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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
13/56

12 : 気紛れな精霊。1





 方法はないかと、考えた。

 クロを失わずに済む方法を、シャナなりに考えた。

 けれども、なかなかいい方法は思い浮かばない。

 クロを生かしているというノエの精霊の力は、もとはクロの祖母が願い、その末に契約して得たものである。だが、ノエの契約主であるクロの祖母が他界した今、かろうじて残っている契約はいつ消えるともわからないものだ。それは明日かもしれないし、数年後かもしれない。そのあたりのことは、ノエもわからないのだと言っていた。

 欲しい時間が足りない。

 それはシャナを焦らせた。


 そんな折、唐突な来訪を受けた。クロは神殿へ神学を学びに、シャナはいつものように執務室で補佐官と仕事をしていたときである。


「デイラン国の王子が?」

「はい。先ほどご到着あそばして、今こちらに向かってきております」

「今さらなんの用なのよ……夜会にも来なかったくせに」

「お止めしたのですが、おそらく時間稼ぎにしかならないかと」

「諦めて逢えと言うのね」

「申し訳ございません。わが国とデイラン国が今、微妙な関係にありますれば」

「それはわかっているわ。クロがいなくてよかったと思ったのよ」


 逢いたくもない人間に逢わなければならない。それはよくあることだが、デイラン国の王子とは、それでも逢いたくない人物の筆頭である。派手な衣装に、傲慢で高慢な態度、傅かれることを当たり前とし、人を道具か玩具のように思っている、そんな王子だ。顔も見たくないし声も聞きたくない。存在すら否定したいと、シャナは思い出すたび思っている。


「父さま……陛下はなにをしているの?」

「一緒においでになった使者どのと、謁見中にございます」

「それ、ふつうなら王子も一緒するものではなくて? むしろ王子が主役でしょう?」

「そのあたりが、まあ、デイラン国の王子……でしょう」

「はぁぁ……いやなものね、まったく。クロとは正反対だわ」

「殿下、おいやでしょうが、どうか、お気持ちを……」

「ええ。仕方ないわ」


 いやでたまらないが、デイラン国とは今、微妙な関係にある。体面的なことを考えると、王子の横暴を許容しなければならない。シャナの一挙一動に、国が左右されるときだ。


「この部屋に通すのはいやね……フィル、どこかいい場所はないかしら?」

「では控え室はいかがでしょう? 殿下が使われていた机はそこに移動させているのです。なにかのために、と」

「使うときがきたわね。さっさと移動しましょう。王子を案内している者に、そちらに誘導させなさい」

「御意」

「それから、クロが戻ってきたら、こっちに通して。王子には逢わせないように」

「承知いたしました」


 数分、或いは数十分、デイラン国の王子をやり過ごせればいい。その分だけの書類を持つと、シャナは補佐官たちと執務室を出た。

 控え室は、本当は部下たちの休憩のためにと用意していた部屋なのだが、クロが執務室に通うようになってからは使うことがなくなっていた。クロの姿に癒されるとかで、部下たちがそちらへ移動しなくなったのだ。たまに使うようではあるが、今やほぼ物置に近いらしい。

 歩いてすぐの控え室へ向かい、部下の筆頭である補佐官フィルが扉を開けようよしたときだった。


「俺の歩く道にいるんじゃないよ」


 廊下に響く声と、そして大きな物音が、シャナの耳に届く。なにごとかと顔をそちらに向けると、目に痛い派手な衣装が目に入った。


「……歩く公害ね」


 見たくもないものを見てしまった気持ち悪さに、シャナは毒づく。しかし、それ以上の言葉は続けられなかった。


「殿下、クロネイさまが……っ」


 フィルが見つけた姿をシャナも見つけ、瞠目する。大きな物音の正体は、デイラン国の王子に蹴りつけられた、神官服姿のクロだったからだ。


「クロ!」


 いやなものなど吹き飛んだ。クロの、横たわって腹部を抑えているその姿だけが、シャナをいっぱいにした。


「おお、これはこれは、セムコンシャスの姫」


 シャナに気づいた王子が、横たわるクロを踏みつけながら、大げさな身振りでシャナを迎える。

 カッとなった。国大事であるが、それどころではなかった。


「退けなさい!」

「はい?」

「その足を退けなさいと言っているのよ!」

「はて……姫はなぜそのように怒るのでしょう? この者はわたしの歩く道を邪魔したのですよ?」


 だからなんだ、と思った。クロがそんなことをするわけがないだろうと、思った。確かにふらふらとした頼りない歩き方をするが、それはノエのから与えられる力が弱くなって、長い距離を歩けなくなりつつあるせいだ。休み休み歩かなければならないほどに、クロの身体は徐々に体力を失っているのだ。


「退きなさい!」


 動こうとしないデイラン国の王子に業を煮やし、シャナは王子を押し退けると床に膝をつき、呻いているクロを抱き起こす。


「クロ…っ…クロ、だいじょうぶ?」

「ぅく……しゃ、な?」

「すぐに医師を呼ぶわ。ノエはどこ? ノエ、もうだいじょうぶよ、近くにいるなら医師を呼んでちょうだい。すぐに、お願いよ」


 姿を見せないノエは、おそらく国の体面を考えてくれたのだろう。主君を犠牲にしてまでも、シャナの国を考えてくれたに違いない。もしこれが祖国であったなら、デイラン国の王子を痛めつけるだけなく、闇に葬っていたことだろう。シャナが呼ぶとすぐ、するりと姿を見せ、医師を呼ぶために走ってくれた。


「無視とはひどい。それに、神官ごときをなぜあなたが気にかけるのです」


 場違いな不機嫌そうな声が、シャナを不愉快にさせる。これだからデイラン国の王子はいやなのだ。


「クロネイは神官ではないわ」

「おや、それは失礼。ですが、神官の恰好をしている。その者は神官でしょう」

「わたしの夫よ」


 瞬間的に、デイラン国の王子から、表情が消える。なにをしに来たのかは知らないが、おそらくはシャナが婿に迎える者の様子を見に来たのだろう。隙あらば、となにか企んでいてもおかしくはない。


「神官が、あなたの夫、だと?」

「神官ではないと、言っているでしょう。神殿へ行っていたから、その恰好をしているだけよ。夜会にも来なかったあなたには、わからなかったのね」

「ええ、わたしはその日、ちょっと用事がありましてね。代わりの使者を送りましたので」


 嫌味とも皮肉とも取れる言葉に気づかないデイラン国の王子は、僅かに唇の端を上げ、偉ぶった態度で見下ろしてくる。とても不愉快な視線に、シャナは目を背けてクロを抱きしめる腕に力を込めた。


「しかし、そんな軟弱な男が、あなたの夫とは……なんというか」

「なにかしら」

「悲しいですね」

「あなたにそう言われる筋合いはないわ」


 デイラン国の王子に比べれば、いや、比べるまでもなく、クロは己れの夫に相応しいと、この瞬間にシャナは思う。やはり王子のような人間は、どうしたって好意的にはなれない。


「フィル、陛下のところへ行ってくれるかしら。ことの次第を陛下にお伝えして、デイラン国の方々をお帰しして」

「御意」


 これ幸い、とばかりにフィルが走ってくれたが、その一方で、デイラン国の王子は僅かに動揺を見せた。


「お待ちを、姫。わたしは彼に」

「邪魔だと、蹴ったわね。踏みつけて、痛めつけたわね」

「わたしの歩く道を邪魔したからです。わたしは悪くない」

「あなたの一挙一動が、国の一大事に繋がると、どうしてわからないのかしら」

「わたしは悪くないっ」

「わたしの夫は、クロネイ・エイブン・ロンファ・トワイライ、というの。ご存知かしら」

「そんなことくらい知ってますよ。だからなんだというのです。わたしは悪くないというのに」


 利用させてもらうのは申し訳ないが、今ここからデイラン国の王子を排除するには、クロの名がもっとも有効的だ。


「ああ、思い出した……デイランの、カルト王子だ」

「クロ、喋ってはだめよ」

「や、だいじょぶ……くないけど、少しなら」


 きつく閉じていた眼をうっすらこじ開けたクロが、僅かに焦った様子のデイラン国の王子カルトを見やって、なぜか笑む。


「父上が、銀山が欲しいと、言ってた」

「? なにを言っているの?」

「民に圧制を強いる余裕があるなら、もらおうかなと……気をつけないと、トワイライが持ってくぞ」


 ハッと気づく。自国セムコンシャスと、デイラン国が微妙な関係にあるのは、デイラン国にある銀山が原因だ。デイラン国の特産である銀が、近年高値になりつつあり、取引があるセムコンシャスと、その問題から関係が微妙になったのだ。そうでなくとも、デイラン国は銀山のことで、各国ともめ事を起こしている。クロの祖国、トワイライ帝国でも、それは同じなのだろう。


「権力もない末の、見捨てられた皇子のおまえに、なにができる!」


 急に声を荒げたカルトも、さすがにその問題には気づいたようだ。そして、それをクロが脅しの文言にしていることにも、気づいたようである。


「確かに、おれに権力なんてものは、皆無だけど……おじいさまはおれに甘いからなぁ」


 最大の脅し文句だ。デイラン国とトワイライ帝国では、まず国の規模が違う。戦争になったとしても、一日でその決着はつくだろうというくらいに、まず持っている力が違うのだ。


「シャナ、おじいさまに伝えておくよ。銀山要らないみたいだからって」


 それはどこかに痛みを置き忘れたかのような、さっぱりとした笑顔で、クロは言った。


「……っ、くそ! おれは悪くないってのに!」


 丁寧に心がけていたのだろう言葉も忘れ暴言を吐いたカルトは、身を翻すと逃げるように走り去った。


 大国トワイライ、その規模と権力はやはり、この大陸一である。


 今さらだが、外交的な面でトワイライ帝国という後ろ盾はとても大きいらしいと、シャナはどこか複雑な気持ちで小さくため息をついた。


「ああ、幸せが逃げる……だめだよ、シャナ。どんなときでもため息はだめだ」


 暢気なクロに、苦笑がこぼれた。







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