そうやって生きろと教わった。
*ノエ視点になっております。
人間らしい生活は、セイエンから教えられた。
人間はあなたみたいに強くはないのよ、とよく言われたのを憶えている。
だから、脆弱な人間の生活は正直、ノエには難しかった。とくに、クロという愛称の末皇子の面倒を看るように言われたときは、扱い難さに辟易としたものだ。
「おれが、こいつの面倒を、看るのか?」
「あら。だってそのためにわたくしはあなたを捕まえたのよ?」
「は?」
「この子はね、長く生きられないと宣告されてしまったの。人間らしく生きることもままならないわ。だから、あなたの力で支えて、少しでも楽しい時間を生きられるようにしたいのよ」
「……。だからおれに、人間らしくしろと、言ったのか?」
「あなたが人間らしく生きることで、この子は、精霊のように生きることができるでしょう?」
無邪気な笑みは、どこまでも無邪気だった。悪気なんてどこにもない。それ以外の目的もない。
セイエンは本当に、クロのために自分を捕まえたのだと、ノエは思った。
「さあノエ、ノルイエ・レス、クロネイの生命の柱となりなさい」
命令してくるセイエンに、ノエは深々と息をついた。
「……おまえは知っているのか」
「なにかしら」
「契約主の力が、精霊よりも劣る場合、精霊が契約主を侵食し呑みこむ……おれはこいつを喰うぞ」
脆弱な人間の中でも、さらに脆弱な末皇子は、ノエにはひどく難しい存在だった。
けれども。
「無理よ」
朗らかに笑ったセイエンのほうが、ノエの思考を、遥かに上回っていた。
「あなたはわたくしと契約し、わたくしはあなたにノルイエと名づけたわ。その意味を、わたくしは理解しているの。だから言うわ。あなたに、クロを喰らうことなど、できやしない」
「……断言できるのか」
「もちろんよ。だってあなたの契約主は、わたくしなのだもの」
命令に従えと、セイエンは威風堂々、ノエの前に立った。
「わたくしに傅きなさい、ノルイエ・レス。あなたはわたくしの精霊、そして今からは、クロネイの命の糧よ」
ぴりぴりと、身体が疼いた。
それは今までにない新鮮な、とても興味深いものだった。
これが絶対的支配力か、と思った。
人間と契約すると、いろいろと自由になる分、いろいろと不自由になると聞いていた。たくさんの真新しいものに出逢える分、さまざまなものに拘束されると聞いていた。
だから、人間と契約するものではないと、思っていた。
それでも。
それなのに。
ノエは、ノルイエという真名を与えられ、世界の彩りを与えられ、たくさんの刺激に歓喜する、不自由さと拘束されることを選んだ。
「一つ、条件がある」
「そうね、それくらいは許してもいいかしら」
「おれにこいつの面倒を看ろと命令するなら、すべて、おれに、委ねろ」
「あら……それはどういう意味?」
「おれが、こいつにすべてを、教える」
「すべてを、教える?」
「おれは人間を育てる」
精霊である自分が、人間を育てたらどうなるだろう。
その興味だけで、ノエは絶対的支配に傅く運命を歩むことになった。
そのことに、後悔はない。
早まったと、思うこともない。
ただ。
「人間になりたいと思ったことは、ないの?」
新しい契約主、王女シャルナユグにそう問われたとき、答えには詰まった。
人間になりたいと、思わなかったことは、なかったからだ。
「精霊のほうが便利はいいですよ」
脆弱な生きものになりたいのではない。
人間が持つ、さまざまな感情、思考、発想、それらがひどく羨ましかった。
クロを育てて、ノエは己れの貪欲なものを知ることになった。
もし人間になれたら、人間に生まれ変われたなら、きっと言えることがある。
数多の感情を教えてくれた初めての人を、この手で抱きしめることができると思う。
「セイエン……おまえに早く逢いたいな」
このまま精霊として、生きていくけれども。
人間になりたいと、少しも思わないことはないけれども。
「早く外に出てこい、セイエン」
おまえが教えてくれた世界は美しい。
人間のように生きろと教わって、ノエは初めて、世界の美しさに感情を動かした。
短くてごめんなさい……orz
懲りずにもう少し描きたいと思います。




