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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【いとしさの連鎖。】
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40 : どうしてくれようか。

*サンジュン(護衛騎士)視点です。





 じりじりと、サンジュンは少々イラつきながらそれを見ていた。見かねたらしいカラミアに、「少しは落ち着きなさいよ」と言われたが、こうしておとなしくしているのだから充分落ち着いている。それに、サンジュンにそう言ってきたカラミアこそが、少しは落ち着け、と言いたくなるような顔つきをしていた。

 とどのつまり、護衛騎士のふたりはどちらも、剣呑な表情でそれを見ている。


「いつ見ても、クロさまの動きは素晴らしいわね……あれで身体が弱くなかったら、将軍職を任されていたかもしれないわ」


 感嘆するカラミアに、サンジュンも頷く。

 王城の騎士や兵が受ける訓練が甘いと思っているサンジュンは、荒くれでも精鋭が揃う北方砦の出身であるからか、カラミアや騎士団総隊長、各隊隊長以外の兵の実力を、それほど高く評価していない。それなりに使えるだろうが、いざというときは怪しい、というくらいの認識だ。だから、皇子であるクロの実力も、最初が戦時中であったから目に焼きついているものの、もしあれを見ていなければ信じなかったと思う。

 クロの虚弱さが、本当に惜しまれるこの瞬間に、サンジュンは歯噛みする。


「天賦の才とは、このことを言うのでしょう」

「感覚がいいのよね。ああほら、また一本取ったわ。ラプレツィアの子も感覚は悪くないけど、クロさまには劣るわね」

「クロネイ殿下とあの者を比べないでください」

「比べるわよ。だってあたし、クロさまの味方だもの」


 恥ずかしげもなく言うカラミアには参るが、サンジュンも大声で宣言できるほどクロには忠実だ。


「でも、これからラプレツィアの子も、あたしたちと同じ護衛騎士になるのよねぇ……どうしようかしら」


 どうしてくれようかしら、と副音声が聞こえたのは間違いではないだろう。意地悪気な笑みを浮かべたカラミアは、その目が笑っていない。


「……思い知ればいい、とクロネイ殿下はおっしゃられました」

「思い知る? なにを?」

「大切な人からの想いを裏切ること、だそうです」

「ああ、つまり今のあたしたちがクロさまに向けるこの複雑な気持ち?」

「あの者は、裏切ったようです」

「……でしょうねえ」


 クロさまは随分と怒ったもの、とカラミアが息をつく。


「クロさまも、一度は経験しているものね。だからこそ、怒ったのでしょうけど」

「それは……兄上さまのことですか?」

「クロさまが自分の虚弱さを疎まなかったわけがないでしょ? 最後の足掻きで、ここに来たらしいわよ」

「……そういえば」

「今でこそ円満に収まったけど、もしクロさまが王女に惚れなかったら? 王女がクロさまに射止められなかったら? クロさまはきっと今頃、あんな姿を見せてくれることもなかったと思うわ」


 詳しく聞いたわけではないけれども、クロは婿として嫁いできた当初、王女シャナがそうであったように、そういう仲になるつもりはまったくなかったらしい。結果として円満に収まっている今だからクロがジェットに対して怒るという事態が起きているだけで、もし円満に収まっていなかったら、クロはその感情を知ることすらなかっただろう。裏切ったと、踏み躙ったと、感じることもなかっただろう。


「いいことなのか、悪いことなのか……判断できかねますね」

「いいことなのよ、サンジュン。クロさまは、生きることに必死になったんだから」

「……そう、ですね」


 死に近い場所に立ったこともある経験が、今クロを奮い立たせている。自分も犯したことのある罪だから、同じ罪を犯したジェットが許せないのは当然かもしれない。


「冷遇されていたわけでは、ないそうですね」

「ラプレツィアの子? そうね、可愛がられたそうよ」

「なにが不満だったのでしょう」

「不満……不満はなかったと思うわよ。不安ならあったでしょうけど」

「不安?」

「あなたも聞いたでしょ。あのラプレツィアの子は、伯爵の実子ではないのよ? それなのに目をかけられたんだから、そりゃ怖くもなるわよ」

「なぜ? 伯爵は実子のように接していたのでしょう?」

「だから、よ。伯爵には息子と娘がいるわ。そのふたりより可愛がられたら、将来だけでなくいろいろ不安に思うでしょうが」


 サンジュンは貴族でもなければ、両親に愛されて育ったわけでもないので、カラミアが言う「不安」がよくわからない。実力主義だった北方砦の出身であることも、そのことには関係しているだろう。

 わからない、と眉をひそめていると、仕方ないわね、とカラミアは苦笑した。


「人間は面倒な生きものなのよ」

「それはわかりますが……」


 ジェットはクロのような境遇にあったわけではない。またサンジュンも、カラミアも、クロのような境遇にはなかった。どこに共通点があるのか、わからない。共通点があるとしたら、それはクロが口にした「大切な人からの想いを裏切った」ということが、クロとジェットの共通点だろう。そんな共通したものが生まれたのなら、似たような境遇にあってもおかしくはないとサンジュンは思うのだが、そうではないらしい。

 こればかりはサンジュンに理解できないものであるのは、仕方のないことだろうか。


「わたしはあの者を理解することはできません」

「べつにしなくていいわよ。ただ、そうね……これから同僚になるわけだし、少しくらい考えてみたら?」

「シャルナユグ殿下に剣を向け、クロネイ殿下の不興を買った者を?」

「クロさまは教えたいのよ。それをわかってあげなさい」


 年の功か、カラミアの言うことはサンジュンに新しいものを教えてくれる。素直に吸収するようにはしているものの、今回ばかりは無理かもしれない。


「時間がかかりそうです……」

「……。あたしが任されて正解ね」

「そのようです」


 クロの判断は正しかったと、今なら思う。サンジュンが北方砦出身の兵でなかったら、もしかしたらこんなに考え込むこともなく理解できたのかもしれないが、生まれついた性格はなかなか直すことはできないものだ。理解する時間がかかる以上、サンジュンより人生経験が豊富であろうカラミアに任せるのが一番だ。


「さて……そろそろ止めようかしらね。クロさまの顔色が悪くなってきたわ」

「わたしが止めます」

「面倒を押しつける気ね。まあいいわ、ラプレツィアの子を任されたのはあたしだもの、相手してやろうじゃないの」

「頼みます」

「頼まれてあげるわ」


 どうしてくれようか、とも聞こえて仕方のないカラミアの意地悪気な笑みに顔を引き攣らせつつ、サンジュンは無茶をしてくれるクロを止めるべく一歩を踏み出した。


 クロの間合いは、幾度か相手をしているのでわかる。

 集中のあまり周りが見えなくなるということもないクロは、情報収集の能力に長けていて、誰が間合いに入ったかを瞬時に把握することができた。戦時中、死者を出すことなく終わらせることができたのも、クロのその特化した能力によるものが大きい。

 本当に惜しまれるクロの剣の才は、しかしたまに、それでよかったのではないかとサンジュンは思う。周りが見えなくなることもなく、情報収集の能力に長けているのも、そのすべてクロに体力がないせいだ。これで体力があったなら、身体が丈夫であったなら、それに驕って、才能が開花することはなかったかもしれない。或いは、たとえ才能が開花しても、そのせいで厄介者扱いされたかもしれない。さらに言えば、今のクロネイという皇子が、形成されることもなかったかもしれない。


 いろいろと考え、加味し、複合すると、今のクロだからいいのだと、サンジュンは思うようになった。


「クロネイ殿下」


 その間合いに入って声をかけるとすぐ、クロの夕焼け色の双眸がサンジュンを捉える。その隙にカラミアもジェットに声をかけ、空気を崩された剣の打ち合いは一気に収束した。

 肩で息をしていたクロは、止められたことに不服そうな顔をしたが、その文句を言う前に足がふらついてサンジュンに身体を支えられてしまったので、諦めたように深く息を吐き出した。


「疲れた……」

「でしょうね」


 無茶や無謀といったものが実は得意だろうと思われるクロは、そのままサンジュンに寄りかかり、握っていた剣をパッと離した。支えていた身体の重みが増し、どうやらもはや立っているのもつらいらしいと感じると、サンジュンもクロの身体をひょいと持ち上げる。体調を崩していた名残で体重が落ちてしまっているクロは、そうでないときでも、サンジュンには軽いものだ。


「もう寝る……あとよろしく」

「ファルム医師が来られるまでお待ちください」

「無理」


 こてん、とサンジュンの肩口に頭を落としたクロは、完全に肢体を弛緩させた。倒れずによくここまで頑張ったものだが、自身の体力を甘く見ているところは及第点だ。

 次からはもっと早くに止めよう、とサンジュンは心に誓い、クロを抱え直してカラミアを見た。


「ファルム医師を呼んできてくれますか」

「呼ばなくても……来たわよ」


 露台を促してきたカラミアに倣って振り向くと、ひどく機嫌の悪そうな顔をした医師と侍従がいた。

 怒られるべきはクロであるのだが、目を瞑ってくれと言われてそうした自分も同罪だろうなと、サンジュンは説教を受け入れるべく部屋に戻る足を進めた。







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