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FILE 4

 クロードは調査拠点のホテルに戻ってきていた。

「明朝7時にここのロビーでおちあおう。朝食はごちそうしようじゃないか」

 ユイリにそう告げて、今は一人で部屋にいた。クロードにはやらなければならないことがあったのだ。

 携帯端末をつないだTVフォンに向かい、暗記している番号を慣れた手つきでプッシュする。

 3回のコールの後、TVフォンはつながった。スクリーンに映ったのは、煙草をくわえ、タイをだらしなく緩めたクロードの同僚、ナイエルである。

『よお、クロードか』

 内線ならではの応答だ。もしこれが内線でなかったら、相手が誰だろうと規則に則って部署名から答えなければならない。汎コロニー連盟市民課調査班別室、と。

「どうした、留守番か?」

『そうだよ、誰も帰ってきやしない。退屈だ。おいクロード、早く帰ってこい』

 頬杖をつき面度臭そうに言うナイエルを見て、クロードは目をすがめ、うっすらと錆をまとったナイフのような笑いを浮かべた。

 素直に笑えばいいものを、とナイエルは思う。

『まさかこんな冗談を訊きたくてかけたTVフォンではあるまい、何が知りたい? 検索用の端末は既に立ち上げてあるぞ』

「ああ。汎コロニー連盟市民課グラウクス支局のユイリ=シーグラフという人間について調べてほしい」

 スクリーンにナイエルの横顔が映り、キーをたたく音が聞こえる。検索データを打ちこんでいるのだ。

『ユイリ? 女か?』

「そうだ」

 カチカチというアクセス音の後、ピッと電子音が鳴って検索終了を告げた。

『ほお、美人だが……中国系か、目元がきついな』

 煙草の灰を落としながらナイエルが言う。外見の映像データが添付されていたのだろう。

「容姿の批評はいい。データを転送してくれ」

『おうよ、スレートは起動しているか』

「ああ、とっくにな」

 やがて、クロードのスレートが音を立てた。データを読みこんでいるのだ。

『この女がどうした? おまえ、目がきついのが好みなのか?』

「別に」

 素っ気ないクロードに、ナイエルは、からかい甲斐のない奴と、わざわざ煙草を手に持ってから舌打ちした。その舌打ちにクロードの声が重なる。

「なあ、ナイエル。今回の俺の仕事に協力員なんてついていたか?」

『いや』

「俺もこっちに来て初めて知ったんだ。このユイリ=シーグラフが協力員だってな」

 ナイエルは、まだ半分以上も灰になっていない煙草を灰皿に押し付けた。

『本当か?』

 驚きを隠せないでいるナイエルにクロードはうなずいた。

 ナイエルは再びコンピュータのモニターに向かい、ユイリのデータに目を通す。

『ははあ、こいつは臭うぜクロード。よく見たら、彼女、今日付けで自分からグラウクス支局を辞めているんだ』

 予測できたとでも言いたげにクロードは表情一つ変えない。

「なるほどな。ところで室長に連絡はつかないか? 彼女は、室長直々の指令で俺の協力員に配属されたと言うんだ」

『残念だな。室長は任務のためにさるコロニーに潜伏中。明後日までこちらから連絡できないことになっている……おい、クロード!』

 ナイエルがクロードの名を、今までの3倍の音量で呼んだ。クロードがスクリーンの前で頭を抱えこみ、苦悶の表情を浮かべていたからである。

『早くメディスンを!』

「……言われなくったって……自分で、やるさ……」

 うなるような声を喉から絞りだしながら、クロードはジャケットの内ポケットを不器用にまさぐった。体が思うように動かないのだ。

 ポケットから円筒形のものを取り出す。左手で右腕のジャケットの袖をまくり上げると、そこに円筒形の底面を押し当てた。円筒形の中の液体がクロードの体内に注入される。

 クロードは筒を元のように内ポケットにしまうと、機能を確かめるように右の掌を閉じたり開いたりした。

「心配かけたな。もう大丈夫だ。連盟にメディスンの補充を申請しておいてくれ。もう残り少ない」

 目を伏せたままクロードは言う。情けない顔を同僚に見せたくなかったのだ。

『ああ。ところでどうするんだ。そんなざまで仕事はこなせまい。かといって得体の知れないユイリとかいう協力員に任せるわけにもいかないし。どうだ、俺が代わってやろうか』

 揶揄するようにナイエルが言った。クロードは鋭い視線でスクリーンの向こうのナイエルを射ぬく。気に障ったのだ。

「これは俺にしかこなせない仕事なんだ、貴様はそこで退屈にしていろ! それに稼ぎを横取りされちゃたまらん。メディスンは高いんだ」

『了解。ご自愛下さいませ』

 おどけるようなメッセージを最後にTVフォンはナイエルの方から一方的に切れた。

「くそッ!」

 クロードは右手の拳で左の掌を打った。先程のナイエルの揶揄は彼なりの励ましなのだ。いつもならばすぐ気づけたろうに、とり乱していたためにそんなことにも気づけず本気で怒ってしまった自分が憎かった。

 自尊心の高さと激しい怒りの感情は精力的に仕事をこなす原動源だが、それを他人にぶつけてはならないのだ。そんなことはとっくに思い知ったはずなのに、何かの折に顔を出す。クロードは幼児期の教育を呪った。原因がそこにあることを彼は知っていたのだ。

 しかし、起きてしまったことをいつまでも悔やんでいるような性分ではないクロードは、すぐに次の仕事にとりかかった。

 クロードは鞄からビニールの袋に入ったスレートを取り出した。それはクロードのものではなかった。

 手袋をはめ、慎重にビニールから取り出し、机の上に置く。モニターを起こすと、そこに持ち主の名が書かれたシールが貼られていた。


 MARIA.


 このスレートは失踪したマリアーダ=レジンのものなのだ。

 クロードは手袋をはずし、スレートのキーに触れた。途端に目の前に白い火花が散る。これはクロードの主観的な出来事で、もちろん、現実には火花など散っていない。

「今日は調子がいいらしいな」

 苦笑を、クロードは浮かべる。

「よすぎて、引きこまれそうだ……」

 クロードの指が動いて4つのキーをたたいた。


 C-R-O-W


 カラスを意味する単語である。リターンキーを打つと、スレートはメモリーの中から一つのファイルを検索し、読みこんでモニターに表示した。

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