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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
12/56

11 : 応えるのは怖い。





 ぼんやりしながら、政務を片づけていた。昨夜のことが気になってよく眠れなかったのもあるが、自分の心にあった気持にも驚いて、感情があちこちに飛んで収拾がつかなくなってしまったせいだ。


「はあ……」


 と、ため息をつくと、シャナの政務を補佐してくれている者たちが、「ため息をついたらせっかくの幸せが逃げてしまいますよ」と、クロみたいなことを言ってきた。クロの存在は、いつのまにか随分とここに馴染んでいるようだ。


「シャナぁーあ、お茶にしよー」


 と、恒例行事のように、クロがいつもの姿で現われた。瞬間的にどきりとしたが、シャナがなにかを口にするよりも早く、補佐官を始めとした部下たちが「昨夜はだいじょうぶでしたか」とクロを心配し、無理をしないようにと労う。誰かの心配をするよりも政務に勤しむ部下たちの姿に、クロが与えた影響はすごいなと思った。


「なんかもこもこにされてしまった……シャナ、助けて」


 シャナが考えごとに没頭している間に、部下たちにかまわれたクロは、たくさんの枕が敷き詰められた長椅子に座らせられ、その中に埋もれていた。なんとなく愛らしいその恰好に、くすりと、笑みがこぼれる。これで子どものぬいぐるみを持たせたら、もっと可愛いかもしれない。


 くすくすと笑っていたら、ふとクロが、不安げな顔で見上げてきた。


「……シャナ、怒ってない?」

「え? どうして?」

「おれ……黙ってたから」

「……ああ、そのこと」


 昨夜のことを、口走ってしまったと思っているのだろう。気にしていないわけではないが、クロがそんな顔をする必要はない。

 シャナは枕を避けて自分の座る場所を確保すると、枕の一つをクロにわざと持たせて、長椅子に腰かけた。


「今はなにも言えないわ……考えさせて欲しいの。整理ができないから」

「……ごめん」

「どうして謝るの」

「言うつもりはなかった。けれど……シャナが……本当に予想外だったんだ。シャナに迷惑をかけるつもりはなくて……だから、言う必要なんかもなくて」


 どうやら、シャナが思ったことは、あながち外れてはいないようだ。


 クロは、己れの運命を不安に思って、シャナに甘えた。


 ぶわりと心が揺さぶられる。

 強い衝動に、息が詰まりそうになる。


「……今、身体は平気?」

「シャナ……それは」

「教えて」

「……ノエからもらえる力が弱くなってるから、少し……その」

「つらい?」

「気にしないでいいから。うん、たまにあることだし、慣れてるから」


 心配させまいかとするようなその態度に、込み上げてくるものがある。


「無理はしないで。ここで少し休むといいわ」

「邪魔はしない。お茶したら、すぐ戻る」

「いいから。わたしがそうしてと言っているのだもの」


 この気持ちは、包んであげたいと思うこの心は、なんだろう。

 そう思って、すぐに思い当たる。

 護りたい、だ。

 シャナは、クロを護りたいと、庇護欲にかられている。


「枕をここに。そばにいるわ」

「シャナ……でも」

「歳上の言うことは聞くものよ」


 少し強引ではあったが、クロに持たせていた枕をふたりの間に置くと、クロに手を伸ばして肩を引き寄せる。枕はちょうどいい緩衝材になってクロの身体を労わり、シャナの身体を支えた。


「優しいね、シャナ……優しいのは、おれがいつそうなるとも、わからないから?」

「そうかもしれないわね」

「そっか……そうだよね。けど……そんな同情でも、おれは嬉しいと思ってしまう。ごめん、シャナ……ごめん」

「なぜ謝るの」

「それでもおれは、シャナが好きだ」


 どきりと、する。

 わたしも、と言ったら、クロはどうするだろう。昨日の今日で、と呆れるだろうか。無理しないで、と信じないだろうか。それとも、心変わりしてしまうだろうか。


「ごめん、シャナ……おれ、気持ちを抑えられない」


 ふと身体を起こしたクロが、間に置いていた枕という距離を、取り払う。しがみつくように胴に回された腕は、強くシャナを求めてきた。


「クロ……」

「こんなことまでして気を惹こうとして……ごめん、呆れるよね。情けないよね。こんなことしてまでも、シャナの心が、欲しいなんて」


 昨夜のことが、たとえクロの嘘だとしても。クロのこの、天真爛漫で朗らかな気性が、嘘とは思えない。それが不思議だ。


「……ここにいるから、休みなさい」


 クロの想いに応えようと思わないのは、クロがいなくなってしまうことを、否定したいからだ。応えてしまったら、それに満足したクロが、天命を享受しそうで怖い。

 そうシャナが自覚するのは、このあとすぐのことだ。


「なぜ座卓なのだ」


 クロがシャナの執務室に通うのが名物となって、さらにシャナの膝を枕にして居眠りをするという行事が増えたとき、父王がシャナの執務室を訪れた。名物を見に来たらしい。


「ここでクロが眠っているからよ」


 シャナは膝元を指さし、膝を枕にされていると、その姿を見せると、父王は目を真ん丸にしたあと嬉しそうに笑んだ。


「よいことだ」


 座卓が用意されたのは必然だった。クロが居眠りをするという行事を増やしたため、政務が捗らなくなったからだ。シャナの膝を枕にするということがなければ、それほど政務が停滞することもなかっただろう。ゆえに、座卓が用意された。ちなみに補佐官たちの苦肉の策だ。執務室から机や椅子は撤去され、代わりに絨毯と座卓、長座布、大量の枕が部屋に入れられたのである。


「皇子は幸せそうだな」

「……そうね」

「よい影響をもたらしてくれているようだ」

「そうかもしれないわ」

「おまえの態度が軟化した」

「それほど硬かったかしら」

「誰かに気を許すなど、今までになかったことだ。これはよいことだぞ。式典が楽しみだな」


 満面に笑みを浮かべた父王は、クロが遅れて入国したことを気にして、トワイライ帝国からなにか言われるのではないかとしばらく案じていた。幸いにもトワイライ帝国からは「末皇子を頼む」としか言われなかったため、心配ごとは減ったようではあるが、問題はシャナの態度だ。それもこの姿を見て、安堵した様子ではある。


「早く孫が見たい」

「気が早いわ」

「いや、まあ、そうだな……おまえには無理をさせてしまって、申し訳ないと思っている。親なら、子が望むように、してやるものを……わたしは駄目だな」

「わたしは王女よ。たとえ後継者がわたしでなくとも、わたしは国のためを、考えるわ」

「……すまない、シャルナユグ」

「それが王族に産まれた者の務めよ」

「そう、だな……だが、皇子とおまえが幸せそうで、よかった。少しでもおまえが望むものを、わたしは与えてやれただろうか」


 幸せか、と問われているようなそれに、シャナはふと考える。

 この状態にあるのは、クロが執務室で居眠りをするようになってしまったからだが、いやなら拒絶すればよかったことだ。休憩のお茶も、いやなら断れば済むことだった。

 シャナは、どちらもいやだとは思わなかった。むしろ、するりと入り込んできたクロに、あっさり馴染んでしまった。簡単に受け入れてしまったのである。

 そして、今のこの状態は、いやだとかそういうなにかを思う前に、クロを包み込みたい気持ちが溢れた結果だ。一晩で様相を変えた執務室に、部下たちの仕業かと呆れもせず、これならクロを膝に抱いたまま政務をこなせると思ったくらいである。

 つまりはごく自然に、シャナはクロを受け入れた。それは甘受していると、言えるだろう。


 幸せかどうかはともかく、膝の重みは心地よいと、シャナは思っている。


「……それほど悪くないわ」


 クロを失いたくないと思うこの気持ちを、大切にしたい。それは確かで、その結果がシャナを、動かしている。

 そう、大切なのだ、クロが。

 好きだと言われることが、とても、嬉しいのだ。

 愛されているという心地よさが、いとしいのだ。

 失うことなど考えられない。

 けれども、クロの想いに応えるのは、怖い。

 もしクロが、想いに応えたシャナに満足してしまったら、これまでのものが壊れてしまうかもしれない。

 誰かを愛し、愛されるというのは、恐怖がつきまとうものらしい。シャナはそれを知った。知らなければよかったかもしれないと、思ったこともある。けれども、知らなかった頃には戻れず、また戻りたいとも思わない。

 初めての想いに戸惑うことも多いが、その相手がクロでよかったと、シャナは安堵している。クロは、さまざまな感情で、シャナを揺さぶるのだ。こんなことは、二度と経験し得ないだろう。


「ん……しゃな……?」

「おっと、婿どのが起きてしまうな。わたしはこれで退散しよう」


 まだ起きる様子は見られないが、身動ぎしたクロに父王が少し焦った。


「ああそうだ、シャルナユグ」

「はい?」

「わたしは、今のおまえのほうが、とても好きだ」

「……父さまったら」

「孫を楽しみにしているぞ」


 にっかり笑った父王は、足早に執務室を出て行った。


「しゃな……?」

「なんでもないわ。まだ眠っていてもいいわよ、クロ」

「そ……?」

「ええ」

「……しゃな」

「なぁに?」

「すきだよ」


 にこぉ、と花が綻ぶように微笑んで眠りに戻ったクロに、想いに応えるのはやはり怖いと、シャナは感じた。







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