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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
16/56

15 : 現実を否定した。1





 病み上がりでよかった、と言った。

 目先のものに急いで走ることができるから、と。


 その瞬間、シャナは現実を否定した。





「また、デイラン国なのね」

「はい、トワイライ帝国に宣戦布告を」

「その判断は、王になろうとしている自信過剰な王子かしら?」

「ほかにおりませんでしょう」

「最悪ね」


 一度は落ち着いたと思ったのに、とシャナは抑えきれなかったため息をこぼす。幸せが逃げる、という言葉は、今日は誰からもなかった。皆がため息をつきたい気分だったからだ。


「トワイライに勝てると、本気で思っているのかしら」

「自信過剰でありますれば」

「交渉材料はなに? ちなみにうちは、トワイライ側よ。同じように、各国もトワイライの側につくでしょうね。誰もデイランには味方しないわ」

「なにか企んでいるようではありましたが……さっぱりわかりません。なにがあそこまで自信過剰にさせているのでしょうね」

「知りたくもないわ」


 大げさなほど肩を竦めたあと、シャナは座卓に向かい、白紙にさらさらと文字を連ねる。印を押して封をすると、フィルに手渡した。


「これを王陛下に。了承を得たら、早急にトワイライの皇帝へ。急いで」

「御意。至急、馬を走らせます」

「お願いね」


 フィルを走らせたあと、さてどうしたものかと、シャナは座椅子に埋もれて考える。

 デイラン国とはずっと微妙な関係が続いている。それは統治者が変わらない限り、永続的に続くだろうと思われた。関係が悪化し、開戦になるかと思われたこともあったが、それはクロが身を呈して出した脅しによって回避されている。デイラン国も、唯一の資源であり独占的である銀山を、みすみす手放したくなかったのだ。だが、それも終わりだ。なにを思ったのか、敵に回してはならない大国を相手に、宣戦布告した。デイランもお終いだ。銀山は、大国トワイライの手に委ねられることだろう。それがデイランの国に産まれた者にとって、救いとなるかどうかはわからない。だが確実に、人々の生活は改善されるだろう。開戦によってたくさんの人の命が犠牲になるだろうが、それも仕方のないことだ。せめて一日も早く終わりとなるよう祈ることしかできない。


「諍いごとが多いですね、ここは」

「ノエ」

「クロとも喧嘩してなかったですかね、姫は」

「黙って。余計なお世話よ」

「考えることが多くて大変ですね」

「黙ってと言っているの」


 口を挟んできた気紛れな精霊は、珍しく騎士服を着用していない。クロが半ば臥せっているので、その世話をするのに邪魔だとかで、侍従の恰好をしているのだ。ただ、その腰には剣を帯び、なに者なのかわからない存在になっている。思わず、誰よあなた、と言いたくなるのは仕方ない。


「それで? クロの様子でも伝えにきてくれたのかしら?」

「姫の命令を聞きにきたんですよ」

「わたしの?」

「たぶん、馬だと間に合わないでしょうから」


 そうノエが言ってすぐ、フィルではない別の補佐官が、予告なく扉を開けた。


「殿下!」

「なにごと?」

「申し訳ありません、入られてしまいました!」

「……入られた?」

「デイランの王子です!」


 ぎょっとする。宣戦布告の話を聞いたばかりだ。


「どうして……ここに来るにしても、時間が……早過ぎるわ」

「どうやら、こちらに向かう途中での、宣言だったようでございます」

「道中で……なんて愚かなの。本当に最悪だわ」

「殿下、いかがなさいましょう」


 そんなの決まっている。追い出すしかない。けれども、追い出すにしても、正式な文言が必要だ。つまり国としての体裁と措置が、必要になる。宣戦布告を聞いたばかりでは、いくら準備していたとはいえ、間に合わない。入られたということは、デイラン国の王子は城下まで来ているということだ。そこまで来られてしまっては、こちらとしてはなに用あってのことかと、迎えなければならない。


「わが国がトワイライの側につくとわかっていながら危険を冒したのなら、こちらになにか、交渉材料にでもなるものがあるのでしょうね……なんだというのよ」

「まあ一つ言うなら……」

「ノエ?」

「クロでしょうね」


 意外な言葉に、シャナは首を傾げる。


「なぜ、クロなの?」

「アースの最大の弱点だからです」

「……先帝陛下の?」

「クロが言ったでしょう。おじいさまは自分に甘い、と」


 瞬間的に、頭が回転する。その早さには、自分でも驚いた。


「トワイライに宣戦布告しておきながら、攻撃する場所はセムコンシャス? 先帝が可愛がるクロがここにいるから、それを脅しに使おうと? 道中で宣戦布告したのは、開戦の鐘をセムコンシャスで鳴らすため、準備もできていないわが国はそれで滅ぼされると、そういう展開だと?」

「さすが姫、その通り」

「最悪だわ!」


 読みが甘かった。これは注意していながら自分のことに気取られたシャナの失態だ。国を護ろうとしてきたことが、結果、自身で国を追い込む事態を招いている。


「王陛下はなんと言っているのっ?」

「下まで来られては拒否もできない、と。ですが、殿下の判断に任せると仰せでした。時間稼ぎは任せろ、と」

「さすがは王陛下ね……」


 責任はシャナにあると、父王は最後までシャナに責任を取らせる判断をしたようだ。それなら、フィルに任せた書面は、トワイライ帝国へ届けられることだろう。だが、間に合わない。


「……ノエ」

「はい」

「わたしの命令が聞けるかしら」


 真っ直ぐ見据えた精霊は、それが当然のように笑んでみせた。


「今すぐトワイライへ。強力な助けが必要なの」

「助け、なんて……おれに対して言うもんじゃないですよ」

「頼めるかしら?」

「条件が一つ」

「なに?」

「今すぐ王族の系譜に、クロの名を」

「……わかったわ。行って」

「では、よろしく」


 まるで遊びに行くような気軽さで、ノエが壁をすり抜けて消えていく。これでどうにか父王の時間稼ぎが有効利用されればよいが、せいぜい明日までの限界だろう。


「エリオン、王陛下のところへ」

「はっ」

「系譜にクロの名を、と。血印はすぐに運ばせるわ。わたしとノエの、先ほどの会話もお聞かせして」

「御意」


 エリオンを走らせると、シャナはひとりになって、たびたび椅子に埋もれる。いつまでもそうしているわけにもいかず、数分で身体を起こすと、乱暴に扉を開け閉めしてクロのところへと向かった。

 喧嘩の最中ではあるが、今はそれどころではない。ただでさえクロの命は先が不明瞭だというのに、デイランという国が横やりを入れ、不安定だ。あんな国にクロを渡してたまるかと、そういう想いにかられる。


「クロ、入るわよ」


 部屋のあるじは併設した寝室にいるだろうが、控えている侍従のためにそう声をかけてクロの部屋へと入る。


 と、寝室で休んでいるはずのクロが、部屋の中央に立っていた。


「クロ……どうして」

「聞こえたから」


 にこりと、喧嘩をしたという気配すら見せない笑みで、クロは準備を整えていた。いつもの神官服ではなく、シャナが選んで用意した王族の衣装をまとっているのだ。おそろしくどうでもいいことだが、そういう恰好をさせれば皇子に見えるから不思議だ。おまけに帯剣までしている。腰に剣があるクロなど、初めて見た。


「かっこいい?」


 見惚れていたシャナに、クロが揶揄するように言う。


「……剣を扱えたのね」


 動揺しながらも言えた言葉に、自分でも呆れる。嗜みがあって当然だ。


「これが意外、おれは武闘派でね。だからノエとふたりだけで、ここまでの道のりを旅できたわけ」

「……本当に意外だわ」

「一つくらい特技があってもおかしくはない。脆弱でもね」


 なにもできないわけではないのだと、クロは言う。教えてくれたのはノエらしい。そして剣は、祖母からもらったのだという。セムコンシャスまでの道中で荷を売るということをし、手荷物らしきものをもっていなかったが、これだけは売らずにきちんと持ち歩いていたそうだ。


「隠していたの?」

「ノエが持ってたんだよ。ふだんもノエが持ってる。そのほうが、相手を油断させられるからね」


 確かに、油断させられている。神官服でいるときなどは、まったく害を感じない。おとなしく、気弱に見える。今とは真逆だ。今のクロは、一国の皇子という雰囲気がひしひしと伝わってくる。見た目でここまで変わる人も珍しい。


「さて……おれはなにをしようか?」

「……休んでいなければだめよ。あなたはまだ傷が癒えていないのだもの」

「平気だよ。こうして剣を振り回せるくらいには、回復した」

「それでも、わたしはあなたを傷つけたくないの。傷をつけさせようとする者は、わたしが排除するわ」


 だいじょうぶだから、わたしに任せて欲しい。シャナはそう言ったが、クロは首を左右に振った。


「シャナを傷つける者がいる。おれに、それを許せと? 無茶な話だ」

「クロ」

「言っただろう、シャナ。おれは、シャナの地盤になるために、ここにいる。シャナの足許は揺るがない。おれが、いるんだから」


 デイラン国が交渉材料にしようとしている、そのクロが、なんと勇ましいことか。デイラン国の王子は、この姿を見誤った。彼らが思うほど、クロは弱くない。むしろ手強いだろう。


「行こうか、シャナ」


 ふだんが皇子らしくない分、今のクロは別人のような覇気を感じる。

 デイラン国の王子に混乱を招かれたシャナだが、クロのその覇気に充てられて、徐々に頭が冷えていった。


「ええ……行きましょうか、クロ」


 本当は無理をして欲しくないけれども。

 クロをかき立てているものがシャナの存在なら、それはどれほどの喜びだろう。







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