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FILE 5

《親愛なる父・母・友人たち、そのほか数えきれないほどの今まで出会ったことのある人たちへ。

 突然ですが、私ことマリアーダ=レジンは当分の間、あなたたちの前から姿を消します。

 これは誰かに強要されたことではなく、まちがいなく、私自身の意志によるものです。

 だから私を捜さないでください。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 でも心配しないで。私は決して自分から命を絶つことはしません。自殺は、しません。不慮の事故にでも遭わない限り、私は生きていきます。ただ、今までどおりに生きていくことができなくなっただけなのです。

 どうか、身勝手な私を許してください》


 マリアのスレートに記憶されていた失踪宣言書である。もちろん、本物の宣言書では最後に直筆のサインが添えられていたが。

 立派な失踪宣言だった。


 自分の意志で失踪する

 自殺はしない。


 この2点が押さえられている。これらが押さえられていると警察は事件として捜査することができない。だからこそ市民課調査班別室にまわってきたのだ。

 失踪宣言書に不謹慎ながらある種の感銘をおぼえつつ、クロードはキーボードの上に手を置いた。キーに接している指の先に痺れるような感覚が奔る。それが徐々に心地好いものに思えてくる。

 クロードは目を閉じた。目を閉じても鮮やかにモニターに浮かびあがる字が見える。

「親愛なる父・母・友人たち……」

 口が動き、字を読みあげていた。

「私ことマリアーダ=レジンは当分の間……」


 “あなたたちの前から姿を消します”


 ……そう、ここを捨てなければならない。

 こんなにいいところを。不満なんてひとつもない。幸せなくらい。でも。

 だけれど、あたしはここからさよならしなきゃならない。自分で決めたことだから。自分が望んだことだから。自分でここから歩いていこうって決めたから。

 だから、お父さん、お母さん、ごめんなさい。あたしにだってどうしようもないの。

 エレン、あたしの親友。あなたがくれた赤いスカーフ、持っていくわ。

 クラスのみんな、サークルの仲間たち、カフェのママ、本屋のおじさん、それから、そのほかたくさんの人たち……今までありがとう。あたし、幸せだったよ、本当に。

 あたし、明日、行くからね。誰にもさよならもありがとうも言えなくて、ごめんね。

 どうか、どうか、みんな幸せになってね。

 幸せになってね。

 ありがとう。さようなら。さようなら。さようなら……。


「ラファイト!」


 他に誰もいないはずの部屋の中で突然、声がした。目をあけ、そこに立つ人を認める。女の人、長い髪の。

 黒い綺麗な髪。まるでカラスの羽みたい。

「カラスがあたしを連れにきたの?」

「ラファイト、しっかりして下さい」

 女の人は言う。

 ラファイト? 知らない。ラファイトなんて知らない。

「ラファイトじゃ、判らない?」

 首を縦にふると涙が散った。泣いていた? いつの間に? 泣かないって決めていたのに。

 ユイリは下唇を噛んだ。

 ユイリ?

 そう、この人はユイリ=シーグラフという。なぜか、それを知っている。

 顔をのぞきこむと、ユイリは重大発表するように言った。

「……クロード」

「クロード?」

 鸚鵡返しに応える。ユイリが歩いてきて、手にハンカチを握らせた。涙をふけというのだろうか。

「そう、クロード=ラファイト。あなたの名前です」

 急に頭が痛みだした。両手で頭を抱える。

「クロード、自分を取り戻してください。あなたはマリアではないのです。クロード、しっかりして」

「頭が……痛い……」

 涙が頬をつたうのが判る。


「クロード!」


 ユイリは泣きじゃくるクロードの頭を自分の胸に押しつけ、彼の体をかかえこんだ。

 クロードはしばらく「頭が痛い」と繰り返し言っていたが、ふいに口をつぐんだ。

 と、同時にユイリはクロードの体がこわばるのを感じ、彼をかかえていた腕をほどいた。途端にクロードは座っていた椅子を回転させ、ユイリに背を向ける。

「……すまなかったな。醜態をさらしてしまって」

「いえ」

 ユイリは、やはり短く応えただけだった。

 それがクロードに決まりの悪さを感じさせる。クロードはジャケットの内ポケットから彼のハンカチを取り出した。素早く涙をぬぐうと、ユイリの方を向き、先程わたされた彼女のハンカチをさしだす。

「ありがとう、助かった」

 今さらとりつくろっても遅いということは判っていたが、そうせずにはいられないのがクロードの性格だった。

 ハンカチをハンドバックにしまうユイリへ、クロードは言葉を投げる。

「君は俺のことをどれだけ知っている?」

「クロード=ラファイト。27才。汎衛星都市連盟市民課調査班別室勤務」

 当たり障りのないことだけを言ってユイリは言葉をとめた。が、クロードには確信があった。彼女はそれ以上のことを知っている。そうでなければ、先刻のような対応はできないはずだ。

「その他には?」

 促すと、ユイリは再び口を開いた。

「神経系の疾患有り。メディスンJHαの使用により、抑制可能。メモリーシークエント(思念追尾)能力保持者。ゆえに特別調査員に抜擢……」

「ハッ!」

 クロードはユイリの言葉を遮り、まくしたてた。

「そこまで知っていれば充分だ。君のことだから、無論、メディスンや、メモリーシークエントといった単語が何を意味するか、調べはついているんだろう?」

「……はい」

「じゃ、判るな。そうとも、俺はメディスン・レシピント(被提供者)、ヴァンプ(吸血鬼)さ。メディスン欲しさに連盟なんかにつくしている」

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