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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【いとしさの連鎖。】
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39 : 思い知ればいいと思うんだ。

*クロ視点です。





 快適とはいかなくても、幸福に包まれた道中だった。子を宿したシャナの体調は心配だったが、そういう顔をするとシャナが怒るので、できるだけ心配しないように、それでも気遣いながらクロは王都への帰還道中を楽しんだ。

 王城に帰ってすぐ、王と王妃から祝辞を受け、そうして公式的にシャナの懐妊が国に報告されると、全土から祝福された。


 ほうっと息をつき、クロは椅子に埋もれる。


「クロさま、連れてきた侍従兼騎士のことだけど」


 護衛騎士カラミアに訊かれて、クロはうっそりと顔上げてそちらを見る。カラミアと、もうひとりの護衛騎士サンジュンに挟まれて立った青年に、眉をひそめた。


「全般的に、ラミアンに任せる」

「あら、あたしでいいのかしら」

「北方砦出身のシンより王城に詳しいだろ」


 顔も見たくない、なんていうくらい、誰かを疎ましく思ったことはない。そんな感情が自分にあるとも思えない。だからたぶん、この気持ちはそういった類の感情ではないのだと思う。

 クロはラプレツィア伯爵の息子、ジェットをじっとりと見た。クロにそんな顔で見られているジェットは、心なしか居心地が悪そうにしている。

 それでいい、と思った。

 そうやって困惑しろ、と思った。

 ジェットを混乱させることが、クロの目的だ。


「帰るまでの道中で観察したけれど、剣のほうはだいじょうぶそうよ?」

「ふぅん」

「礼儀もしっかりしてるし……特に教えることはないと思うのよ」

「騎士としては鍛えるまでもないことはわかる。顔つきがそうだからね」

「あたしに任せられても困るのだけれど」


 カラミアはちらりとジェットを見やり、肩を竦める。鍛えようがないということらしいが、クロはジェットを騎士に育てろと言ったわけではない。


「シン、ラミアン、訓練用の剣を持ってきて」

「剣? どうするつもり?」

「おれが直に叩き直すだけだよ」


 戸惑ったカラミアとサンジュンを促し、クロは埋もれたばかりの椅子を離れると露台に歩み寄り、窓を開けた。


「来なよ」


 ジェットにそう声をかけ、露台から外へと出る。冷たい空気にぞわりとしたが、動けばわからなくなる程度だ。


「あまり無理をされないほうがよろしいのでは……病み上がりですし」


 訓練用の剣を持ってきたサンジュンにそう心配されつつも、シャナの懐妊で機嫌がいいノエのおかげで、不調だった身体は今のところ元気を取り戻している。ノエは王都に帰還したとたんにクロの中から出て行ったが、その名残はまだあるので心配は要らないだろう。


「ノエのおかげで元気はいいよ」

「ですが……」


 剣をクロに渡すことを躊躇っているサンジュンから、クロは奪うようにして剣を取り上げた。


「クロネイ殿下っ」

「シン、黙って。だいたいの事情は聞いただろ」

「聞いています。あの者の所業は許せるところではありません。ですが、それとこれとは別です。それでもとおっしゃられるなら、わたしが」

「それは駄目だ」

「なぜですか」


 カラミアはよくて、なぜ自分では駄目なのかと言うサンジュンに、クロは唇を歪める。


「シンは北方砦出身だろ」

「あなたの護衛騎士となってから、こちらの作法は学びました」

「違う。シンが北方砦の出身だから、任せられないんだよ」

「? どういう意味ですか」


 首を傾げ、自覚症状もないサンジュンに、クロは押し潰したような苦笑を浮かべる。


「ぬるい、って……言ってたことがあっただろ」

「……王城の訓練ですか?」

「北方将軍から聞いたんだけど、この国で一番きつい訓練をしているのは北方砦だ。北からのお客さまがもっとも厄介だからね。そんな北方砦の兵だったシンは、こちらの基準でいくと、随分とバケモノらしいよ」

「……王城の訓練が甘過ぎるのです」

「うーん、そんなシンだからおれも安心して身の回りを任せられるんだけどね」


 サンジュンの感覚は、王都の兵には厳しいものがある。カラミアは飄々としているが、それはカラミアにそれ相応の実力があるだけのことで、サンジュンと王城の兵と並べたら、同じ兵であるとは思えないほどの歴然とした実力の差がある。鍛えられ方が違うのだ。


「シンに任せたら、叩き直す前に、壊しちゃうよ」


 クロの目的はジェットを壊すことではない。騎士にするのも、侍従にするのも、それを目的にしていたわけではない。


「シン、おれはこれでまた倒れたりするかもしれないけど、それが目的なんだ」

「……倒れられることが目的であると?」

「そう」

「なんと無茶くちゃな……おやめください」


 わたしの心臓を壊すつもりか、と言ったサンジュンに笑って、死にはしないからだいじょうぶだよと返すと、嘘でもそんなことは言うなと怒られた。

 クロの体調を心配し、そのことを叱ってくれることは嬉しいので、素直に怒られておく。

 それでも、気持ちは変わらなかった。


「思い知ればいいと思うんだ」

「思い知る?」

「大切に想ってくれているひとの気持ちを裏切ること」


 サンジュンが閉口する。その眼差しは、痛いほどクロを心配してくれていた。


「わかる? 今シンが抱いている気持ちと同じものを、彼は裏切ったんだ」

「……お怒りであることは承知しております。ですが、わたしはあなたが今からなさることに、目を瞑ることもできません」

「おれは今、彼と同じことをしている。シンの気持ちを裏切っている。だから、思い知ればいいんだ」

「おやめください。あなたがそこまでするほどの価値が、あの者にあるとは思えません」

「価値ならあるよ」

「クロネイ殿下」


 なおも止めてくるサンジュンと距離を作り、クロは訓練用の剣を鞘から抜いた。刃が潰されているとはいえ、真剣と同じように揮えばもちろん怪我はするものだ。


「シン、これが終わったらきちんと叱られるから、今だけ気持ちを裏切るこの行為を許せ」

「……お命じになられるのですか、わたしに。好きに行動しろと許可しておきながら、今になって」

「それでもシンは、おれの背中を護ってくれる騎士だろ?」


 にっこり笑みを浮かべると、サンジュンはしばらく渋面のままであったが、クロが笑みを崩さずにこにことしていると、諦めたように息をついた。


「外出禁止です」

「ん?」

「シャルナユグ殿下にも報告します」

「え」

「ファルム医師とハンセル侍従官の説教も、覚悟してください」


 いろいろと条件を出されたが、サンジュンの気持ちを裏切り、踏みにじるのだから、それくらいは当然と言えるかもしれない。


「あー……シャナには黙ってて?」

「なりません。このことは、きっちりと、報告させていただきます」


 強い意志をその眼差しから感じ取って、クロは顔を引き攣らせつつも、仕方ないかと肩を落とした。


「倒れたら、の話だよね、もちろん」

「倒れられることを前提としているのでしょう?」


 好きに考えて行動していいと、護衛騎士にするときに宣言しておいたのは、ちょっと早まったことだったかもしれない。いや、そのことはいいのだが、思った以上にサンジュンはクロの護衛騎士という役目に適性があった。さすがは自分、見る目はあると思う。

 こういう友が、クロは欲しかったのだ。


「……後始末は任せるよ、シン」

「それはカラミアに押しつけてください。わたしはあなたのことで、手いっぱいです」


 機嫌が悪いのはクロばかりでなく、主君に無理をさせるサンジュンも同じだった。







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