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その一(還暦祝い)

やっと第3作目となります。今回は「吹雪の山荘もの」にチャレンジしてみました。かなり「バカミス調」ですが、前代未聞のトリックに期待あれ! 

                              1

陰鬱な色合いをした雲が、急ぎ足で西に流れていく。

ここは飲料メーカーの会長である有馬城広之進(ありまじろひろのしん)の別荘・・・人呼んで『甲羅館(こうらかん)』である。その名の由来は、主に扱っている製品から付けられたとも、この館のドーム型をしたデザインからとも言われている。

「こいつは確実に降りそうだな」

190センチに近い長身の萩高宗助(はぎたかそうすけ)が、窓から外を眺めながら宣言した。

その声に誘われて、公星亘(こうせいわたる)も窓際に歩み寄った。

萩高の言うとおり、いよいよ初雪になりそうな気配が漂い始めていた。昼食の頃から空模様の変化に気付いていたが、こうして眺めている間も灰色の空が急速にその深みを増していく。

「本当ですね。この分だと今夜は初雪かな」

萩高の大きな鷲鼻を見上げながら、公星が呟く。

「お互い、最初から泊り込みの予定にしておいてよかったな」

「ええ、ここまでの道路はあまり良いとは言えませんから、車で雪道なんてのはお断りです」

「ところで、公星君」

「何でしょう?」

「お前さんは、自信があるのか?」

「自信って、明日発表されるという例のことですか?」

「もちろん、それしかあるまい」

「自信などありませんが、仮に自信があったとしても、それを決めるのは僕ではないですからね」

「まぁな・・・。祝賀会まであと1時間。そしてその十数時間後には、あの親父さんの一存で我々の人生が決められてしまうのだからな」

「我々は自ら願ったことなので、運命を託すことにそれほどの躊躇はないが・・・。槿花(むくげ)さんにとってはどうなのでしょうね」

槿花とは、有馬城槿花・・・広之進にとってただ一人の愛娘のことだ。

「資産家の家に生まれたというそのことだけで、幼い頃から我々には到底届かないようなものを手にして育ってきたのだ。今度は我々に少しくらいのお裾分けをしても良かろうて・・・」

と、萩高は喉を震わせて小さく笑った。


                              2

広之進の古希を祝う会に招待されたのは、萩高宗助、黴原太(かびはらふとし)盛本中也(もりもとちゅうや)、公星亘、誠内(せいうち)なぎさ、の5人。唯一の女性である誠内なぎさは、槿花にとって幼稚園時代からの親友である。

この祝賀会には、古希を祝うことの他にもうひとつ、ある特別な目的が用意されていた。

広之進にとって遅くにして授かることとなった槿花は、目に入れても痛くないという慣用句のとおり、誰にも渡したくない大切な宝物であったのだろう。ましてや、宝物という喩えが誰よりも相応しい槿花の美しさは群を抜いていたものだから、かの如き父親としては気が気でなかったようだ。やがて彼女が大人びていくに連れ、取り巻く男どもに対する広之進の仕打ちは尋常でなかったと聞く。

高校時代から大学時代にかけては、言い寄った男友達はことごとくその筋の者と思われる謎の黒服によって排除されたと、いまも実しやかに囁かれている。修士課程を経て、彼女は広之進の会社に就職した。というか・・・正確に表現するならば、監視下に置くために就職させられたのであるが・・・。

その数ヵ月後に妻の美弥子を癌で喪うも、決して槿花が望まないだろうと考え、現在まで独身を貫いているのだった。

しかし、その宝物である槿花も、今年の10月に28歳の誕生日を迎えていた。

ここに至って、流石の嫉妬深い親馬鹿も、遅蒔きながらそろそろ考え方を変えねばならないと気付いたらしい。そこで、自分の目に適った者の中から愛娘の伴侶を決めようと決心したのである。

広之進の眼鏡に適ったのは、萩高宗助、黴原太、盛本中也、公星亘の4人である。

萩高は、多方面のデザイナーとして名声を得ており、服飾デザインに始まり各種のロゴから装丁までをこなす万能デザイナーとして大活躍をしている。

黴原は、世界陸上で銀メダルを獲得したこともある元アスリートであり、現在は某スポーツメーカーに勤務しながら社会人野球でピッチャーをやっている。

盛本はITの寵児と持て囃されていて、しばしばニュースでも取り上げられるほどの成長株であるS社の代表取締役を務めている。

公星は、3年前に○○賞を獲得した出世作こそは50万部以上も売れたが、それ以降は泣かず飛ばずのジリ貧なる平均的作家である。

槿花との出会いはそれぞれに異なるものの、彼女とは概ねここ2~5年くらいの付き合いが続いている。だからといって、彼女が遊び気分で二股三股を掛けているというのではない。好意を感じ信頼が出来る相手と認めたならば、ひとりの人間として尊重することができる寛大な心を持ち合わせているのである。

槿花は、俗に言うところの男女関係という点に関しては厳格な意思を持ち合わせているらしい。誰もが一度は熱い関係に発展させようとチャレンジしては、ことごとく分厚い防御壁に跳ね返されていることからも、それは間違いのないことのようだ。


                              3

甲羅館での祝賀会は、午後7時から開催されると聞かされていた。

時計を見ると、そろそろ時刻が迫っていた。

公星は萩高を促して、一緒に部屋を出た。悪天候だけが原因というのでもないだろうが、廊下は薄暗く静まり返っていた。晩餐会の場所は、ここに到着すると直ぐに一度案内されていたので、間違えるはずもないだろうと思っていたものの、曲がるべきポイントを二・三度間違えてしまった。それほどに甲羅館は広いのである。やっと目的の部屋に辿りついた時には、あと数分で開催時刻にならんかという頃合になっていた。

重厚なドアを開けて中に一歩足を踏み入れると、最初に目に飛び込んできたのは、チャコール色に統一された室内のど真ん中に据えられている六畳くらいはある特大の食卓であった。若いメイドの案内を受けて席に着く。上座から見て左側の末席に萩高が、右側の末席に公星が、向かい合って着席した。

公星の隣には盛本が既に腰掛けており、萩高の隣には精一杯に着飾った誠内が座っていた。

「黴原はかなり遅れるらしいぞ」

公星の耳元で、盛本がそっと囁いて来た。そう言われれば、確かにゲストの椅子が4脚しか用意されていない。

「何かあったのですか?」

「理由までは知らんが、いずれにせよ、このような大事なときに遅刻するなんてなぁ、相変わらず運のないヤツや」

盛本の言わんとしている意味は即座に理解できた。

明日になれば、有馬城の口から槿花の結婚相手が発表されるのだ。それ故に、この時点においてポイントダウンに繋がるような印象を与えることは極力避けねばならない。大切な祝賀会に遅刻するというのは間違いなく大失点に繋がるであろう。

その時、この邸宅の主が愛娘を伴って登場した。

薄桃色のドレスに包まれた槿花は眩しいばかりの輝きを漂わせており、男共はあらためてその美しさにただ唖然とするしかなかった。強く抱きしめたなら折れそうなほどにスレンダーな身体、掘りの深い二重瞼を持つ鳶色の瞳、見事なまでに整然と形作られた鼻筋、美の神が設計したかの如き艶やかなる唇、そして鋭くV字に切り込まれたドレスの胸元から覗く真白き肌・・・、今まさに生けるビーナスが彼らの目の前に現れたのだ。

「ようこそ諸君。今宵は存分に楽しんでくれたまえ。もう分かっていると思うが、今夜ここに集っていただいた君達は・・・」

席に着くなり、広之進が型どおりの挨拶を述べ始めた。しかし、男共の眼と心は槿花だけに向けられていた。この女性と結ばれることが叶うのはこの世で唯ひとり。それは果たして誰になるのだろうか。世間には様々な種類の人生の勝者というものが存在するが、彼女を妻として迎える男もまた、確実に人生の勝者として誇れるものに違いない。

広之進の挨拶はやがて最重要な箇所に差し掛かった。

「それでだ・・・、予告しておいたあの発表は明日の9時にこの場所で行なう」

と、広之進は宣告した。

この瞬間に予告は確定にと変わった。今まさに我が耳でそれを確認させられることとなった花婿候補者達は、一気に緊張の高みにと押し上げられた。普段は饒舌である萩高でさえもが、次々に運ばれてくる料理を黙々と口に入れるだけである。公星に至っては、料理を飲み込むことにさえ苦痛を覚えるほどに喉の渇きを感じていた。

その後、一人一人に広之進が様々な質問を浴びせかけて来たことははっきりと覚えているが、自分を含めて皆が何をどう答えたのか、公星の記憶は今もって定かではない。

そして午後8時を廻った頃、広之進がそろそろ引き上げると言って退席した。

広之進の寝室は、離れとなっている20畳ほどの東屋(あずまや)である。

その東屋は本館である『甲羅館』の南東側に位置しており、この本館から5メートルくらいの距離を置いて建っている。甲羅館と東屋の間は、幅3メートルほどのコンクリートで舗装された通路となっており、そこにスノコ状の板を敷いて渡り廊下としているのである。当初設計では雨を凌ぐための屋根がなかったが、使っているうちに不便を感じたため、屋根だけは付けた方が良かろうと数日前から工事中である。

広之進が東屋に引き篭もるのを待っていたかのように、とうとう本格的に雪が降り始めたようだ。

カーテンの隙間から、漆黒の闇の中を数えきれない白い点の群れが降りていく様子が見える。

公星はあらためて槿花を見詰めた。だがしかし、彼女の表情から本心を計り知るのは不可能だと思えた。

これほどに完璧な女性が、果たしてこの世に存在するだろうか。緩やかな黒髪を戴くその面立ちには聖母の如き微笑みが湛えられ、微かに触れることさえ罪悪感を禁じえないほどの練乳が如き柔らかな肌、清楚にして絢爛なる衣装の下に隠されているはずのビーナスの身体、指先で触れただけでも果ててしまうかのように完璧なる美しさ、これこそ正に至極の宝石と呼ぶに相応しい。

公星はふと思う。もちろん考えたくはないことなのだが、もし彼女が他の誰かのものとなった場合に、この俺はどうなるのだろう? いや、これはクジに外れた男共に共通することだ。選ばれるのはたったひとりしかいないのだから・・・。

公星はそのとき、いつか黴原が言っていた言葉を思い出していた。

それは、黴原のお得意様に四つ子を持つ母親が居て、服もパンツも靴も帽子も、全員に同じサイズのものを同時に購入しなくてはならないので大変なのだ・・・という話題になったときのことである。彼はその時、哀しそうな表情を浮かべてこう言ったのだ。

「もし槿花さんも四つ子であったなら、俺達全員は等しく幸せになれたのにな・・・」

確かにその通りだ。もしもそうであったなら、僕らがこうして究極の選択という舞台に押し上げられ、そして、唯ひとりを除いて奈落に消えていくという悲劇など決してなかったのだろう。

だがしかし、僕らがどんなに願っても、ビーナスはこの世にたったひとりしか存在しないという現実が変わるはずもない。その現実にいくら抗おうとしても、僕らの人生は確実にひたひたと過ぎていくだけでしかないのだ。

当たり前のように、無常にも時間は刻々と過ぎ去り、全ての料理が淡々と出尽くした後、やがて各人に与えられたゲストルームにへと退散することになった。

公星に与えられたのは203号室。呑み慣れない超高級ワインのアルコールが効いてきた所為か、ベッドに横たわって目を瞑ると、先ほどまで見詰め続けていた槿花の姿が浮かんできた。あのドレスの下にある生身の彼女を想像する。もしも叶うことならば命を賭けても手に入れたい宝物・・・これは何ひとつ誇張のない正直なる思いだ。

槿花の映像を何度も何度も脳裏で再生している間も、悶々とした時間は着実に過ぎて行くのであった。 


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