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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【眩む光りに歌を想う。】
29/56

28 : 打てば響くから。

*医師アイルアート視点です。






 あと少しで婚礼を挙げるというのに、セムコンシャスの王女は政務に忙しい。お茶の時間にはいつも邪魔をしていた王女の夫は、今ばかりはその強行をするにはあまりにも邪魔で、突撃を我慢させられていた。それをフィルやエリオンたち王女の側近に惜しまれていることは、知らずにいる。


「うう……シャナがかまってくれないよぅ」

「誰のせいですか」

「アルア容赦ないー」


 落ち込むクロに、医師アイルアートは容赦なく追い打ちをかける。だが、シャナが忙しいのはクロのせいであることに、間違いはない。


「あなたがもう少し、勉強してくださっていたらね……」


 クロの隣でお茶をいただきながら、アイルアートはぼやく。


「仕方ないでしょ! おれは政治学なんて勉強したことないんだから!」

「興味もなかったとは……あなたそれでも皇子ですか」

「なんかこの頃アルアトル容赦ないよね、ほんと!」

「アイルアートです」


 アイルアートは、シャナが自分とクロがよい友好を結べればいいと考えていることを知っている。アイルアートはそれに対して否やはない。クロをいじるのは正直楽しい。


「おれよりかなり歳上のくせに子どもで遊んで楽しいっ?」

「あなたも充分、わたしで遊んでいるように思えますが」

「打てば響くんだもん!」


 楽しいよ、と断言するクロに、これで遊ばないなんて無理だ、とアイルアートは思う。

 もともとクロネイという大国の皇子には興味があった。婚約者もその候補も一切受け入れなかったセムコンシャスの王女シャルナユグに、唯一「仕方ない」と思わせた人物だ。たとえ国のためを想っての受け入れであったにしても、シャナがクロを受け入れたことに違いはない。おまけに、祖国トワイライを出立してからセムコンシャスに向かう道中、歩いていたというのだから笑える。手荷物も売りはらって着替えもなかったとシャナから聞いたときは、笑いをこらえるのに大変だった。


「今からでも政治を学んでみては?」

「無理」

「やる前からなぜ断言するのですか」

「考えるだけで頭痛くなる……ネフとかシャナも、よくできるなぁって思う」


 クロは賢いと思う。立場を弁えて、シャナを立たせている。政治に興味がないのは本当だろうが、やらせればできなくはないだろう。勿体ないと思うのは、ノルイエという精霊騎士と手合わせしている姿を見るからだ。

 あれだけ正確に相手の武器を見、動きを見、自分がどうすべきかを瞬時に判断する動きは、本能的というよりも思慮深さの問題だ。相手をよく見ているから、クロの剣には一切の迷いがない。正確な剣の動きを見れば、判断の仕方は国政のそれを任せても間違いは起きないだろうと、アイルアートは思うのだ。


「そういえば兄上さまは意外にあっさり帰られましたね」

「ん、ああ、ネフは皇太子だからね。もともとおれの様子を見に来ただけだろうし、用事が済めば帰るでしょ」

「婚礼の際にもいらせられるでしょうが……寂しくないのですか?」

「寂しくないって言ったら嘘になるけど……ネフには黙って国を出たから、想像以上に怒られなくてホッとしているというか……むしろおとなしく帰ったことに恐怖を覚えるというか」


 皇子としては第三、つまり継承権第三位、しかし末子として生まれたクロは、兄姉たちによく可愛がられて育ったという。甘やかされて育ったわりには我儘でないところを見ると、長子である皇太子ネフィスにきっちりと躾けられたに違いない。刷り込みにも近い畏怖心を兄に抱いているのはいいことだ。上手く歳上に好かれる体質になったのも、ネフィスの教育の賜物だろう。

 現在クロは、歳上に絶賛可愛がられ中である。アイルアートは代表格だ。


「あなたは歳上が歳下を可愛いと思うその瞬間をよくご存知です」

「なにそれ」


 無自覚なのがなおいい、というのがクロの周りを囲む者たちの言葉だ。我儘に振る舞うこともなく、ひたすらシャナを想い、かまってもらえないことに萎れるその姿に、いったいどれだけ城の者たちが絆されているか、それはクロが知るところではない。

 お茶をいただきながら、この席の茶菓子を貢いだ人々にアイルアートは笑う。ほとんどはシャナの身の回りにいる部下たちで、ついで侍女や女官、意外なところでは上位貴族たちだ。媚を売るというより、クロの一途さに心を打たれた者たちが、遠目からクロを眺めて癒されている。今も、この庭先でのお茶の席にはアイルアートがいるだけだが、意識を向ければ至るところから視線を感じる。


「ん? なんか……なんだろ」


 虚弱体質でも武闘派なクロは、遠目からの視線にもちろん気づいている。だが、悪意や殺意といったものが感じられないので、こうして庭先でお茶をしていてもとくにいやそうな顔はしない。

 暢気に庭先でお茶ができるのも、クロが意外に人の気配に敏感だからだった。これで虚弱体質でなければ、今頃は騎士隊に混じって訓練でもし、貴族の女性たちの歓声を浴びていたことだろう。ひっそりとした視線で済んでいるのは、それでもシャナには面白くないことかもしれないが、状況的には後宮の心配をせずにいられるところだ。


「あなたが殿下一筋でよかったと思う瞬間ですね」

「なんのこと?」

「あなたに向けられる視線ですよ」

「ああ……居心地悪いけど、なんかそれって生温かいというか、ぞわっとするからで……なにもないから逆に不気味なんだよね」


 後宮の心配は不要だろうが、襲われないように見護らなければならないとは思う。近くに控えている近衛騎士を呼んで、こっそり頼んでおいた。


「どうしたの?」

「襲われては殿下が嘆きますからね」

「は?」

「国の安泰を願っているだけです」

「? それはおれも願うけど」


 天賦の才に、ゆくゆくは自覚を持たせたほうがよさそうだ。

 そう思いながらお茶を飲みきると、二杯めを頼む。ちなみにお茶を淹れてくれているのはクロだ。意外に美味しい。


「そういえばこの頃、新しい友だちができたんだけど」

「聞いています。ハーレン・リスタンでしょう?」

「そうそう。よく知ってるね」


 知っている、というか、なぜ彼がクロの友人になったのか、その経緯まで知っている身としては、苦笑せざるを得ない。


「商人でもある画家ですからね。ただ画家としての腕は、殿下に見込まれたことで有名になったのですよ」

「シャナに?」

「ええ。もともと商人としては有名でしたが、絵を描いているというのはそれほど広く知られたことではありませんからね。殿下に見込まれなければ、むしろ画家を名乗ることもなかったでしょう」

「ああ、そういえばハレ、絵を描くのはあくまでも趣味だとか言ってたな」

「はれ?」

「ん? ハレでしょ?」


 アイルアートを「アルア」とか「アルアトル」と勝手に呼ぶクロは、商人で画家ハーレン・リスタンのことも「ハレ」と勝手に愛称をつけたようだ。


「シャナがかまってくれないから、ハレに遊びに来てって言ったんだけど……今日は来てくれないかなぁ」

「遊ぶ暇があるなら勉強されてはいかがですか」

「頭痛い」

「嘘おっしゃい。今日は万全の体調のはずですよ」


 卓に項垂れたクロに恨めしそうに睨まれたが、毎朝必ずその日の体調を確認しているので間違いはない。今日のクロは久しぶりに元気だ。だから庭に出てお茶をしている。


「おれにつき合ってるアルアはなんなの」

「わたしは医師です。あなたのそばに在ることも仕事の一つですよ」

「遊ばれてるだけの気がする……」

「それもありますが」

「おもちゃにしないでくれるっ?」


 打てば響く、クロがアイルアートに言ったように、それはアイルアートも思うことだから、楽しいから仕方ない。


「はあ……ハレが来ないなら、ちょっと身体動かそうかなぁ」

「それがよいでしょうね。剣の腕は鈍ることもありますから」

「アルア、できる?」

「医師になにをさせる気ですか」

「無理か……ノエはシャナのところにいるからなぁ」


 いつもお守りをしている精霊騎士は、契約者がシャナなので、よく使われている。クロの体調がいいときはとくに使われるので、今日はそばにいない。


 身体を動かしたいというクロに、アイルアートは護衛騎士を相手に推奨した。


「彼でもいいでしょう」

「まともにやりあってくれない」

「つい先日まで病床にいたのです。当然ですよ」

「汗かきたいもん」

「また寝台と仲良くなりたいのですか?」


 漸く満身創痍ではなくなったというのに、と言えば、クロがいやそうな顔をした。起きているときはこうして飄々と振る舞っているが、それもできない状態に陥るという自覚があるのかないのか、とアイルアートはたまに思う。


「この身体ほんと不便……はあ、仕方ない」


 真剣に相手をしてもらえなくてもいいかと諦めた様子で、クロは椅子を離れる。


「シンくん、おれの相手頼むよ」

「……。サンジュンです」

「うん、シンくん。頼むよ」


 愛称をつけるのが趣味なのか、サンジュンという名の護衛騎士を「シン」と呼んで、クロは卓から少し距離を置く。


「シンと呼ばれているのですか、きみは」

「はい、なぜか」

「……。ちなみにあちらの、カラミア・リフェルは?」

「ラミアン、と」

「……。まったく基準がわからませんね」

「同感です」


 クロにつく護衛騎士は、このサンジュンとカラミアのふたりだ。どちらも勝手に愛称をつけられ、そう呼ばれているらしい。


「シンくん、なにしてんの、始めるよ。剣寄越して」

「お待ちください、クロさま」

「なに、アルア」

「剣は訓練用のものをお使いください」

「えー」

「文句は受けつけません」


 サンジュンに訓練用の刃が潰れた剣を取りに行かせ、真剣でいいよと言うクロにくどくどと怪我の説明をした。


「お顔に傷がつき、シャルナユグ殿下がどう思われるか」

「はい、訓練用の剣を使います」


 結果的にシャナの名を出すことが一番の効力を持っていた。


 サンジュンが訓練用の剣を持ってきたあとは、アイルアートはのんびりクロとサンジュンの試合を眺める。

 クロの相手は辞退したアイルアートだが、べつに握れないわけではない。それなりに扱える。だからこそクロの相手は無理だ。

 クロの剣術は、おそらく我流もあって、先が読めない。流れるように剣を使い、たまに舞っているようにすら見える。サンジュンのような騎士が相手でなければ、クロの剣は受けられないだろう。


「本当に、その体質が勿体ないですね……」


 あれだけの腕前なら、騎士団を確実に統率できる。上に立ち、国防の増強に力を得られたはずだ。しかも近衛騎士たるサンジュンに指導までできるのだから、大したものである。これは惜しまれる才能だ。いっそ今のまま騎士団を預けてみても、クロなら上手くやれるのではないかと思う。


「……。殿下に進言してみましょうかね」


 体調次第では任せられる部分もある。補佐を多くつければどうにかなるかもしれない。

 クロの今後を改めて考えながら、アイルアートはクロの剣技を眺めた。


「アルア、おれに体力ちょうだい」


 力尽きてクロが卓に戻ってきたのは、それからすぐのことだった。相変わらず体力が乏しい。


「適度に運動しておくことですね」

「それだけ?」

「日々の積み重ね以外になにか方法があるのですか?」

「う……そうですね」


 先ほどまではクロにお茶を淹れてもらっていたので、今度はアイルアートが、運動後にはちょうどいい具合の薬草茶をぬるめに淹れ、さらに砂糖を少し混ぜてクロに差し出した。薬草の匂いに一瞬いやそうな顔をしたクロだったが、おそるおそる口に運んで一口含むと、あとは咽喉を鳴らして飲み干していた。


「ぷはっ」

「一気飲みする類のものではないのですが」

「もう一杯」


 美味しかったらしい。不味いものは出していないので、当然だ。


「このあとはいかがなされますか?」

「ん? んー……神官長も忙しいみたいだから神殿には行けないし、かといってシャナのところに行ってもたぶんまだ邪魔だし……アルアは?」

「あなた次第ですね」

「仕事ないの?」

「わたしが仕事に追われた日には、城内が静まり返っているでしょうね」

「……。それもそうだ」

「細々としたものはここへ来る前に終わらせています」


 道楽でクロにつき合っているものの、この虚弱な皇子の体調管理を任されているのはアイルアートだ。四六時中そばにいる必要があるわけではないが、かといって連絡が来てからでは遅い場合もある。時間があるときは常にそばにいて欲しいとシャナには言われているので、このところのアイルアートの日常はクロの都合に合わせられていた。幸いにもアイルアートは医務局において地位は高く融通が利き、城下の治療院で業務する日数や時間も自分で調整できるので、クロの都合に合わせるのは簡単だ。弟子も巣立ちしたので、次を育てることがあればクロのために育てようと思っている。


「式典の衣装合わせはどうなったのですか」

「それは明日。あ、アルアつき合ってくれる?」

「時間にもよりますが、かまいませんよ」

「午前中なんだ。だいじょうぶ?」

「では仕事は午後に回しましょう」

「お茶は?」

「またわたしをお誘いくださるのですか?」

「だってアルアしかつき合ってくれない」

「まるでわたしを暇人かのように言ってくれますね」

「違うよ。シンもラミアンも席に座ってくれないし、おれまだここの人たちに慣れてないから、アルアくらいしか呼べないんだよ」


 ぶう、と可愛らしく頬を膨らませたクロは、やはり、ものすごく城の者たちの心を鷲掴みにしていることに自覚がない。この自覚を持たせる必要もあるだろうが、こればかりは自分で気づいたほうがいいだろうなと思って、アイルアートは微笑んで明日のお茶会に招かれることにした。


「ねえアルア」

「なんでしょう」

「おれが呼ばなくてもお茶に来てよ」

「あなたは大抵、殿下とお過ごしでしょう」

「じゃあ……おれから行っていい?」

「わたしに伺いを立てる必要はありませんよ」

「なら今からアルアの職場に行く。どこ?」

「……。気が早いですね」

「自由に歩き回れるけど、おれが住んでたところより広いから、勝手がわからないんだよ。今日だってほんとはアルアのところに行こうと思ったんだけど、辿りつけなくて呼んでもらったし」

「サンジュンとカラミアはあなたのための騎士ですよ」

「自力で行きたかったの! 冒険みたいでちょっと楽しかったし……」

「そうやってうっかり王陛下のところへ辿りついていたのですね」

「なんで知ってるのっ?」

「わたしの姉は王妃ですが」

「……、そうだった」


 城内でたびたび迷子のクロを見かけることがある。徐々にそんな姿も見なくなるだろうが、今はそれが城内では少し有名な光景だ。明らかに迷子になっているから城の者たちも声をかけるのだが、というよりそれを好機に思ってクロとお近づきになろうとするのだが、だいじょうぶ、と言われては手の出しようもない。そこで無理に目的地を聞き出そうとすれば、それはただクロに媚を売ろうとしているだけの者なので、さすがにクロもそれには気づいて上手く回避しているようだ。


「もう! ほら、とにかくアルアの職場に行くよ、道覚えるんだから!」

「そうですか。では、クロさまのお部屋から、医務局へ向かうとしましょう」

「おう! シン、ラミアン、行くよ!」


 まるで悪戯をしに行くような子どもだな、とアイルアートは笑う。

 成人してはいるものの、やはりクロにはシャナのような落ち着きがまだ足りない。甘やかされて育った末子だというから、子どもっぽさが抜けるのにはもう少し時間がかかるだろう。おまけに虚弱だ。本能的に、身体が弱いからこそ護ってもらうためのものが、働いていると思う。

 これは王女に可愛がられるために産まれてきた皇子だ、とアイルアートはひっそり笑い、クロに促されて道案内のためにお茶の席を離れた。







なんとなくアイルアート視点を描いてみました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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