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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
20/56

19 : 現実を否定した。5





 シャナが監守台に到達したとき、下のほうでは睨み合いが続いていたが、クロが現われるとやはりとたんに矢が投擲された。いきなりのことにひやりとしたが、クロは相変わらず難なく矢を剣で弾いてしまう。数回それが繰り返されると、竜旗を掲げたデイランの兵が一斉に動き出した。

 ここから籠城戦へ持ち込まなければならない。或いは、ノエの到着まで城門を死守しなければならない。

 予め講じていた策に従って、セムコンシャス側も動き出した。ただし、折角の策を練り直さなければならない事態は、やはり発生する。


「! クロ、下がりなさい!」


 ひとり飛び出していったクロだ。勝手に北方将軍と西方将軍を動かしたくらいなので、もはやクロの頭には戦略などない。シャナが声を張り上げて制止するも、その声はまったく届かなかった。


「クロの援護をするよう伝えなさい!」


 こうなってはクロを中心とした戦略を練らなければならない。もちろん、クロが勝手に動く可能性は考えていたので、まったく策がないわけではない。だが、それはクロを切り札として考えていた策だ。初手からそれを出さなければならないなど、やはり一時間という制限を設けたのは失敗だ。早くもシャナは焦ってしまう。


 しかし。


 ひとり、飛び出していったクロは、シャナの目にもわかるほど、優れた力量を持っていた。


「……殿下、これは」

「ええ……クロは強いわ」


 矢は常にクロを狙い、兵もクロに狙いを定めて攻撃している。たくさんの殺意が向けられたクロは、だが一つずつ確実に、最小限の動きだけでそれらを切り崩していく。


「怪我はまだ完治されておられないのでは?」

「出る前に鎮痛剤を服用したわ。それが効いているとは思うけれど……フィル、クロは長くもたないわ。できるだけ早くデイランを攪乱するよう伝えて」

「御意」


 視線はクロから外さず、シャナは報告を聞いては指示を出し、指示を出しては報告を聞く。

 あっというまに、城門前は戦火に包まれていった。だがクロの働きは、早くもセムコンシャス側を優位にさせていき、デイランの兵力を削っていく。道端で拾った矢をデイラン側の射手に投擲し、ひとりずつ戦闘不能にさせてしまうと、戦況はさらに変わった。


「殿下、竜旗が!」


 最終的には籠城戦へと持ち込むはずであったのだが、その必要がなくなった。まさかこの展開が広げられるとは、さすがのシャナも予想外なことだ。武力で勝るなど、微妙なところだったのだ。

 それがどうだろう。

 クロひとりの働きでセムコンシャス側の士気が高められ、逆にデイランの士気が下がった効果だろうか。


「竜旗が引いていく……」


 意地でも喰いついてくるかと思われたのが、意外にもあっさりと、デイランの竜旗が後退していく。同じだけクロは距離を詰めていたが、約束の一時間が近いせいか、引き始めたデイランを追いかけるような真似はしなかった。

 そして驚いたことに、クロは戦場の中にあって、誰ひとり殺していなかった。クロの周りに倒れた兵は皆、腕や足を斬られ動きを封じられているだけだ。もちろん彼らの武器は、クロによって悉く破壊されている。


「クロ! 時間よ!」


 クロの歩みが完全に止まったところで、シャナは大声でクロを呼ぶ。


 たった一時間だ。

 一時間、クロに時間を与えただけだ。


「殿下……われわれは、勝利したと、そう思ってよろしいのでしょうか」


 正直、シャナはこの状況を疑っていた。クロに僅かな時間を与えただけなのに、その時間内で、決着がつこうとしている。

 果たしてこれは、本当にクロの力量によるものだろうか。いや、確かにクロの力は大きく貢献している。


「……だめよ。油断しないで。クロを早く城内に連れてきなさい」

「御意」


 このままデイランが引き下がるようなら、それでいい。そうであって欲しい。


「その判断は正しいね。後ろの兵力を考えるなら、クロは戻して休ませたほうがいい」


 ふと唐突に、そんな声が背後から聞こえて。

 驚いて振り向くと、そこには銀髪の青年がひとり、軽く武装した姿で立っていた。


「まあ、もはやクロネイの出番は、ないだろうがな」


 さらにもう一つ、横から声が聞こえた。こちらにも軽く武装した金髪の青年が、戦場を眺めながら立っている。


「あなた方は……」


 シャナは瞠目した。どちらの青年にも見憶えはないが、彼らが身にまとうものには、憶えがある。


「突然の出現で驚かせたね。わたしはネフィス・エバン・ティファ・トワイライ。トワイライ帝国で、皇太子などという職についている、しかし紛れもないクロの兄だ」


 にこりと笑ったのは、クロと同じ銀髪に夕焼け色の双眸を宿した、シャナの真正面に立つ青年。


「そしてそこの彼は、わが国の客人だが暇そうなので連れてきた。まあ気にしないでくれ。今はただの暇人だからね」


 シャナの側面に立つ、金髪に碧眼の青年は、表情もなくただちらりとシャナを見やっただけで、笑いもしない。


「初めましてだね、シャルナユグ王女殿下?」


 改めて声をかけられると、ハッと慌ててシャナは礼を取った。クロの兄上さま、しかもトワイライの皇太子だ。


「し……っ、失礼いたしました、皇太子殿下。まさかこのような場所でお逢いすることになるとは」

「いやちょっと気になってね? クロが一目惚れしたと聞いて面白そうで、ついつい出しゃばって……ああ、わたしのことはネフィスと呼んでくれ。そんなに畏まらなくていい。今は状況が状況だからね」

「申し訳ありません」

「謝らなくていい。こちらこそ、遅れてしまってすまないね」


 いいから頭を上げろ、と促してくるトワイライ帝国皇太子ネフィスに、シャナは躊躇いながらも姿勢を戻した。


「遅くなったが、助力にきた」


 そうネフィスが言って。


「まあクロがほとんど潰したみたいだから、あとは後ろの兵をわたしらが片づけるだけになったがね。間に合ってよかったよ」


 それは、本当の意味で、セムコンシャスが勝利したことになる言葉だった。


「トワイライに向けての開戦宣言だったのに……迷惑をかけてしまったね」

「いいえ、そのようなことはありません。確かにデイランの狙いはクロ……クロネイ皇子でした。ですが、それは口実でもあったと思います。セムコンシャスは、デイランと微妙な関係にありましたから」

「そうだね……けれど、ノルイエから聞いたところによれば、クロが最初に挑発したそうだね? 愚弟がすまない。ちょっときつめに言っておこう。なに、あれはそう簡単に死にやしないから」


 ははは、と軽い調子で笑ったネフィスは、羽織っていた外套を大きく捌き、シャナの隣に並んで鎮まりつつある戦場を見下ろした。


「サリヴァン、きみはこの状況をどう見るかね」


 と、ネフィスが声をかけたのは、同じく戦場を見下ろしている金髪の青年だ。


「おれを当てにするな。いきなり連れてきておいて、状況もなにも、さっぱり意味がわからない」

「見たままを述べてくれてけっこうだよ」

「……なら言わせてもらうが、なぜ戦争など起こした」


 碧い双眸が、ぎらりと底光りし、ネフィスだけでなくシャナをも睨む。


「王女に問う。貴殿はなにを考えて戦争を起こした」


 問いはネフィスから、シャナへとかけられる。


「……仕掛けられたのでは、こちらは応対するほか」

「ないか? 戦争を回避するすべは、いくらでも考えられたはずだが?」


 いったいこの彼はなに者だろう。ネフィスが「暇そうだから連れてきた客人」と言っていたが、皇太子であるネフィスの客人なら、当然、貴族であることには間違いない。それも、王女たるシャナに、そしてネフィスにずけずけとものを言うくらいの、そうとうな権力がある。いや、権力でなくとも、その力が及ぶ地位にあるだろう。


 シャナは慎重に言葉を選びつつ、拳を握る。


「先に、挑発まがいな脅しをしたのは、わが夫クロネイであることは認めます。ですがそれ以前に、夫は言われなき暴力を振るわれていました。わたしは王女として、妻として、それを見過ごすことなどできなかった……っ」


 情に、訴えるわけではないが。

 開戦宣言をされたからといって、その鐘が自国で鳴らされたからといって、シャナがそれを受ける選択をしたのは確かだ。迎え撃つと、それは国の自衛のためだったが、その根底にはクロがいたのも確かだ。

 シャナは許してなどいない。クロが、デイラン国の王子カルトにふるわれた暴力を、その侮蔑を、許せるわけなどないのだ。


「あの国は、クロを殴ったのよ……っ」


 その傷は今も癒えていない。


「わたしの大切な人を…っ…わたしのクロを、あの国は殺そうとしていたのよ!」


 奪わせやしない。失うのはいやだ。だからノエと契約し、苦しみから解放されない選択をさせた。

 後悔はない。


「わたしからクロを奪わないで!」


 身から迸る想いを叫んだ、そのときだった。


「シャナぁ!」


 クロの大きな声を聞いて、耳慣れない音がシャナの肩を貫いた。


「え……?」


 痛いというより、熱いという感覚が、肩を襲う。立っていられなくて、身体が傾いだ。


「銃声だとっ? どこからだ!」

「聖国の武器がなぜここにある! どういうことだ、サリヴァン!」

「おれが知るか! くそ…っ…ラク! ラク、狙撃手を生け捕りにしろ!」


 ネフィスと金髪の青年の怒声が、頭上で繰り広げられる。シャナの倒れた身体を、ネフィスが咄嗟に抱きとめてくれていた。


「シャルナユグ王女、だいじょうぶ、銃弾は肩を掠めただけだ。命には関わらない。だいじょうぶ」

「い……ったい、なに、が……?」

「あなたは撃たれた。けれどご安心を。その武器の発明国の国主が、ここにいるからね」


 ネフィスはそう言うと、すぐに衛生兵を呼び、医師の手配をする。

 シャナは肩口のひどい熱に顔をしかめながら、撃たれたという言葉の意味を考えるも、しかしさっぱりわからない。

 撃たれたとは、わたしのことだろうか。

 だいじょうぶとは、この肩の熱のことだろうか。

 発明国の国主、それは金髪碧眼の青年のことだろうか。


 まとまらない考えを熱に耐えながら整理しようとしていると、ふとその視界が陰った。


「シャナ!」

「……クロ」


 シャナが考えごとをしている間に、場所が少し移動されていた。シャナは真っ白な敷物の上に寝かせられ、医師によって熱い肩の治療がなされている。そのシャナに覆い被さるようにして、涙目のクロがいた。ぽとり、とクロの涙が頬に落ちてくる。


「シャナ、シャナ……っ」

「クロ……?」


 泣いている。クロが、涙を流して泣いている。いつかも見た。それはシャナが泣かせたからだ。また泣いている。

 クロを泣かせるのは、いつもシャナだ。


「い、痛くない、だいじょうぶ、おれが、おれが治してあげる、だいじょうぶだから」

「……クロ、だいじょうぶよ」


 痛いというよりも熱い肩は、もうその感覚も遠い。意識もしっかりとしているから、問題はない。ただ、なぜ自分が治療されるほどの怪我をしているのか、シャナにはまったくわからなかった。







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