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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
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06 : 崩れていく、壊れていく。1





 礼装効果が、遺憾なく発揮されていると思う。

 シャナが見立てたクロの礼装の色は白、装飾も少なくし、質素に仕立てていた。

 それを当人に着せてみると、外見だけはちゃんと皇子に見える。


「確かに皇子ね」

「え。おれ、疑われたままなの?」

「ふだんがらしくないからよ」

「あー……ごめんなさい?」

「その口は、らしくないままね」

「敬語をやめろと言ったのはシャナでしょうに」

「そこまで崩れているとは知らなくて」

「見本があれだから、仕方ないよ」


 あれ、と言われた見本は、飄々としているノエだ。どうやらノエは、近衛騎士兼お幼馴染であるらしい。


「おれのせいにすんなよ」

「ノエのせいだよ。おれのこと皇子扱いしないし」

「それはあんたの気質がそうだからだろうが」

「う……」


 仲がいいとは常々思っていたが、本当に仲がいい。ノエの口調がクロに対して皇子扱いでないのは、幼い頃からずっと一緒にいるからだろう。


「皇子らしくないのは、昔からなのね」

「そう言うけど、なら皇子らしいって、なに?」

「そうね……まず神官服は着ないと思うわ。もっと派手な衣装で、傲慢で、高慢でしょうね」

「……シャナは、おれにそうあって欲しいの?」

「いいえ」


 そんな王子を見たことがあるから譬えにしたのだが、シャナとしては真っ向からお断りである。


「皇子らしいってなんだろ……んー」

「逆に訊くけれど、どうしてそれを悩むのかしら?」

「シャナは、おれが何番めに産まれたか、知ってる?」

「皇子としては第三、だったかしら?」

「母親が正妃だから皇子としては第三だけどね、上から数えるとおれ、十番めくらいなんだ。そこまでくるとね、もうほとんど放置なんだよ。テキトーに生きろ? みたいな?」

「ええ?」


 まさか、と思ったが、本当のことらしい。ノエまで頷いている。

 ふつうなら、なにが起こるからわからないからと、不謹慎なことではあるが、皇子も皇女も関係なく平等に教育されるものだ。しかしクロには、その平等が行き渡らなかったという。


「もう誰が姉上で誰が兄上なのかもわからないんだよ。どこかに嫁いだり、婿に行ったりで、一番上の兄以外もういないから」

「わからないものなの?」

「そもそも、本当におれが陛下と妃殿下の息子なのかも、不明だしね?」

「えっ?」

「って、それは冗談。おれ、妃殿下の若い頃にそっくりらしいし、性格も陛下に似てるらしいから。これはお墨つき。安心して」


 驚かせないで欲しい。ただでさえ臣下たちがクロの素性を改めている最中であるのに、そんなことを言われたら大変なことになる。


「びっくりさせないで。わかっているでしょう? あなたのことを疑っている貴族は、まだいるのよ?」

「たとえばファルム侯爵?」

「知ってるの?」

「シャナのおじいさんだよね。到着したその日に、挨拶に行ったよ」


 いつのまに行動していたのか。確かにファルム侯爵は、シャナの母、王妃の父で、シャナにとって祖父にあたる。これがなかなかの堅物で有名だ。


「これが大変だったよ。おまえのような人間は知らん、の一点張り……名乗ったんだけど、恰好が恰好だったから逢ってくれなくて。どうしようかなぁと思って考えていたら、おれってば一時間以上そこに突っ立ってたみたいでね。邪魔だって追い出されるかと思ったら、恰好をどうにかできれば逢えるかもしれないよって、親切にも教えてくれた人がいたんだ。そこでなにか着るものありませんかってお願いしたら、これに着替えろって、神官服くれたの。で、着替えたら逢ってくれたんだよ」

「いつ逢いに行ったのよ?」

「ん、シャナに逢ってすぐ。ほかにも、有名どころには挨拶に回って歩いたよ」


 その辺はばっちりです、とクロはニッと笑う。思わず顔が引き攣った。やるべきことはとうに済ませていたらしい。

 そして、好んで着用していると思われた神官服は、間接的にファルム侯爵からいただいたものだから、という理由で律儀にも袖を通し続けていたようだ。


「シャナからもらった衣装は、部屋にいるときに着てた。だってシャナからだし?」

「恥ずかしいから言わないでくれる?」

「これを自慢しないでどうするの」

「誰に自慢するのよ」

「国民みんな」

「やめて」

「今日の衣装もシャナがくれたもの」

「やめて!」


 そもそも着替えすら売り払って路銀にしたクロが悪い。

 まったく、シャナの婿どのは、たまにものすごいおとなびて見えるのに、子どもっぽいところもあって大いに振り回してくれる。


「婚礼衣装も楽しみだな。シャナが見立ててくれるんだよね?」

「仕方ないでしょ。あなた、婿なんだから」

「ねえシャナ、おれ、かっこいい?」

「……、は?」

「ほら、シャナが見立てて用意してくれたこの衣装、どうよ?」


 歳下だからか、それとも兄姉が多いクロだからか、歳上が思わず歳下を可愛いと思うその仕草をよくわかっているような気がするのは、シャナの気のせいだろうか。


「珍しく皇子らしく見えるわ」

「それひどいな」

「事実よ」

「ふだんはどう見えてるんだよ……」


 クロの玲瓏な容姿は、そうでなくとも人目を惹く。銀の髪、夕焼け色の双眸など、この国にはいないのだ。綺麗だと、思うことはシャナでもしばしばある。


 そこに可愛いが加味されるから、シャナは困っている。


 クロに、本当に慕われていると、勘違いしそうになるから。

 自分が愛されようとしていると、思ってしまうから。


「シャナ?」

「……なんでもないわ。ジーン、わたしも着替えるから、お願い」

「おれも手伝う」

「やめて」

「ひどい、即答だ」

「当たり前よ」


 ばかなこと言わないで、とクロに背を向け、侍女のジーンを呼ぶとシャナは寝室に入る。そう、クロはなぜかシャナの部屋にいて、侍女や侍従をにこにことさせている。もともと衣裳部屋が寝室のほうに隣接しているので着替えに不便はないが、クロがいるといないのとでは、心持ちが変わる。そもそも、セムコンシャス王国の慣習を無視してくれているクロは、いつでもシャナを驚かせるわけだが。


「シャナ」

「きゃあ!」

「え、もう着替え終わったよね?」


 ちょうど着替えを終え、そう長く伸ばしてもいない髪をジーンに結い上げてもらっている最中に、クロは突然と寝室に顔を出してシャナを驚かせた。


「婚礼もまだのなのに、簡単に入ってこないで」

「いいじゃないの。おれとシャナの仲だろ」

「どんな仲よ。そもそも、本当なら部屋に入ることも厳禁なのよ? それ以上は入ってこないでちょうだい」

「それは残念。けど、ここまで来たし、せっかくだからいいでしょ」

「なにがっ?」


 ふっと笑ったクロが、しっかりと寝室に入ってくる。もちろん扉は開いているし、閉まらないようにノエが扉を押さえている。


「髪、結わせて?」

「え?」

「触りたかったんだ。シャナの髪、綺麗だから」


 そう言って、クロは戸惑うジーンから櫛を受け取ると、勝手にシャナの髪に触れた。


「わあ、柔らかい。金って、硬いかと思ったんだけど」

「ちょ、え、クロ? ジーン、なにをさせているの?」

「おれの髪は硬いんだよ。癖もなくて、面白味もない。けど、シャナの髪は柔らかくて、優しいな」


 鏡越しに、クロの満面笑顔、幻覚であろう花が見えた。嬉しいときの表情はいつもこれだ。


「シャナ、シャナもおれの髪、結えてよ。シャナとお揃いになる飾り、つけたいから」

「え? 飾りって、女ものよ?」

「うん。ほら、まるでおれがシャナのものっていう感じがするじゃない? やって、シャナ」


 嬉しそうにシャナの髪を梳きながら、クロは器用にも少しずつ編み込みなどを入れ、シャナの淡い金色の髪を一つにまとめていく。その手つきは繊細で、横ではらはらと見守っていたジーンでさえも、徐々に感心の眼にさせていく。


「う、上手いです……わたし侍女なのに、ま、負け……」

「ジーンはシャナの特徴を捉えた結え方、上手いよね。でもほら、こうすると背がすごく綺麗に映えると思わない?」

「あ、はい。そうですね、もうちょっとこうしたら……」

「さすがジーン! これで紗を巻いてもらうっていうのはどう?」

「いいですね! わたし、用意してきます」

「できれば白で」

「わかりました!」


 ジーンの腕前を落ち込ませることもなく、クロは仕上げた。いつもより首許が頼りなくて違和感が残るものの、鏡越しに見えるクロは満足げで、思わずシャナも口許を緩めてしまう。


「うん、いい感じ。これで紗を首に巻いて、隠してもらって、完成」

「……あなた、侍女になれるわよ」

「いやだな。おれは男だから、侍従だよ」


 失礼なことを言ったつもりだったのだが、それはクロには効かないらしい。罵られても貶されても、この皇子なら笑って流してしまいそうだ。


「……いいわ。ここに座って、クロ。あなたの髪も結えてあげる」

「本当? ありがとう、シャナ」


 見立てるのは礼装だけで、そのほかには手を出すつもりはなかったのだが、なんの作戦かクロは銀の髪をまったく弄っていなかったので、シャナは苦笑するとクロの髪に手を伸ばした。

 クロの髪は、本人が言っていたように硬く、すとんと真っ直ぐだ。ふわふわ跳ねるシャナの金の髪とは違う。少し羨ましい髪質だ。


「これ、つけてね。お揃いになるから」


 本来ならシャナの髪につけられるはずであった対の髪飾りは、一つを残してシャナの髪につけられたようだ。もう一つを、クロが差し出してくる。結えたところに差し込む形となるそれは、白い羽と黒い羽が一つずつ、小さな丸い水晶に添えられた飾りだ。


「高い位置に結えるから、少し髪を引っ張るわよ」

「どうぞ」


 シャナはクロのような技術はないので、申し訳ないがさっと一つにまとめていく。後ろ髪は残して上だけを一つに結え、そこに髪飾りを差し込んで終わりだ。

 揃って髪を結えたところで、クロに頼まれて紗を取りに行っていたジーンが戻ってくる。


「殿下、これを首に。それから皇子も」

「これまでお揃い? 気が効くね、ジーン」


 紗は、シャナの露出した首を隠し、クロの襟を飾る。


 準備がすべて整ったところで、ふたりで鏡の前に立った。

 腰に腕を回されたので、軽く叩いて牽制する。けれどもクロはめげなくて、腰に手を添えられてしまった。


「ちょっと……」

「いいでしょ」


 にこにこと笑うクロは、どこからどう見ても、嬉しそうだ。なにがそんなに嬉しいのかと、思わず問いたくなる。


 こうして並んで立つと、シャナのほうが少し背が高い。それがどうも気になる。クロがまだ子どもの部類に入る年齢だということが、気になってしまうのだ。


「……ジーン。白い靴で、踵がないの、あるかな」

「え? あ、はい、ございます」

「履き替えてもいい? もちろんシャナね」

「わかりました!」


 シャナが気にしたことに気づいたのか、それとも自身が気になったのか、クロはシャナの靴を踵のないものに履き替えさせた。


「やっぱり。靴に踵がないと、おれのほうが背、高い」


 気にならなくなったよね、という、優しい笑みを向けられた。目線が僅かにシャナのほうが低くなっただけだが、それでも、その心遣いは嬉しい。


「だいじょうぶだよ、シャナ」


 そっと、クロが耳許に囁いてくる。


「おれ、まだ成長途中で、背も伸びているから。あっというまにシャナを追い越すよ」


 近過ぎる声に、頬が赤くなったのは、クロを意識してのことではないと思いたい。


 けれども。


「綺麗だね、シャナ」


 不覚にも、その笑みには囚われてしまう。

 頑なに閉ざしていたものが、音を立てて、崩れていく気配がした。







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