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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【眩む光りに歌を想う。】
31/56

30 : それを聞かない日はない。

*サンジュン(クロの護衛騎士)視点です。





 クロネイ・エイブン・ロンファ・トワイライの護衛騎士に任ず、と命じられたとき、サンジュンは思い切り目を丸くした。

 なぜ自分なのだろう、と。

 サンジュンは貴族ではない。本来なら騎士でもない。北方の砦を護る兵士のひとりで、稼ぎが安定しているからという理由だけで兵士になった平民だ。収入の一部は毎月、自分が育った孤児院に送っている。だから立派な姓もない。レクタにある孤児院の出身だから、サンジュン・レクタと名乗っている。北方の砦を護る兵士は、サンジュンのような者が多かった。荒くれ者の集まりだ、と言われるような場所なので、剣の腕だけは誇れるが、騎士位を持つのは隊長を任せられている数人だけだった。

 北方の砦では、毎日同じようなことの繰り返しだ。けれどもそこに不満はなく、ある意味では穏やかと言える生活をしていたサンジュンは、荒くれ者たちの中では真面目なほうだっただろう。どうしても酒が苦手で、そういった席につきものである妓楼とのつき合いも少なく、ただひたすら剣の腕を磨き、砦の護衛を勤めていた。

 そんな中で、護衛は護衛でも、わが国の王女シャルナユグの婿を護る官に任じられたのは、サンジュンには予想外なことだった。騎士位まで与えられたのだから、むしろいったい自分になにが起こったのだろうと、現状だけでなく将来まで恐ろしくなった。


 けれども。


 予想外なことは続いていた。

 それは終わってなどいなかったのかもしれない。


「シン!」


 サンジュンに、意味不明な愛称をつけた旅人が目の前にいた。


「あなたはこの前の……」

「憶えててくれたんだ? 久しぶり、シン」


 休暇をもらってレクタの孤児院を訪れたとき、宿で一緒になった旅人だ。旅慣れていない様子が見られたのと、あまりにも無邪気な笑顔が、初対面で知り合いでもないサンジュンを心配させたので、数日ほど街の観光につき合ったのだ。別れ際には、王都へ行くというので、旅慣れていなくても歩き易いだろう道を教えた。

 確か、名前をクロと言った気がする。


「……ん?」


 なにか引っかかる、と思ったとき、そういえば目の前の旅人がやけに小奇麗であることにも気づいた。踝までの緩やかな長衣と、同じ素材の下衣は随分と質がよさそうで、旅をしていたときの薄汚れていた感じは消えている。


「元気そうでよかったよ、シン」

「サンジュンです。そちらも、お元気そうですね」

「毎日が楽しいからね」


 元気いっぱいだよ、とその無邪気な笑顔に、サンジュンもつられて笑みを浮かべる。人懐こいとは思っていたが、わりと人見知りして表情が硬くなるサンジュンを笑顔にさせるくらい、本当に明朗な人だ。


「無事に王都に辿り着けたようで、よかったです。今日はお連れの方はいらっしゃらないのですか?」

「手続きとか面倒で、ノエに任せたんだ」

「手続き?」

「ねえシン」

「サンジュンです。はい?」

「今の状況、わかってる?」


 笑顔の延長線、と言うのだろうか、旅人であった彼、クロは、にんまりと笑う。それに対して、なぜだろう、背にゾッとした冷たいものが走った。


「今の、状況……ですか」


 クロに言われたことをまず考えてみる。

 サンジュンは予想外な命令を受け、北方の砦からここ王都へ到着したばかりだ。上官には明日から護衛官任務についてもらうと言われている。明日からとは早いなと思っていたが、それも仕方のないことだ。

 今ここ王都には、隣国デイランの兵が押し寄せている。トワイライ帝国へ開戦の宣言がなされたというのは、王都に着いたばかりのときに上官から聞いた。なぜセムコンシャスが戦場になるのだと訊いたら、デイランの目的はサンジュンが護衛することになるクロネイ皇子だということらしい。ゆえにデイランはトワイライへ開戦宣言しておきながら、セムコンシャスに押しかけている状態だ。


「戦争……に、なるようですね」


 今は双方、動きを見せていないが、それも時間の問題だろう。


「随分と暢気だね、シン」

「実感がないもので」

「城門前にデイラン兵がいっぱいいるよ?」

「あれくらいの数なら、小競り合いとさして変わりありません。北方の砦でも、あれくらいの数を前に鎮圧することは、ままありますから」

「あるのっ?」

「北方はテトラ山を前にしていますから。豊かな国を狙う賊はけっこういます」


 少々護りが薄くなっている王都では危惧するだろうデイラン兵の数も、北方出身のサンジュンにしてみれば、北方砦を守護する兵がいればすぐにでも追い払えるだろうなと思っている。


「シャナは籠城する気満々なんだけど……もしかしたらシンと北方将軍がいればどうにかなるんじゃない?」

「はい?」


 考え込むようにぶつくさ言うクロに首を傾げると、彼はパッと顔を上げた。


「なんでおれがここにいると思う?」

「そういえば……避難しましょう。ほとんどの方は大神殿のほうへ移動されています。あなたもそちらへ……」

「だいじょうぶ。おれは的になりにきただけだから」

「は?」


 皆が避難している中で彼がここにいるのはおかしい、と気づき、避難させようとサンジュンは道を促したのだが、まったく見当違いな返事をされて目が丸くなる。


「シンくん、かなり剣術強いよね」

「……そうでもありませんが」

「顔つきとか見ればわかるよ」

「はあ……ありがとうございます」

「おれも武闘派なんだよ」


 がちゃ、という金属音に、サンジュンは視線を下げる。彼の腰に、明らかに真剣であろうものが、きらりと帯びられていた。暢気にも、随分と立派だな、などと思う。


「……騎士だったのですか」

「まさか。そこまで体力ないよ」

「は……」

「だからシンがいるんだよ。おれの体力を補ってくれる騎士がね」

「……。はい?」


 なんのことだろう、と視線を彼に戻したとき、とてもいい笑顔がそこにあった。


「おれ、クロネイ・エイブン・ロンファ・トワイライ。あ、今はもう、クロネイ・エイブン・セムコンシャスだ」


 あは、と笑った彼に、サンジュンの理解が追いつくのは数十秒後のことだ。


「あれ、シンくん? 驚いてくれないと、おれ、ちょっと寂しいよ?」


 首を傾げた彼、トワイライ帝国の皇子でわが国の王女の婿であったクロネイ皇子に、サンジュンは冷静にも片膝をつき、手を胸に当て、騎士の礼を取った。

 予想外な命令の終着点に、はあ、とサンジュンは深く息を吐き出す。


「殺す気ですか」

「なんのことっ?」


 まさかこの無邪気に笑う彼が、サンジュンがこれから護衛する婿だったとは思うまい。気づかなかった自分に腹も立つが、それらしくない皇子にも非はあるだろう。


「サンジュン・レクタと申します。あなたさまの護衛騎士を拝命しました。以後、お見知りおきを」

「ああうん、おれが指名したんだけど、なんか迷惑そうだね?」

「一介の兵が騎士位を与えられて平然としていられますか」

「嬉しくない?」


 嬉しいわけがない。平民出の、それも孤児という身で、これまでがそうであったようにこれからも北方砦を護る兵だと思っていたのだ。いきなり騎士位を与えられ、出世したと喜ぶよりも、まず恐ろしい。

 なぜ自分なのだろう、と。

 その理由が、たかだか数日一緒に行動したことがあるだけ、というのは、サンジュンにますます恐怖を与える。いっそこの失礼な態度で、首を斬ってくれないだろうかとさえ思った。


「シン」


 ふと、前が陰る。

 クロ、と名乗っていた旅人は、その身分が大国の皇子であるのに、サンジュンに視線を合わせるようにして屈んでいた。その恰好が実に子どもっぽく、やはり無邪気で、なんだか気が抜ける。


「そんなあなただから、おれはあなたを指名したんだよ」


 にこ、と皇子は微笑む。


「誰に対しても同じ態度で、表裏がない。おれが皇子だと知っても、街を案内してくれたときと変わらない。うん、おれはあなたにおれの背を任せたい」


 なんでこんなに、嬉しそうに笑うのだろう。

 なぜ、笑えるのだろう。


「おれはシャナの地盤になるつもりだ。惚れた嫁を護りたいと、こんなおれでも思うんだ。だからシン、おれに協力してよ」

「……命令してください」

「命令しなくたってシンはおれに協力してくれるだろ?」


 よろしく、と伸ばされた手のひらを、サンジュンはじっと見つめた。


「必要であれば命令はするから、あとは好きに考えて行動していいよ」

「……なぜそこまで信用していただけるのか、わかりません」

「シンの態度には表裏がないから。思ったことを口にしてくれるから。それだけで充分だよ」


 無邪気な笑みに、放っておけない、と思ったのは確かだ。それを考えれば、もはやサンジュンが取るべき行動は一つである。

 差し伸べられた手に、サンジュンは己れの手のひらを重ねた。











 サンジュンがいないところでクロが大怪我を負い、一悶着が過ぎると、またあの無邪気な笑顔が見られる日々が戻ってきた。事前にサンジュンはクロの身体事情をクロ本人から聞かせられていたので、やきもきさせられることもあったがとりあえず冷静さを失うことはなかった。いや、サンジュンが心配したところで、クロの身体はクロにしか理解できない。だからなにも言えなかったし、ただ黙って見守っているしかなかった。

 それに、クロはサンジュンに、表裏のない態度を求めている。思ったことを口にして欲しいと、願われている。クロの思いに答えることこそ、サンジュンの本分だ。

 同僚となったカラミア・リフェルは、彼は王女からの命令を受けてクロの護衛官となったようで、多少の事情は把握していた。クロがサンジュンに求めたことと同じように、カラミアもまた思ったことは口にし、態度にはもちろん表裏がない。クロの基準で自分たちが護衛に選ばれたというのは、カラミアも理解していた。


「ねえラミアン、ラミアンは女のひとになりたかったの?」

「あらいやね、違うわよ。あたしは自分が似合うと思った言葉を遣っているの。それとクロさま、あたしはカラミアよ。ラミアンってなによ」

「自分に似合った言葉を使うなら、ラミアンだよ。うん、ラミアンはラミアンだよ」

「それってクロさまなりの愛? んもう、それならあたし、受け取っちゃうわ」

「ん、よろしく、ラミアン」


 カラミアは、非常に冷静沈着で、それが容姿に伴っているため、黙っていれば美男子だ。口を開かせると少々残念だが、その素直さはクロには好印象であったようで、サンジュンも好意的にカラミアを受け入れている。たまに、よくあれを受け入れられるな、と言われることもあるが、カラミアはカラミアだ。


「今日も全力で無防備ねぇ……どうするの、サンジュン」

「必要であれば命令されます。それまでは……まあ、面白いから見守ります」

「そうよねぇ……あれ、可愛いものねぇ」


 常にクロと共に行動するとなると、必然的にカラミアとも行動することになる。それはこの数日、繰り返されている。これからも続くことだ。もう少しすれば、クロの護衛を任される騎士も増えるだろう。


「シン、ラミアン!」

「はいはい、なにかしら」

「ここ……どこ?」

「あら、ファルム医師の部屋を目指していたのではなくて?」

「わ、わかんなくなった!」

「また迷子なんて、なんてこと。迷子の皇子なんて可愛いわ。ねえサンジュン、この子どうしてこんなに可愛いのかしら」


 クロのそれが可愛いかどうかはともかく、カラミアのその基準もよくわからないサンジュンは、目立つと思われる要所を避けて王城の道案内をする。


 このところは、王女とクロの婚姻で式典が間近となっているため、王城内がひどく騒がしい。王女がクロの相手をしている暇もないので、クロはほぼ毎日のように医師アイルアートに相手をしてもらっていた。アイルアートを呼ぶことのほうが多いが、それはこの迷子になるクロが原因だ。サンジュンですら慣れない王城内の地図を覚えたのに、クロはまったく憶えてくれない。仕方ないのでもともと王城勤めであるカラミアが道を教えるのだが、クロが助けを求めてくることはまず少ない。だからよく迷子になっている。

 昨日も一昨日も歩いた道なのに、いつになったら憶えてくれるのだろう、と思いながらアイルアートの医務室を目指した。


「アルアトル!」

「おや……また来ましたか」

「お茶しよ」

「かまいませんが、今日はあまり相手をできませんよ。一昨日のことを忘れたわけではありませんでしょう。あなたが食せないものを一覧にしておかなければならないのですから」

「う……まだ終わらないの?」

「しばらくかかりますよ」


 クロの身体事情を、おそらく一番よく知っているアイルアートは、実のところ忙しい。それでもクロの相手を少しでもするのだから、たぶんクロはすごく気に入られている。クロもそれはわかっているのだろう。アイルアートを相手にするときには、サンジュン以上に容赦ない無防備を曝す。一昨日、昼食に食べられないものが含まれていたときも、クロはサンジュンやカラミアには言わず、アイルアートのところで倒れた。サンジュンとしては少し複雑だったが、最終的にアイルアートのところに行き着いているのだから、結果としては変わらない。サンジュンやカラミアを頼らなかったのではなく、頼ってもアイルアートの世話になるのだから、と考えたのだろう。

 クロは、自分の身体がどういうものか、よく理解している。だからそのことにサンジュンは口を出せない。それでも、と思ってしまうのは、きっと、カラミアと同じようにクロが可愛いと、まるで弟のように思い始めているからだ。


「アルアまで相手にしてくれなくなったら……おれどうしたらいいの」

「サンジュンとカラミアがいるでしょう」

「そうだけどさぁ……あぁあ、いっそシャナのところにお邪魔しようかなぁ」

「たまにはいいと思いますよ」

「そう?」

「ええ」

「じゃあ行く。シン、ラミアン、シャナのところに行くよ」

「気の早いことで……」


 そういえば、と思うのが、クロが部屋から出て城を歩き回るとき、必ずサンジュンとカラミアに声をかけることだ。護衛騎士の存在を、はっきりとさせる。空気のように、道具のように、クロは扱わない。王女を前にしているときは空気にしてくれるが、それ以外ではよく話しかけてくる。親しみを込められて話しかけると、王族を護る騎士としては少々困ることだが、人間としては少し嬉しい。

 この気持ちはなんだろう、とサンジュンは考えてみる。空気として扱われたいのか、それとも人と見てもらいたいのか、自分でもよくわからない。けれども、クロに話しかけられるのは嬉しいと思う。それはクロが王族だから、ではなく、ただクロという青年が無邪気な笑みを見せてくれることに、サンジュンはホッとする。この笑顔を護りたいのだ。きっとそれは、カラミアも同じだろう。


「あー……っと」

「どうしたの、クロさま」

「えと……ここからどうやってシャナのところに行けるのかな、って」

「そうねぇ……王女殿下がどこにいるかわかれば案内できるけど」

「よし探そう! 冒険だ」

「まずは殿下の執務室に行ったら?」

「そうする!」


 先んじて歩き出したクロの後ろを、サンジュンはカラミアと並んで歩く。王女の執務室へ行くには方向がずれていたが、辿りつけないことはないだろう。ただ、このところは迷子になるのを自粛していたので、行く、探す、と言っても、自室に戻るつもりかもしれない。だからなにも言わず、ただ後ろに続いた。

 少しして、庭園が見える廊下に出ると、ふとクロの足が止まる。身体の向きを変えると、とんとんとん、と庭園のほうへ下りて行った。道になっている石畳の上ではなく、芝生の上を歩き、また立ち止まる。じっとなにかを見つめているので、サンジュンとカラミアもそちらを見た。


「……シャナ、忙しそうだね」


 庭園からは、王女が執務する部屋が見えた。今日は会食も茶席もないのだろう、その姿が部屋の中にある。

 クロよりも王女のほうに歳が近いサンジュンは、いつ見ても王女の姿勢が綺麗だなと思う。だが不思議と、護りたいとは思わない。たぶん、王女が護られる側にあるのではなく、護る側にいるからだろう。それはサンジュンに近い。女性としての魅力はもちろん感じるのだが、クロのような感情はサンジュンにはなかった。


「おれが邪魔したら、いけないね……」

「たまにはいいって、ファルム医師に言われたじゃないの」

「うん、でも……おれ、バカだから。シャナみたいに、国政とか、無理だから」

「勉強したら?」

「それも考えたけど……そうすると、シャナが苦労しそうだろ? おれにはトワイライ帝国っていう、後ろ盾があるからさ」

「……国家間の諍いが起きるかもしれないとか、思っているのかしら?」


 カラミアの問いに、クロはくすりと笑った。


「おれが余計なことを言ったせいで、この国は戦争をしてしまったんだよ?」


 自重気味な笑みに、黙っていたサンジュンは口を出した。


「それはあなたにばかり非があったわけではないと聞きました。先にあなたに手を上げたのは、デイランであったと。攻める口実を作ったのはデイランです」

「そうだけど……おれがここに来たから、デイランはここを戦場にしたんだ」

「あなたばかりが責めを受けるのは、間違いです」


 デイランの王子に負わされたという怪我は、未だに完治していない。元気に動き回るから忘れがちになるが、夜、眠りに落ちると魘されることを、サンジュンだけでなくカラミアも、そしてアイルアートも知っている。王女にその報告がなされていないのは、クロたっての願いだった。この忙しいときに、手を煩わせたくないとクロは言うのだ。


「あの場で、おれは役に立ったのかなぁ」

「充分に」


 セムコンシャスの王都が戦火に塗れたとき、それはサンジュンがクロの護衛官として初めて後ろを任されたときだ。クロの強さはこの目に焼きついている。死者もなくあれを終わらせることができたのは、クロの活躍があってこそのことだ。


「けっきょくデイランの王子は聖国預かりになって、いいところは全部、兄上に持って行かれちゃって……おれ、ほとんど寝台にいたんだよねぇ」


 はあ、と落ち込んで屈んだクロに、あとはなんと声をかけたらいいのか迷う。


「殿下を護ったのはあなたです」

「当たり前だよ。シャナはおれのお嫁さんだよ?」

「いえ、その……すべてにおいて、殿下はあなたに護られていました」

「盾になることくらしか、できなかったけどねぇ」


 そうではない、と言いたいのに、上手い言葉が見つからない。


「違うわよ、クロさま」


 カラミアが助け船を出してくれた。


「クロさまにはまだわからないと思うけど、クロさまが来てから殿下は変わったのよ。それはもう、真四角だったものが、真ん丸になっちゃったくらい」

「……、喩えがよくわからないんだけど?」


 わからないかもしれない。王女が変わったと思うのは、クロが来てからのことだ。それまでの王女を知らないクロには、想像もできないだろう。サンジュンも王女のことはよくわからないが、それでもカラミアが出した比喩はわかる。王女は丸くなった。いつになく張りつめていた空気が、軟らかくなってきた。それくらいの変化がわかるくらいには、自国の王女の噂は聞いている。


「わからなくてもいいわ。それでもね、クロさま、殿下は変わったの。よく笑うようになったわ。よく怒るようになったわ。喜怒哀楽の感情が、他者へ伝わるようになってきたの。まるで機械人形だったような王女さまが、あなたのおかげで、ちゃんと人になったのよ」

「……シャナは人だよ。人形なんかじゃないよ」

「そうね、あなたにはそう見えていたかもしれないわ。けれど、あたしたちはそうじゃなかったの。殿下は人形だったわ。王女だから人形でいられるわけがないって思うでしょうけど」


 カラミアの言葉は、サンジュンには理解できたが、クロにはさっぱりわからない内容らしい。しきりに首を傾げ、「シャナは人だよ」と言う。


「おれはシャナの凛々しさに惹かれたんだ。シャナが人形だったというなら、たぶん、おれのほうがもっと人形っぽかったと思う。おれは……シャナのように立つことすらなかったから」


 屈んでいただけだったのに、足を崩して芝生に直接座ってしまったクロは、ぼんやりとした眼差しで執務中のシャナを見つめる。


「うん……おれ、シャナが好きだなぁ」


 のほほんと言うクロに、サンジュンはカラミアと互いを見やって苦笑する。

 落ち込んでいても、けっきょくそこに収まるのがクロだ。なにを話していても、最終的には「シャナが好きだ」とクロは言うのだ。それは昨日も聞いたし、一昨日も聞いた。サンジュンがクロの護衛騎士となってから、それを聞かない日はない。


「クロさまのそれが、殿下をどこまでも護っているのよ」

「? どういうこと?」

「クロさまは殿下だけを見ていればいいってことよ」

「ふぅん? まあ、おれはシャナ一筋だけど」

「それでいいわ。ところでクロさま?」

「ん?」

「立てなくなるくらい具合が悪いなら、あたしかサンジュンを頼ってくれないと困るわ」


 漸くこちらから手を出せる、と思いながら、サンジュンはカラミアが指摘したそれに頷き、座り込んだクロの両脇から掬うようにして持ち上げた。サンジュンもカラミアも縦にだけはよく成長したので、クロを抱きあげるなんてことは造作もない。


「男としての矜持が傷つくからヤメテ!」

「もう歩けないくせに」

「わかってるけど矜持がね、ちっさいけど矜持があるんだよ!」

「はいはい。さあ、お部屋に帰りましょうね」

「ヤメテ! ほんとヤメテ! おれ一応成人男子だから!」


 喚いて嫌がったが、驚くほど軽いクロに抵抗されたところで、痛くも痒くもない。よっこいしょ、と姿勢を整えれば、諦めたらしいクロが身体を預けてくれる。


「おれ、貧弱だけど、矜持があるんだよ……なけなしの矜持なんだよ」


 訂正する。諦めてはいないが体力が続かなかったらしい。しくしくと項垂れるクロをぽんぽんとなだめながら、せっかくなので王女のそばに行ってから部屋に帰ることにした。


「ちょお! シャナにこんな姿見せなくていいから!」

「せっかく来たんだし、顔くらい見ましょうよ」

「見た見た! ここからでも充分!」

「あら王女」

「シャナぁ! 逢いに来たよー!」

「ものすごい変わり身の早さだわ」


 クロの声に気づいた王女が、窓を開けて露台に出てくる。クロは、その王女に全身で愛情を表現した。


「いったいどうして抱っこされているの?」

「なけなしの矜持が抱っこって言葉を受け入れたくないって!」

「え?」

「動き回ったから捕獲されたとこ! シャナはまだ忙しそうだね」

「そうね、もう少し忙しい時間が続くわ。明日の今頃には落ち着くと思うけれど」

「じゃあ明日! 明日、また来るよ」

「……ええ、わかったわ」


 ふわりと微笑んだ王女に満足して、クロも笑顔で頷く。執務室に戻っていく王女を見送ってから、クロは「帰ろうか」と言ってきた。


「明日からまた、シャナの膝で転寝ができそうだ」

「あんまり邪魔しちゃ駄目よ?」

「わかってる。でも……シャナが好きなんだ。一緒にいたいんだよ」


 その惚気を聞いて、明日は久しぶりの休みになるのかなと、そう思いながらクロの居室へと戻った。







楽しんでいただけたら幸いです。


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