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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
2/56

01 : らしくない。





 その日、セムコンシャス王家の者たちは浮足立っていた。理由は明快だ。これまで女傑と謳われ、婚約者も、その候補も受け入れず、頑なにひとりを貫いていた王女が、このたび漸く婚約者を迎えるからである。それも大国の皇子、噂などがまったく耳に入ってこない妙な皇子ではあるが、それでも大国の皇子が王女の婚約者になるのだ。

 王や王妃を始めとした城内の人々は、抑えられない喜びに皆が満面の笑顔だった。


 ところが、である。


「到着が遅れるとの知らせが入りました」


 と、宰相は王に伝えた。

 今か今かと待ちわびていた王や王妃は肩を落としたが、それでもすでに国は出立したとの話を聞き、ほっと安堵した。この縁談をなかったことに、と言われないかと心配だったのだ。それが杞憂に終わり、ただ到着が遅れるというだけのことだ。


 しかし。


「まだ、なのか」


 予定では四日の行程が、一週間経っても到着しない。いくらなんでもこれは遅れ過ぎではないだろうか。

 王や王妃は、どうしたものかと思案した。道に迷っているのか、それともなんらかの事故に遭っているのかと、なんの連絡もないが迎えの隊を国境まで派遣した。


「な、いないっ?」

「通過した形跡すらありませんでした」


 予想外なことに、皇子の行方はわからなくなってしまった。

 この事態はさすがに王女の耳にも入ることになる。


「べつにいいわよ。どこで道草くってようが、事故で死んでようが、わたしには関係ないわ」

「王女殿下、それは……っ」


 残念なことに、王女は仕方なく大国との縁談を受け入れたがために、乗り気でもなければ成功させる気もなかった。大国の皇子を気にしている暇があるなら、政務に勤しむ人である。そもそも縁談を、国の体面的なものと捉えていた。


「殿下、この縁談は、とてもとても、大切なものなのです」

「国にとっては、そうでしょうね。けれど、わたし自身には最悪でしかないのよ」

「そうおっしゃらず、どうか、どうか」


 王女を宥めるのも一苦労、しかしセムコンシャス王家には王女しか後継者がおらず、その苦労をひたすら甘受するしかない。臣下の胃は、もはや幾度も穴が空いている。


「だいたい、こんなおばさんに婿入りするなんて、おかしいのよ。わたし、今年でいくつになると思っているの? 帝国に踊らされたのよ、陛下は」

「そんなことおっしゃらないでください、殿下!」


 縁談を蹴りまくっていた王女は、適齢期を幾分か過ぎてはいるものの、魅力がたくさんあった。本人は「おばさん」だと言い、着用する礼装も地味なものばかりで、装飾にも手を出さないが、この歳になっても国の貴族からは直接口説かれるほどの魅力がある。実は大国からの縁談の申し入れは、これが初めてではなかったりするのだ。片っぱしから王女が縁談を蹴りまくっていただけで、その中にはさまざまな国からの申し入れはあったのである。

 漸くまとまったかと思った縁談に、臣下を始めとした王や王妃は、大きく肩を落とした。

 皇子はいったい、どこに消えてしまったのか。


 そんな、皆がもうどうしたらいいかわからないと、そう失望しかけていたある日のことだった。


「すみません」


 と、王城の門番に声をかけた若い騎士がいた。


「はい?」


 返事をした門番は、いったいどこに属している騎士だろうと首を傾げながら、まじまじと騎士を見やった。どうやら二人連れのようで、騎士の後ろにはひょろりとした青年が、ぼんやりと明後日の方向を眺めていた。


「トワイライ帝国近衛騎士、二の隊副長、ノルイエ・ファン・ラッシュと言います」

「は……トワイライ帝国?」


 それは、迎え入れる予定の大国の皇子の、国名であった。騎士は、その国の近衛騎士だと名乗ったのである。ノルイエという騎士は、それからすぐ後ろの青年を引っ張り、門番の前に立たせた。


「こいつ、クロネイ・エイブン・ロンファ・トワイライと言って、トワイライ帝国の皇子なんですけど」

「……、皇子?」

「ええ、そう見えませんけどね」

「……皇子?」

「婿入りする予定なんですけど、当初の予定からだいぶ到着が遅れてしまいましてね」


 ははは、と笑う騎士に、門番はたびたび耳を疑う。


「……皇子?」


 三度めにそう訊いたとき、へらりと、青年が笑った。


「どうも、クロネイです」


 それは確かに、大国から迎え入れる予定の、皇子の名であった。







 トワイライ帝国の皇子、クロネイが、従者もつけず騎士とふたりだけでセムコンシャス王国の城に到着した話は、あっというまに城内に広まった。もちろん、王女の耳にも早々に届いた。


「騎士と、ふたりだけ?」

「ええ、そのようです」

「車は?」

「ありません」

「荷物は?」

「多少の持ち物はあるようですが」

「単品?」

「殿下、それは失礼かと」


 そのとき王女は、瞬間的に「変な皇子が来たかもしれない」と、その面白さに興味惹かれた。ゆえに、思わず声を上げて笑っていた。


「な、なにその皇子」

「殿下……っ?」

「迷子になっていたわけでも、事故に遭っていたわけでもなかったのね。これだけ遅れて、いったいなにをしていたのかしら」


 久しぶりに、腹の底から笑った。どうでもいいと思っていたことだが、人間的に皇子には興味が湧いた。


「ジーン、わたしを案内してちょうだい。ちょっと逢ってみたいわ」

「今は王陛下と謁見しておられるようですが」

「かまわないわ。陛下も、わたしと同じように腹の底から笑っているでしょうね」


 笑った衝動で溢れた涙を拭いながら、王女は侍女に案内させ、漸く到着したという皇子がいる場所へと向かう。廊下を進むたび、仕官たちが王女を振り向きはしたものの、その双眸は喜びや安堵、それに混じった不安などが含まれていて、しかし王女を不快にさせるほどの力はなかった。


 王と皇子が謁見しているという広間の扉を前にして、王女は衛兵ににこりと笑いかけ、それから堂々と入室する。王女の予想に反して、謁見の間は静まり返っていた。というよりも、場違いな姿に、誰もが言葉を失っていた。


「こんにちは、はじめまして」


 王女がそう声をかけて、初めて皆が王女の登場にハッとした。もちろん王女は皇子に声をかけたので、皇子も振り向いた。その姿は、あまりにも皇子らしくはなかったけれども。


「こんにちは、はじめまして。おれはクロネイっていうんですけど、あなたがおれのお嫁さんかな?」


 ぬけぬけと王女を「嫁」宣言した皇子は、にこにこと笑っている。周りに花を咲かせている幻覚を見せるような笑みだ。思わず目をこすりそうになってしまう。


「シャルナユグ・ホロン・セムコンシャスよ。そうね、あなたがわたしのお婿さんかしら?」


 花の幻覚に惑わされそうになりながらも、どうにかそこは王族としての矜持で乗り切り、王女は微笑む。雰囲気に気圧されるなんて、初めての経験だった。


「シャル姫? シャナ姫? それともシャグ姫?」

「……、はい?」

「あ、ルナ姫かな? どう呼んだらいいです?」


 呼び名のことか、と突拍子もない問いに目が丸くなる。意表をよくついてくる皇子だ。


「お好きに、呼んでくださいませ?」

「では……シャナ姫、と。おれのことはクロネと呼んでください、シャナ姫」

「……姫という歳でもありませんし、けっこうです」

「そうですか? では、シャナ」


 にこ、と皇子は笑みを深めた。また周りに幻覚であろう花を咲かせている。


 と、そこに。


「あんたはクロで充分だ」


 べし、と容赦ない平手で、皇子の後頭部を叩いた者がいた。皇子が唯一連れてきたという騎士だ。皇族に対し無礼な振る舞いではあったが、皇子の笑みは苦笑に変わっただけで、親しそうな雰囲気がある。


「痛いな……ああ、シャナ、こちらはノエです。ノルイエ・ファン・ラッシュ。祖国で近衛騎士隊に所属していて、おれの婿入りについてきてくれた騎士です」

「お初にお目にかかります、シャルナユグ王女殿下。どうぞ、ノエとお呼びください」


 王女に対しては律儀な態度を取るらしいノルイエ、ノエという騎士に、王女も顔を引き攣らせながらも笑みを向ける。

 なんというか、なんだろうこのふたり、と思う。この場の空気を、いったいどう読んでいるのだろう。そもそも騎士であるノエはともかく、皇子はまったく皇子らしくない格好だ。ノエのほうが、皇子だ、と言われて頷けてしまえる。皇子は皇族らしい派手な衣装ではなく、まったく地味な、街の青年だ。花を咲かせるような笑みがなければ、皇族だと言われても信じられない。

 ここに来るまでに、いったいなにがあったのだろう。

 それを訊く前に、まずはゆっくり休まれよ、という王の一言が間に入って訊けなかったが、確かにゆっくり休ませる必要がありそうだったので、その場は挨拶を交わすくらいにして王女は広間を辞した。







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