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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【眩む光りに歌を想う。】
34/56

33 : 眩む光りに歌を想う。

*クロ視点です。





 眩む光りに、歌を想う。

 頭の中で鳴り響くものがたまにあって、まるで本能のように、クロはそれを楽譜にすることがあった。おまえは本能的に動く獣のようだ、と兄姉に言われたのも久しい。

 目の前の光りに、クロは歌を想う。

 朝日を浴びながら、そっと静かに口ずさみ、ついでだからと詩もつける。寝台から離れるにはとても惜しい状態だったので、思いついたままただ口を開く。

 憶えていたら楽譜に起こして、未だ眠っている、妻となったシャナに贈ろう。


「機嫌いいな、あんた」


 無粋なことに、水の精霊騎士がするりと壁の向こうから現われた。無粋だと思ったが、気分がいいから微笑む。


「もっと、歌え。おれはあんたの歌が好きだ」


 精霊は、好きか嫌いか、極端なことにそのどちらかしか感情が働かないという。ほかの精霊が本当にそうかどうかは不明だが、このノルイエ、ノエはそうだ。

 ノエが、最初の契約者であったクロの祖母が亡くなってもなおクロのそばにいてくれたのは、クロの歌を好いていたからだった。

 壁に寄りかかり、瞼を閉じ、腕を組んで歌に聞き入るノエを視界に入れながら、クロは鳴り響くものを口ずさみ続けた。


 振り返ってみるといろいろなことがあった。

 成人まで生きられないだろうと直接言われたのは、物心がつく頃のことだ。そのときの医師はクロが聞いていないと思ったのだろう。こっそりと静かに告げられたそれに、母である皇妃が、父である皇帝が、上皇夫妻が、兄や姉たちが集まって、みんなで泣いていた。悲しいことなのか、そのときのクロには理解できなかったが、成長するにつれ自分の身体が一般の人よりもはるかに劣り、役に立たないらしいということがわかって、こういうことなのかとは思った。

 そんなある日、祖母が言った。ノエがなんのためにクロの騎士なのか、という話だったと思う。気づいたときには自分のそばにいたノエが、精霊だった。それも、天恵者である祖母が自ら探して契約を頼んだという、クロのための精霊騎士だった。驚いたけれども、だから自分は未だこうして生きているかと思った。祖母がどうしてこのときにノエの正体を話してくれたのかはわからない。たぶん、自分が死んだあとのことを考えたのだろう。精霊は気紛れだ。契約していても、クロが聞いてしまった医師のあの宣告を考えると、いくら精霊に生命を支えられているとはいえ、それは不安定だったのだと思う。祖母は恐れたのだ。末子で、後継ぎでもないクロの将来を、唯一祖母は危惧していた。


「セイエンのこと考えてんのか」

「……よくわかったね」

「あれはおかしな女だったな……」


 クロが思うに、ノエは祖母が好きだったと思う。どこが、と決まった部分はなく、全体的に祖母を好いた精霊だ。だから祖母の無茶苦茶な命令に従ったのだろうし、クロが思い出す以上に祖母のことをよく思い出して遠くを見ている。

 人の死が理解できない、とノエは言っていた。祖母が死んだとき、そうだった。ノエは平然と、また逢えるだろと言った。逢えることを当たり前のように捉えていた。


「ノエ」

「なんだ」

「おばあさまに逢いたい?」

「? またそのうち逢える」


 魂が輪廻するとでも思っているのだろうか。たとえばそうだとして、たぶんきっと、ノエは祖母を見つけるだろう。どんな姿でも、ノエは祖母を見つけるに違いない。

 それが好きだという愛情なのだと、ノエは気づくだろうか。


「ノエ」

「さっきからなんだ」

「ありがとう」

「は?」

「おれのそばにいてくれて、おばあさまの救い手になってくれて」

「……おれは自分がやりたいようにやってるだけだが?」

「シャナのお手伝い、いやならしなくてもいいってシャナが言ってた。いやそうな顔するくせに、ちゃんと最後まで手伝うらしいね?」

「姫はおれのあるじだ。従うのは当然だろ」

「ほんと、精霊って気難しいなぁ」

「はあ?」


 わけがわからん、と顔をしかめたノエは、クロが歌をやめたので興が削がれたらしく、肩を竦めると「食事の用意してくる」と言ってまた壁をするりと抜けて行った。

 べつに歌うことをやめたわけではないクロは、そんなノエにくすくすと笑ってから、再び鳴り響くものを口ずさむ。それは響いていたものが身を潜めるまで続き、隣で眠っていたシャナが目覚めるまで続いた。


「おはよう、シャナ」

「ん……もう朝?」

「眠いならまだいいよ。今日と明日はおれのためにお休みだからね」


 ずり落ちそうになった毛布を引っ張ってかけ直すと、寝ぼけ半分のシャナが枕に顔を押しつけながらふんわりと笑った。


「歌が、聞こえたわ」

「そう?」

「すごく綺麗なの……気持ち良くて、暖かくて、幸せになれる歌だったわ」

「そっか」


 眠りながらも、シャナはクロが口ずさんでいたものを聞いていたらしい。うれしい言葉をもらったので、これは楽譜に起こしておかなければ、と思う。


「起きる?」

「ねむいわ……」

「じゃあ、おれは朝食にするけど、シャナはもう少し遅らせようね。すぐ戻るよ。ゆっくり休んで。無理させちゃったからね」

「もう……っ」


 使っていなかった枕を投げられたが、それを笑って避けて、寝台から落ちてしまったそれを拾って端に避けながら、二度寝に入ってしまったシャナにそっと口づけし、クロは適当に上着を羽織ると寝室を出た。


「おはようございます、クロさま」

「おはよう、チェッサ。アルアは?」

「深夜を過ぎた頃に、もうだいじょうぶでしょう、と下がりました。失礼ながらわたくしも下がりまして、先ほどお伺いした次第です」

「よかった、ちゃんと休んでくれて」


 老官チェルザは、クロはチェッサと呼ぶが、本来はこんなふうにクロの世話をする人ではない。けれども本人とシャナに頼んで、侍従になってもらった。これといった理由はない。ただ、その食えない笑みが面白くて、なかなかの曲者っぽいところが気に入って、話し相手に欲しいと思った。クロの前ではころころとチェルザは笑うが、これが廊下に出たとたんに無表情になるのも、クロとしては面白い。そんな程度の理由から侍従にしたわけだが、そんな理由でもチェルザは侍従を引き受けてくれた。


「姫さま……というにはあれですな。シャナ殿下は、まだお休みでしょうか」

「おれ昨日ものすごく元気で……」

「それはそれは。御子の誕生も目前ですな」

「女の子がいいなぁ……シャナにそっくりで、勝気な子。ととさまって呼ばれたい」

「具体的ですな」


 長椅子に腰掛けながら、適当だった上着をきちんと着せられる。侍女や女官の目があるせいだ。きちんとした衣装に着替えさせないのは、本日も明日も、シャナが公務を休むからである。


「シャナのことは母上でいいんだ。シャナは王さまになるから。でもおれは違うからね。ととさまでいいんだ。大きくなったら、とうさん、かな」

「父上とは呼ばれたくないのですかな?」

「おれそこまで大物じゃないからねえ」

「シャナ殿下のご夫君であられるのですから、そうは言えませんがなぁ」

「おれはシャナに一目惚れしたうっかりさんだよ」


 くすくす笑いながら、チェルザと他愛ない話をしているうちに、ノエが食事を持ってくる。そのついでとばかりのアイルアートも姿を見せた。


「やっぱり元気ですね、クロさま」

「おかげさまで。おはよう、アルア」

「おはようございます」


 前日にあれだけ騒いでおきながら、とぶつぶつ文句を言われたものの、クロを元気にしたのはほかでもない、アイルアートの講義である。体調不良も吹っ飛んだ、ものすごい効力だった。


「爽やかそうでなにより」

「早々に御子が望めそうですぞ、アイルアートどの」

「それは楽しみですね、チェルザどの」

「女の子がいいそうです。シャナ殿下そっくりで、勝気の」

「それは……その二世は控えて欲しいですね」

「ははは。わたくしはよいと思いますがな」


 アイルアートとチェルザが談笑しているうちに、ノエが卓に食事を並べてくれる。シャナの分はあとで、と伝えると、ノエは場所をずらして背後の侍女を促した。


「ああそっか、うん、そうだよね。シャナはまだ眠ってるから、起きたら知らせるよ。それからシャナをお願いしていいかな」

「承知いたしました」


 シャナの侍女は未だクロに少し固いところがある。もうちょっと親しくしたいところだ。そもそも緊張されるほど容姿は厳つくない、シャナが可愛いとうっかり口にするくらいなのだが、クロとしてはそれが不思議だ。


「お食事中に失礼しますよ、クロさま」

「なに、アルア」

「廊下にサンジュンが控えているのですが」

「ああ、昨日の夜はやっぱりラミアンが担当したのね」

「ええそうです。サンジュンでは純情過ぎて……ではなく、そのサンジュンから聞いたのですが、あなた歌っておられたようですね?」

「ん?」

「廊下まで聞こえたそうです。この国の歌ではなかったと、サンジュンから」


 わたくしも聞いておりました、とチェルザが、クロの給仕をしながら口を挟んでくる。


「クロさまのお声でしたな。不思議な音色で……わたくしも聞いたことのない歌でしたから、サンジュンにはもっと聞き覚えがなかったでしょうな」


 あれはなんでしょう、と問われ、説明の仕方を考えながら、クロは思った通りのことを口にする。


「思い浮かんだ、と言えばいいのかな……とにかく頭の中で鳴り響くんだよ。あんまり意味は理解できないんだけど、感情みたいなのはわかるから、そのときに合わせるんだよね。で、たいていは歌になる。それを口ずさんでいただけだから、まあ聞いたことなくて当たり前だろうね」

「クロさまがお作りになられた曲であると?」

「そうだね。突発的な趣味、かな。本能で生きる獣みたいだ、って兄上とか姉上たちには言われたけど」

「けもの……」

「今朝はシャナが綺麗で……可愛かったから」


 ほにゃ、と笑うと、クロを除いた者たちがみんな苦笑する。微笑ましく思ったらしい。


「素晴らしい才能だとサンジュンが呆けていましたので、ぜひ聞かせていただいて、神殿の聖歌に加えてみてはと思ったのですがね」

「そんな大層な歌なんて歌ってないよ」

「そのようです。これまでどおり、適当に歌ってください」


 もちろん、と頷き、食事を続ける。終わる頃になるとまた頭の中でなにかが鳴り響き、ふらふらと寝室に移動しながら口ずさんだ。


「変わった音色ですね」

「本当に、本能的ですな……なにをお考えかさっぱり掴めないお顔ですよ」

「もともとそういうお方ですがね」

「しかし殿下への想いを口にされているというのはわかります。恥ずかしくなりますな、聞いていると」

「当てられてはたまりません。呼ばれるまで待機しているとしましょう。チェルザどのも後任への引き継ぎがありますでしょうから、しばらく席をはずしてはいかがですか」

「そういたしましょう。いやはや、これからが楽しみですなぁ」

「これからも、楽しみなのですよ」


 笑い合う彼らの話などクロに聞こえているわけもなく。


「ああシャナ、今日も一段と綺麗で可愛いね」


 寝室に入り、寝ぼけたシャナを抱き竦めてただただ幸せに微笑むだけだった。







*あれ、下品な部分が……?


これにて【眩む光りに歌を想う。】は終幕となります。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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