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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【いとしさの連鎖。】
44/56

43 : 捕まえましょうか。





 クロがシャナを避けだして、一週間が過ぎた。もちろんそれは、シャナに近づかないばかりか、食事も寝室も分けて、徹底的にシャナの視界に入らないようにするという状態である。

 シャナは目を据わらせた。


「いったいどういうことかしら」


 いつものクロなら、少しでもシャナのそばにいようと仕事の邪魔すらしてくるというのに、まったく音沙汰がないというのも妙な違和感がある。おかげで仕事が大雑把になり、フィルやエリオンからの小言が増えた。これなら仕事の邪魔をされていたほうが、まだ効率がいいと言える。


「姫、これにも署名をお願いします」

「……。ちょっとノエ」

「あと、この資料ですけど」

「ノエ」

「……はい?」


 相変わらずなのは飄々としている精霊騎士で、クロがそんな状態なのにいつものようにシャナの仕事を手伝ってくれている。フィルやエリオンからの小言が増えても仕事に失敗がないのは、ノエが相も変わらず白々しく飄々としているからだろう。


「クロが、わたしを避けているのだけれど」

「はあ。まあ、そうでしょうね」

「いったいどういうことかしら」

「あいつ、正直者なんで」

「正直者?」

「怖いから姫に近づかないだけですよ」

「なにが怖いのよ」

「姫が」

「わたし?」


 シャナが怒っても仕方ない行動を取っているのはクロだ。それが怖いというなら、クロはシャナを避けることをやめればいいだけのことである。


「姫もそろそろ悪阻がきたでしょう」

「ええ、まあ」

「食べるものも、ちょっと偏ってきましたよね」

「アイルアートが言うには、そんなものらしいわよ? それに、わたしの食欲がどうであろうと、この子は順調だとも言っていたわ」

「クロにはまだまだ恐怖が続きます」


 ノエが言うには、シャナが宿した小さな命が、クロに恐怖を与えているらしい。シャナとしては、たまに悪阻で具合が悪くなるものの、それでも順調なのだとアイルアートに言われてからは、とくに気にしていない。クロとの子どもが順調に育ち、そして無事に産まれてきてさえくれればそれでいい。今から怖がっていても仕方ないのだ。


「わからないわ……産むのはわたしなのに」

「まるでクロが産むみたいですね」

「ええ、本当に」

「そうなったら面白いですけど」

「産ませてみたらいいのかしら」

「やってみますか?」

「え、できるの?」


 ノエの本気なのか冗談なのかよくわからない発言は、たまに冗談では済まなそうなことまで本気に聞こえるから性質が悪い。


「精霊の卵をクロに預ければいいんですよ」

「精霊の……卵?」

「あれば、ですけどね」

「精霊は卵で産まれるの?」

「卵で産まれる奴もいれば、自然発生していつのまにか存在している奴もいます。まあ、それぞれの事情ってやつですね」


 意外な実情に感心する。精霊が卵で産まれることもあるとは知らなかった。


「……クロに精霊の卵でも預けてみようかしら」

「じゃあ、捜してきますか」


 それこそ半ば冗談だったのだが、ノエはやはり飄々と答える。


 しかし。


「……すぐに見つかるの?」


 クロに精霊の卵を預けてみるのは、少し面白そうだ。シャナ自身、精霊の卵というものに興味もある。


「あの辺に、いそうな気がするんですよね」


 ノエが「あの辺」と見やった先は、意外なことに中庭の大木だった。昔から王城の中庭に聳え立つ大きな木で、樹齢は数百を軽く超えていると言われている。


「近くに、いるものなのね……」

「最近、あの辺りに妙な気配があって……ミストが連れてきたんでしょうけど」

「ミスト……風水神?」

「クロを気に入っている神さまですから」


 そういえば、クロは風水神ミストに気に入られている。シャナは未だ一度しかお目にかかっていないが、ノエが言うにはたまに姿を現わし、クロやシャナの様子を見ているという。


「クロが患っているのは胸の病ですから、ミストがいると空気が浄化されるらしくて、クロも体調がいいんですよ。だから、クロの体調がいいときは、ミストが近くにいると思っていいですね」

「そうなの……ぜんぜん気がつかなかったわ」

「そりゃ、神さまですから。いることに気づかれたら、神さまとしてどうかと。そもそもそう簡単に姿を見せたら、神さまの威厳なんてないでしょう」

「……それもそう、ね」


 神さまの威厳云々はともかく、クロを心配して様子を見てくれているばかりか、空気まで浄化してくれているというのだから、とても有り難いことだ。


「いつか、お礼がしたいわね」

「ミストが勝手にやっていることですから、気にしなくていいと思いますよ?」

「相手は神さまよ」

「いえいえ、ミストの好い人がここの神さまなんですから、姫は恩恵にあやかっていいんですよ」

「好い人?」

「ミストは地の女神アヌに恋慕中ですから」

「……神さまも恋愛するのね」


 これまで神々の存在をあまり深く考えていなかったシャナも、ここセムコンシャスで崇められている地の女神アヌに対しては、毎日感謝の祈りを捧げている。女神アヌの恩寵を受けているとノエに教えられ、そのおかげでノエと契約でき、クロを支えることができているのだ。


「まあそんなわけで、ミストがなんか、あの辺に連れてきたっぽいんですよ。捕まえましょうか」

「捕まえるものなの?」

「おれはセイエンに捕獲されましたけど?」


 シャナの前に契約したクロの祖母に、ノエは捕獲されていたらしい。


「つ、捕まえるものなのね……」

「少なくともおれは捕獲されましたね」

「そ……そう」

「じゃ、捕まえてきますよ?」

「可哀想なことはしないであげて」

「だいじょうぶですよ。まだ産まれてないんですから」


 いつでも飄々としているが、さらに飄々として、ノエは露台の窓を開けた。今すぐ精霊捕獲に走るらしい。


「あ」

「どうしたの?」

「クロですね」

「クロ?」


 欄干に片足を乗せた状態で止まったノエが、飛ぼうとした大木の根本にクロを見つけたようだ。

 シャナは机から離れると、その姿を見るべく露台へ移動する。神官服を少し着崩したクロが、ジェットとサンジュンを連れて、大木を見上げていた。


「どうしたのかしら」

「クロも見つけたのかもしれませんね」


 久しぶりのクロは、あちらこちらと動き回りながら、大木を見上げている。シャナとノエには気づいていないが、大木に潜む気配には気づいていたらしい。


「よくわかったわね」

「あいつは半ば精霊みたいなもんですからね」


 同胞の気配に気づくのは自然ではないかと、ノエは言う。


「そうね……クロは、精霊に近いわ」

「それでも人間ですけどね」


 どうします、と訊かれ、シャナは少しの間クロの様子を窺うことにして、ノエに留まってもらった。


「クロは捕まえるかしら」

「まあクロなら、捕まえるでしょうね」

「ちょっと可哀想に思えるわ。わたしたちの勝手で、その精霊の道を歪ませてしまうのだもの」

「どうでしょう? おれはセイエンに捕獲されて、べつに悪い気はしませんよ。むしろ楽しませてもらってるくらいです」

「そうなの?」

「おれはセイエンの声が気に入りました。心が気に入りました。出逢ってよかったと思っています。だから、べつに人間の勝手とは、限りませんよ。言ったでしょう、精霊は気紛れだと。いやだと思えば、捕まっても逃げますよ」


 可哀想、などと思うことはないと、ノエは笑う。確かに精霊は気紛れだ。そして気難しい。たとえ捕まえることができたとしても、気に入られて好かれなければ、精霊はどう捕まえていようとも逃げる。


「好きか嫌いか、そのどちらかしか、ないのだったわね」

「そうですよ。おれはクロの歌が好きで、姫の凛々しさが好ましいから、ここにいるんです」

「ありがとう、ノエ」

「いえいえ。それこそ、おれの勝手ですから」


 ノエに気に入られて好かれたのだと、それは自意識過剰なことではないと、思っていいようだ。


「だから姫、そこにいる奴、おれに面倒看させてくださいよ?」

「わかっているわ」

「代わりにあそこにいる奴、クロに面倒看させて姫の役に立つようにしますから」

「気にしなくていいわよ。そもそも、ノエも無理にわたしの仕事を手伝わなくていいのよ?」

「おれ、けっこう姫の仕事、楽しんでますよ」

「そうなの?」

「クロはバカなんで」


 今までやっとことのないものに触れているから、それなりにノエはシャナの仕事の手伝いを楽しんでいるらしい。

 それならいいのだけれど、と肩を竦めてシャナが笑ったとき、ふとクロがこちらを見上げた。


「! シャナ……っ」


 ばっちりと目が合い、瞬間的にクロの双眸が嬉しそうに輝いた。けれどもすぐに顔を引き攣らせ、クロは逃げるように走り去った。


「……ちょっと、腹が立ってきたわね」


 あからさまに逃げなくてもいいと思うのだが、それはシャナの我儘だろうか。いや、そんなわけがない。


「ノエ」

「はい」

「クロに産ませてやって」


 目を据わらせると、ノエはにんまりと笑って露台から大木に飛んだ。







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