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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
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03 : 望む、望まない。1





 どうやら神官服がお気に召したらしいシャナの婿どのは、荷を売り払ってしまったせいで着るものがない婿のためにシャナが急きょ用意させた礼装より、好んで神官服を着て歩いている。おまけに、そちらの方面にでも力を入れるつもりなのか、神学まで学び始め、一日の大半を神殿で過ごすようになっていた。


 そしてなぜか日課となっているのが、シャナとのお茶会である。


「地の女神、天の大神……アヌ神とラグナ神は、親子なんですよね」


 この日も神官服を着たクロネイは、子ども向けの絵本の形式を取っている聖典を手に、にこにこと笑ってお茶をしている。


「なんだか嬉しそうね」

「祖国では学べませんでしたから、いろいろと楽しいです」

「学ぶことが?」

「ええ」


 聞いた話によると、クロネイはものすごい勢いで神学を吸収しているらしい。到着からわずか五日で、聖典の半分を暗誦できるくらいまでになったとか。しかも古文のほうで、だそうである。


「まあ神学は、狭き門でもあるから……難しいかもしれないわね」

「シャナは信仰しないのですか? あ、王族の方に失礼なことでしたね」

「かまわないわ。そうね……人より薄いかもしれないわ。道は己れ切り開くもの、神を頼ってばかりもいられない。そう思うから」

「さすがシャナ」


 にこ、と笑みを深めたクロネイは、シャナの素直な本音に文句を言うこともなければ、王族のくせになんたる不信心、と罵ることもない。


 セムコンシャス王国の信仰は、地の女神アヌと、天の大神ラグナの二神を信仰している。この大陸を作りたもうた神として、クロネイの祖国トワイライ帝国でも信仰されている。つまり一般的な宗教で、信仰者が多い。それでも、神学という学問にしてしまうと、そこは狭き門である。戒律が厳しいからだとされているが、本当のところは、神の声を聞くことができなければ神官にもなれないからだ。それでも人々は、たとえ声を拝聴できなくとも、二神を信仰する。


 宗教とは人の想いの集合体であり、心の支えであり、拠り所であるものだと、シャナはそう思うから信仰心が人より薄いのかもしれない。


「あなたは神を信じるの?」

「半分は」

「半分?」

「この大陸を作りたもうた神、なのでしょう? 大陸の歴史は、人々の歴史より長くて、さすがに根源がわかりませんからね」


 なるほど、クロネイは原点的な部分で神の存在を信じているらしい。


「そうね……わたしも大陸の歴史は、わからないわ」

「それこそ、神のみぞ知る、ことでしょう?」

「その通りだわ」

「人の歴史は、遺跡やそれらにまつわるものを調べればわかります。土を見て、層を見て大陸のことを知ることはできるでしょうが、それは大陸の年齢みたいなものでしょう? しかもその年齢すら、知るには限界がある。土を掘り続けることなんて、できませんからね」


 言うことは的を射ている、と思う。

 確かに、と頷いて、シャナはクロネイの手許に視線を移した。


「聖典を暗誦できると、伺ったけれど」

「ああ、これですか? 絵が綺麗で、気に入ってしまいました」

「そう……将来は神官の道に進むつもり?」

「シャナの地盤になるには、必要なことでしょう?」


 神官の資格は取るつもりでいる、らしい。資格とは、もうすでにクロネイは達成しているようなものだが、聖典を暗誦していることを前提とし、神の声を聞けることだ。


「……あなたは聞こえるの?」

「聞こえる? なにがです?」

「声が」


 聞こえなければ神官になることはできない。今こうしてクロネイが神学を学べているのは、シャナの夫となることが確定し、王族として扱われているからだ。


「おれに天恵はありませんよ」


 はは、と笑って答えたクロネイに、少しだけ、目を見開いた。


 天恵とは、授かった者の多くが精霊と契約することにより、その属性の力を使うことができるそれの、総称である。水の天恵を授かれば、水精霊と契約することでその属性の力が使え、風の天恵を授かれば、風精霊と契約することでその属性の力を使えるようになる。天恵を授かった者の多くは、いやほとんどは、精霊と契約し、天恵術師と呼ばれていた。

 そして、授かる天恵は一つだけであるから、精霊と契約し力を揮うことができても、一つの属性しか扱えない。

 だが、それらの法則から外れた天恵者が、いないわけではない。稀に、二つの属性天恵を授かり、精霊がふたり、扱える力も二つという天恵術師がいる。ふつうの天恵者の一割にも満たない人数だが、確かに存在している。

 さらには、そこからもっと外れた天恵者も、いないわけではない。

 たとえば、神官の天恵。セムコンシャス王国では、神の声を聞くことができる者を、神官と呼ぶ。トワイライ帝国でも、神官は神の声を聞くことができる者のことだ。神官は精霊と契約しない。精霊と契約しなくとも、天恵を使えるからである。

 つまるところ、精霊と契約しない、特定の天恵を授けられる場合がある、ということである。


 クロネイは神官の資格を取るつもりでいるようだが、必要とされるその特定の天恵、神の声を聞く力がなければ、神官の資格は得られない。


「神のお声を拝聴できないのに、神官に?」

「え? ああ、そういう意味ではないです。天恵はありませんって、それだけですよ」

「だから、神官には天恵が必要なのよ。お声を拝聴できる、天恵が」


 知らないのだろうかと教えれば、クロネイは予想通り、吃驚したような顔をした。


「え、そうなんですか?」

「本当のところはわからないけれど、その天恵がなければ神官にはなれないと、わたしは聞いたわ」

「……あれ? そうなんですか?」


 やたらと首を傾げるクロネイに、シャナのほうも首を傾げたくなる。

 なにを疑う、いや、確認しようとしているのだろう。


「天恵がないと、神官にはなれないわよ」

「確かにおれは天恵を授かっていませんが……あれ?」

「なに? なにが疑問なの?」

「シャナの話ですと、神の声を聞く力が、神官に必要な天恵だと、そういうことになりますよね?」

「そうよ」

「あれ?」


 なにやら考え込むように首を傾げたクロネイは、ふとシャナに断りを入れ、席を立った。露台でお茶をしていたのだが、そこから部屋の中へ入ることはなく、露台の前に広がる庭でシャナとクロネイを護衛するノエを呼び、欄干に手をつく。


「ノエ! ノルイエ! ちょっと」

「ああ? 姫とのお茶を邪魔すんなって言ったの、あんただろうが」


 そんなことを言っていたのか、と思いながら、怪訝そうに近づいてきたノエをシャナも見やる。


「おれ、神官になれないみたいなんだけど」

「は? なに、あんた神官目指すのかよ、今度は」

「必要だろ」

「はあ。まあ、あんたならなれるんじゃね。あれだけ気に入られていれば」

「でも、おれ、天恵ない」

「なんで天恵が関係あるんだよ」

「神官は、神の声を聞く天恵が必要だそうだ」

「……ん? あんたいつのまに天恵者になった?」

「やっぱりそうなる?」


 ノエとの会話では、クロネイもやはり敬語が出ないらしい。ノエが敬語でないのは首を傾げたくなることだが、シャナが気になったのはふたりのそればかりではなかった。


「そのお話、どういうこと?」


 と、思わずふたりの会話に参加してしまう。


「天恵者になった、というのは、どういう意味?」


 問うたシャナに、答えたのは怪訝そうな顔をしたままのノエだ。


「そのままですよ。クロに天恵はありません。けど、神官に必要な天恵が神の声を聞けることってのは、おれらにしてみたら変な話です」

「え?」


 さっぱり意味がわからなかった。


「クロは、神にめちゃくちゃ気に入られてますよ。アヌ神とラグナ神ではありませんが」

「……、はい?」


 どういうことだそれは、とシャナは瞠目する。


「おいクロ、呼べるか?」

「ん? うん、たぶん」


 呼べる、と突拍子もない発言をしたクロネイは、ふと空を仰いだ。


「ミスト」


 それは呼ぶというよりも、囁きかけているように、声を風に乗せていた。


 そうして。


「びっくりだよ、クロ。呼ばれたのも吃驚だけど、なんでアヌの故郷にいるの」


 と、空から人が降ってきた。しかも、その人の背には、白い羽が生えていた。







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