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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
25/56

24 : 精霊のように。





 いつまでそうしている気だ、とどこからかノエの声が聞こえてきた。クロはその声に、笑って返す。


「帰りたくても帰れないんだ。どうすればいいかな」

「おまえに帰る気がないだけだ」

「おれは、シャナのところに帰りたいと思っているよ」

「本当に?」

「ひどいな、ノエ。おれは帰りたいよ。帰りたいと思うようになったんだよ」


 見ていればわかっただろう、とクロはくすくすと笑う。今も脳裏に浮かぶのはシャナのことで、シャナのこと以外は考えられない。


「なら、立て」

「立ってるよ」

「前に進め」

「進んでる」

「振り向くな」


 ノエの声は、どこから聞こえてくるのだろう。そして自分は、なぜこんなところを歩いているのだろう。

 今さらそんなことを疑問に思いながら、クロは歩き続ける。不思議なことに身体は疲れず、息が上がることもない。


「ノエ」

「なんだ」

「おれは、どうしてまた、ここにいるのかな」


 この場所には見憶えがあった。幾度か彷徨ったことの在る場所だ。けれども、どこかはわからない。一面が真っ白なのか、それとも黒いのか、それすらもわからない場所だ。ただ、自分は立って歩いているという感覚がある。そう、しいていうなら、感覚だけがこの場所にある。


「おまえは迷子になり易い」

「迷子?」

「道を作ってやる。それを辿って、帰れ」

「道……そんなものがここにあるの?」

「在る」


 そのとき、どくん、と強く心臓が鼓動した。どくどくと、断続的にその感覚がクロを襲う。

 不意に、なにかが気になった。


「あ、れ……?」


 気になるものがなにかわからない。けれども、気になる。

 クロは手を伸ばし、気になるそれを掴もうとした。だが掴むことができない。身体をもっと前に進めなければ、それには届きそうもなかった。


「進め、クロネイ・エイブン・セムコンシャス」


 ノエの声で、よりいっそう強く、心臓が脈打つ。苦しいくらいの鼓動に眩暈にも似たものを感じた。それでも、クロは気になるそれを掴むため、前に前にと足を進める。

 なにが気になっているのだろう。なにが、こんなにも気を惹かせるのだろう。自分はシャナのことしか考えられないのに、もしかするとそれはシャナなのだろうか。


 シャナが、呼んでいるのだろうか。


「しゃ、な……?」


 シャナを呼んだ声は、なぜか掠れた。さっきまでノエとふつうに会話していたのに、いきなり声が出なくなってクロは戸惑った。けれども、そんな動揺も気を惹かせるものを前にしてはどうでもいいと思う。


「しゃる、なゆぐ……」


 呼ばれているのかもしれない。シャナに、ここにおいでと、誘われているのかもしれない。だから気になるのだ。


「そうだ。そのまま進め」


 ノエが促してくる。

 クロはとにかく身体を前に前にと運び、そうしてふと、その姿を見つける。


「しゃな……っ」


 やっぱり、気になったのはシャナだ。

 シャナがそこにいるから、気になったのだ。











 シャナはその報告を執務室で聞き、瞠目した。


「クロ、が……いなくなった?」

「はい。アイルアート医師が怪我の具合を診に窺ったところ、その身はどこにもなく……寝台はまだ温かかったそうですので、すぐにお探ししたのですが、近くでは見つけられず、現在も捜索中です」


 なんてことだと、シャナは持っていた書類を卓に叩きつける。


「もっと人を増やしなさい! クロは大怪我を負っているのよ」

「殿下の騎士隊が捜索に加わっております」

「誘拐の可能性は?」

「形跡はございませんでした。ご自身で部屋から出られたものかと、アイルアート医師はおっしゃっております」

「そんな……昏睡状態にあったのに、すぐ動けるわけが」


 誘拐されたとしか思えないクロの失踪に、シャナはわれを失う勢いで動揺する。こんな姿は誰にも見せられない、などと冷静に思っている部分もありながら、報告してきたエリオンに自分も探しに行くことを告げた。


「本当に、誘拐の可能性はないのね?」

「部屋は密室に近く、また不審者の目撃もありません。意識のないクロネイ殿下を部屋から連れ出すのは、警備の状況から見ても難しいかと」

「そう……わかったわ。クロの行動範囲はくまなく捜索なさい。わたしも近くを探すわ。それから……ネフィス殿下」


 シャナの執務室には、客人として改めて招かれたクロの兄ネフィスがいる。シャナの仕事ぶりを眺めるついでに、さまざまな意見を出し、また相談していたのだ。


「お心当たりがありそうなお顔をしていらっしゃいますね」


 ネフィスは笑っていた。くすくすと、まるで弟の遊びに呆れているような笑い方だ。


「心当たりと言うか、まあ、なんというか……もはや本能なのかと、思ってね」

「本能?」

「あれは、実は天恵にも似たような感覚を持っていてね」

「……クロが?」

「唐突に動き出すことがある。それは突き動かされているとしか思えない行動でね。おそらく、まともな思考が働いていないのだろう」

「? どういう意味ですか」


 冷静なネフィスは、どうやらクロの失踪に心当たりがある。


「クロを呼んでみなさい」

「はい?」

「廊下に出て、クロを呼んでみなさい。そうすればわかる」


 さっぱり意味がわからなかった。だが、ネフィスは断定的に言ってくる。クロを呼んでみろと、そうすればわかると言うのだから、ネフィスには経験があるのだろう。


 シャナはとりあえず、言われたとおりに部屋を出て、廊下を見渡した。


「クロ……?」


 どこにいるの、と囁くように、廊下の隅から隅まで、確認するように視線を動かす。

 クロの姿はどこにもない。

 だが、なにか感じる。


「……近くにいるの?」


 広く細かく、視線を流してクロの姿を探す。

 執務室からネフィスが出てきて、同じように周りを見渡した。


「いるねぇ……」

「本当に?」

「あれはノルイエという精霊に好かれているからね。ああ、天恵にも等しいものを持っているというより、存在そのものが精霊に近いのかもしれないな」

「精霊……クロが、精霊」

「あれは精霊に生かされていると言っても過言はないからね」


 確かに、と思う。

 クロはノエの力で生きている。ノエに見捨てられたら生きられない。人間としての生命力が薄いと言えるだろう。それなら、精霊に近くなっていても不思議ではない。


「クロ、どこにいるの?」


 もしクロが精霊なのだとしたら、ノエがそうであるように、するりと姿を見せることができるだろう。気配なく歩くのだって、剣の嗜みがあるからというよりも、精霊のように生きているからできることだろう。

 呼びかければ、探すまでもなくクロのほうから、現われるかもしれない。


「クロ……わたしはここよ」


 目覚めたのなら、ここに来なさい。

 わたしのところに、帰ってきなさい。


 強く祈りながら、命じながら、クロを待った。


 そのとき。


「しゃ、な……?」


 背後から、声がした。


「しゃる、なゆぐ……」


 その声に振り向く。

 必死な顔をしたクロがすぐ後ろにいた。


「しゃな……っ」


 いきなり現われたクロに、驚くとかそういうことの前に、シャナは涙を浮かべた。


 クロが目覚めたのだ。

 クロが帰ってきたのだ。


「クロ!」


 両腕を広げ、倒れ込むように収まったクロの身体を、強く抱きしめた。







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