちと輝く金の髪を持つ品の良い爽やかな青年であった。

「うん、そうだね、ランスロット軍曹。日が暮れる前には着こう」

 上官らしからぬ声でセラリスがそう言った。機兵特別志願学校時代は教官と生徒という関係もあってか、彼女はこの物腰の柔らかい軍曹にかなり心を許している。いや、彼がいなければ世間知らずのお嬢様だった少女は軍隊教育という洗礼を耐えることが出来なかっただろう。

 ランスロットの言った山賊という言葉に、セラリスは寒気を感じた。

 ここでいう山賊とは毛皮を着込み、まさかりを振り回すような輩ではない。旧式や片腕などが欠損しているが十分な火力を備えた私掠機:(国から敵対国の輸送機を襲うことを許可された民間の機体。場合によっては国が装備に投資までする)を操る連中のことである。

 不意を突かれたり、多勢に無勢であれば正規軍でも手を焼く。

 少し遅かった進行速度を上げる。今まで足が鈍かったのは、セラリスが山賊以上に不安を感じている存在があったからだ。

 彼女が任官する予定の南火半島方面軍そのものが彼女の不安であった。

 軍といっても、須弥山脈に点々とだらしなく存在し軍の態を成していない。将校不足と国庫が空っぽでまともに給与すら払われていない影響であった。今まで軍が崩壊しなかったのは、須弥山脈が天然の要塞であることと、対する南火諸王国連合軍も昔から国同士の仲が悪く小競り合いを繰り返していたため、まとまりがなかったからだ。

 しかし、ここで自体が急変した。セラリスの国と敵対する東木二重帝国が南火に派兵した。南火と東木の連合が明日にでも侵攻を開始するかも知れない時期にセラリスは任官したのだ。

「そういえば……」セラリスが不安を振りはらうかのように話し始めた。

「南火半島方面軍ってあまり良い噂を聞かないけど、どうなんだろう?」

「……」何とも答えにくい質問をする頼りない新品少尉に対し、ランスロットは沈黙した。

 答えに困ったからではない。沈黙は彼なりの心遣いだった。

 セラリスの言葉は答えを求めたものではない。不安な彼女が、それを和らげるために喋っているのだとわかっていた。むしろ明確な答えを述べて彼女の言葉を続けさせない方が問題だ。


「ボロボロで山賊と変わらないって言う人もいるけど、流石にそれは酷いと思うんだ」

「ええ」ランスロットは意見を言わず、相槌を打つに留めた。

「仮にも自由と平等に殉ずる兵士のことをそんな風に…………ッ?」


 言葉の途中でセラリスが何かに気付いた。金属が弾ける甲高い音。続いて爆音が響く。少し先で何かが炎上していた。武装した集団が何者かを襲撃しているのだ。

「山賊ですね」相変わらず落ち着いた声でランスロットが呟いた。

「た、助けに行かなくちゃ!」と使命感と恐怖が半々の声をセラリスが響かせる。彼女は将校として大量殺人のやり方についてたっぷりと教育は受けているが、未だ経験も目撃もない。

「ああ、落ち着いて下さい、少尉殿。発言が明瞭ではありませんでした」

 機体を全力で走らせるセラリスと併走しながらランスロットが言った。


「襲われている方が山賊ですよ」


「え?」

 急ブレーキをかけ、間抜けな顔をしながらセラリスがランスロットの方を向いた。

「南火半島方面軍は兵站がめちゃくちゃで、給料すら払われていませんからね。ああやって、山賊を略奪して糧食を調達しているんです」

 近付いてみると、確かに火を上げて倒れている機体は正規の機兵ではなく、その周囲を取り囲む機体は色こそ青だかセラリスたちと同じ物であった。青は一般兵のカラーだ。

 青い機体から一人の兵士が飛び出す。裸の上半身に軍服を羽織っている若い男だ。彼が山賊の運んでいたコンテナの上に降り立った。すでにプラズマカッターで開けていた穴から中を漁る。そして「ヒャハハハハッ!」と食糧を手に掲げ、高らかに笑い声を響かせる。その表情は悪魔ですら裸足で逃げだしそうなものであった。

そんなお嬢様学校にも、機兵特別志願学校にも存在しなかった光景にセラリスが思った。

 南火半島方面軍は山賊なんかじゃない。この人たちは……もっともっと怖い。

 そんな連中を指揮しなくてはいけないという現実に、彼女はますます不安になった。

「わ、私こんな人たちにマジで命令するの?」

機兵特別志願学校の経験から、お嬢様時代よりもかなり砕けた言葉でセラリスが尋ねる。

「ええ、マジです」あっさりランスロットが答えた。

「ちょ、無理無理! 絶対、無理だって! 何その無茶ぶり!」

 残像が出来そうなほど、セラリスが手と首を横に振る。

「落ち着いて下さい、少尉殿。まぁ、自分の言う通りにしてもらえませんか? そうして頂けたら大丈夫ですから。何、少尉殿であればあの程度のやんちゃな連中まとめられますよ」

「う、うん……」元教官にして、最も信頼する部下である男の言葉にセラリスが頷く。


 しかし、横目に見える〝やんちゃ〟な饗宴に背筋は寒くなるばかりであった。


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