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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
17/56

16 : 現実を否定した。2





 王の許へ行く前に、とシャナはクロから血印をもらい、先に運んでもらった。なにをするのかと訊いてきたクロには、式典に必要だからと、無難に答えておく。実際に、婚姻が交わされるとき、血の印が必要になるからだ。それを先に済ませておくだけのことなので、これという問題はない。

 ふたり揃って王の御前に立ったときには、父王は事情を聞き終えて王家の系譜にクロの名を記していた。これでクロは、クロネイ・エイブン・セムコンシャスと正式に名乗ることになる。ノエの条件を一つ、達成させたというところだ。


「もはや城下は、デイラン国の兵に囲まれているだろうな」

「油断しておりましたこと、お許しください。この責任は必ず」

「いや、わたしも油断していた。おまえにばかりある責任ではない。まさかこうくるとは……トワイライへの書状は速やかに届けさせたが、間に合いそうか?」

「ノルイエに届けさせましたので、ぎりぎりになるとは思いますが」


 トワイライへの要請は、ノエにかかっている。馬では間に合わないだろうからと、精霊たるノエが動いたのだから、確実に間に合うだろう。だが、それでも時間はたくさん欲しい。デイラン国の王子カルトが城門を抜けるのは、遅かろうが速かろうが確かなことなのだ。


「よもや戦にしようとは、誰も考えなかっただろう。デイランも地に落ちたな」

「今代の王は賢王であると、聞くのですが……世継ぎには恵まれなかったのでしょうね」

「その点、わが国は恵まれている。よき後継者が揃ったからな」


 緊張した空気の中、父王は陽気に笑ってみせる。それが王の余裕であり、戦が起ころうとも無血勝利を確実にしている者の強さだ。


「王陛下、一つ、よろしいでしょうか」

「なんだ、皇子?」

「おれ……いえ、ぼくのことはクロネイと」

「ああ、そうだったな。きみはもうわたしの義息子だ。クロネイと、呼ばせてもらおう。して、なんだ、クロネイ?」

「ありがとうございます」


 シャナに並んで立っていたクロが、父王の許しを得て一歩前に進み出る。


「デイラン国の王子カルトの狙いは、おそらくぼくでしょう」

「ほう?」

「もし城内で抜刀する事態となったら、大事です。今は迷わずぼくを、向こうへ差し出してください」


 なにを言うのかと思いきや、ノエが言っていたようなことに追加するようにクロがとんでもないことを口にする。


「これはわが国の問題で、あなたひとりの問題ではないのよ、クロ」

「ああごめん、言い方が悪かったか。いや、おれに行かせて欲しいってことだよ、シャナ」

「同じことよ」


 これはセムコンシャス王国の問題で、たとえクロがカルトの狙いであっても、その趣旨は変わらない。


「クロネイよ、シャルナユグの言う通りだ。きみは……いや、おまえはもはやわが国の王族、シャルナユグの婿だ。おまえひとりに、デイランを押しつける真似はしない」

「ですが王、ぼくならば油断を誘えます。それに、カルト王子がセムコンシャスに攻めてきたのには、ぼくに責任があります。ぼくは祖国を盾に、カルト王子を脅迫し、挑発したのですから」

「己が分を弁えぬ若造のしたこと。おまえがしたことは、わが国を護る一手。大きな違いだ」


 責任を感じる必要はないと、父王は言う。しかしクロの顔色がそれで晴れるわけもない。


「ぼくの虚弱さを知ってなおそうおっしゃっていただけることに、感謝いたします。ですが、だからこそ、ぼくにできることを、させてください」

「クロネイ……意外に頑固だな」

「自国を護りたいと思うのは、セムコンシャスの民なら、当然のことではありませんか?」


 父王の御前で揺るぎなく心を貫くクロに、さすがの父王も苦笑した。


「よき婿を得られたものだ……では、クロネイよ。無理はせず、己れができることを、わが国のためにしてくれ」

「御意。ありがとうございます、王陛下」


 本来なら、大国トワイライ帝国の末皇子たるクロのほうが、父王よりも身分は上だ。それはクロが婿に迎えられたあとも変わらない。主上国であるトワイライに、セムコンシャスは敵わない立場にある。

 しかしクロのその態度は、トワイライの皇子ではなく、セムコンシャスの王子だ。

 いったいどうしたら、こんなにも、セムコンシャスを想えるのだろう。いくらシャナが好きでも、ふつうなら国まで護ろうとは思わないはずだ。けれどもそこには、クロ自身が言った「帰るところなんてない」という、危うさがある。

 クロは自らの意思で、前へと、進もうとしているのかもしれない。

 シャナの隣に、自分の居場所を見つけたのかもしれない。

 生きようとしているのだろう。

 誰かにその命を護ってもらうのではなく、シャナの隣で。

 それならシャナも、自分のために、クロを護ろう。


「わたしも剣を取るわ」

「シャナ?」

「あなたはひとりではないの。わたしが、いるのよ」


 初めは政治的な絡みのある縁談だった。シャナにその気はなかった。けれども、そのシャナを変えたのは、地に足をつけたクロだ。シャナに、長く生きられないことを黙っていた、クロだ。


「あなたがわたしの隣に立つのなら、わたしもあなたの隣に立つだけよ」


 絡めた腕は解かれていない。シャナは強くクロの腕を抱くと、少しだけ吃驚しているクロに微笑んだ。


「あなたはわたしの夫よ、クロ」


 口にしたとたん、錯覚だろうが、クロの周りにたくさんの花が咲いた。それに追いつくように、クロは頬を朱に染め、照れくさそうに頷いた。

 場違いな、と笑ったのは、その笑いすらも場違いだろうに、父王だった。


「これから戦が起こるやもしれんというのに……暢気な夫婦だ」


 開戦の鐘がいつ鳴らされてもおかしくないこの状況で、確かに暢気なことだったかもしれない。けれども、シャナには必要があった言葉で、クロにも必要な言葉だった。

 喧嘩はこれまでだ。いや、クロはシャナがノエと契約したことを、いつまでも根に持つかもしれない。だが、シャナはやはり後悔がない。自分にはクロが必要だと、強く感じる。だからノエとの契約は間違いではなかった。


「しゃ、シャナ……あの」

「なに?」

「く、口づけ! し、しても、いい?」


 そういう宣言をしてしまうところが歳下だなと思う。


「いくらでもどうぞ?」


 笑いながら、組んでいないほうの腕を持ち上げ、手の甲をクロの前に差し出す。さすがにこの場ではこれくらいが当然だろうと思ったのだが、しかしそれはシャナだけの考えだったらしい。


「シャナ!」


 熱烈な口づけを、唇に受けてしまった。それはあまりにも素早くて、驚く暇もなかった。


「やっぱりおれ、だめだ……シャナが好きで、喧嘩なんてしていられない」


 潤んだ瞳でそう言われては、怒ることもできない。父王の目の前でのことだったのに、クロに対しての気恥かしさのほうが際立つ。


「場所を考えなさい……っ」


 シャナに言えたのは、せいぜいそれだけだった。


 そして、そんな甘いような苦いような空気が、緊張の中に合った場を大きく包み込もうとして。


「王陛下! デイラン国です!」


 先触れもなく乱暴に開かられた扉からの声に、再び一気に、場は緊張する。


「来たか……デイランも無茶なことをする」

「……王陛下」

「ああ」


 父王は頷き、深呼吸ののち前を見据えた。


「迎え入れよ。指揮にはシャルナユグ、そしてクロネイが立つ。己が役割を果たせ」

「御意」


 セムコンシャス国王の号令は、速やかに伝達された。







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