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花咲く歌を夜明けにつなぐ。  作者: 津森太壱。
【花咲く歌を夜明けにつなぐ。】
11/56

10 : 失いたくない。





 部屋を、飛び出した。なぜ黙っていたのか、なぜ今になって酷なことを言うのか、いくら訊いても答えてくれなかったから、腹が立って部屋を飛び出してしまった。それが悔やまれる。誤魔化そうとしているそれに、腹を立てずにいればよかった。きちんと、訊くべきことを訊けばよかった。


「姫さん」


 はっと、顔を上げる。部屋を飛び出したものの、シャナは扉の前にしゃがみ込んでいただけだ。戻るに戻れず、自室へ帰ることもできず、そうしていた。そこに、どこからともなく現われたノエが、視線をシャナに合わせて屈んでいた。


「ノエ……訊いていいかしら」

「そのために来ました。おれに答えられる範囲でなら、なんでもどうぞ」


 ノエは、悲しそうに微笑んだ。先刻まで飄々としていたのが、嘘のようだ。


「どうしてクロは黙っていたの? 今になって、どうしてそれを教えてくれたの?」

「その答えはクロが言いましたよ。クロは、姫を妻に迎えても、本当の意味で妻にする気はなかったんです。さっさと身体のことを告げて、悠々と隠居する気だったんですよ」

「わたしがそれを許さなかったら、どうするつもりだったの」

「あいつには帰る場所が、もうありません」


 帰る場所がない。それはクロの口からも聞いた。


「なぜ? トワイライは、クロを追い出したというの?」

「いいえ。セイエンが、死んだんです」

「え……」

「意味、わかりますよね」


 静かな問いかけに、頷くことができず、シャナは瞠目する。

 セイエンとは、ノエの契約主でありクロの祖母、皇太后のことだ。ノエの口ぶりから、おそらく最近のことなのであろうが、亡くなっていたとは知らなかった。


「今はまだかろうじて契約は残っていますが、いつ消えるかもわからない。それに、たとえ帰ろうと思っても、その契約が切れてしまえば……わかりますよね」

「……クロは死ぬの?」

「あいつはもう、それだけ体力がないんですよ。おれの言葉で言うなら、命数が残り僅かだということです。だからあいつは、もうトワイライには、帰られない。姫に拒絶されても、けっきょくのところ、あいつは死ぬしかないんですよ」


 なにがどうなろうと、その結果は変わらない。運命を変えることはできない。遅かれ早かれ、クロには、その結末が待ち受けているだけだ。シャナに拒絶されても、国に帰ることすらできないのである。

 なんて、寂しいことだろう。

 なんて、悲しいことだろう。

 込み上げてきた涙に、シャナは唇を噛んだ。


「ご家族は、なにも言わなかったの?」


 声が震える。自分がなぜここまで悲しいと思っているのか、シャナにはわからない。それでも、悲しくて寂しいことだという、切ない胸の想いには耐えられない。


「ラウールもアンジェラも、クロの命数はわかっていました。だから、最期の旅だと許したんです」


 ラウールとは、トワイライ帝国の皇帝、アンジェラは、皇妃だ。つまり、クロの両親である。


「最期だなんて……なぜ決めつけるのよ」

「姫。クロは、わかってんですよ。どうしようもないってことを」

「病は治せるわ…っ…今からでも遅くない」

「風と水を司る神ミストでも、クロの病は治せなかったんです」

「なぜ諦めるの!」


 誰もが、クロは死ぬのだと、覚悟している。だがシャナは、認めたくない。なぜ自分が強くそう思うのか、それはわからないけれども、クロがいなくなってしまうのはいやだと思った。天地がひっくり返っても、否定してやりたい。

 認めたくないと首を左右にふり、拳を握っていると、屈んでいたノエが僅かに身動ぎした。


「おれは、諦めちゃいませんよ」


 そう言ったノエの気配に、なにか、悲しみとは違うものを感じた。


「ねえ姫、おれに提案があるんですけど、聞いちゃくれませんかね」

「……提案?」

「まあ、まだ時間はあるんで、ゆっくり考えてください。ぎりぎりまでおれは待てますから」

「どういうこと?」

「これは可能性の一つです」


 見つめた先のノエは、ただ静かに笑みを浮かべている。


「おれの提案、姫なら時期がくれば、わかると思います。おれの言葉を理解できるようになったら、おれの提案を受け入れてください。それまで待ちますから」

「待って、ちゃんと説明して。教えて」

「今はその必要がありません。わかるときが、必ずくると、おれは信じます」

「ノエ!」


 言うだけ言って、ノエは立ちあがる。少しだけ楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。

 ノエがなにを提案と言っているのか、それがわからないまま、シャナは壁の向こうに消えるノエを見送ってしまった。

 シャナは項垂れた。この胸に渦巻く想いを、どう消化したらいいのかわからない。クロを失いたくないと思っている自分に驚く一方で、あの天真爛漫な姿に自分がどれだけ心癒されていたのかを思い知る。

 どうして今になって、こんな想いを抱かせるようになってから、クロは秘密を口にしたのだろう。


『おれは、シャナが好きなんだ』


 脳裏に浮かんだその言葉に、耐えていた涙が、頬を伝って落ちて行く。


「そう、そうなのね……わたしがあなたを好きになる、その可能性を、あなたは否定していたものね」


 好きになるつもりはなかったと、クロは言っていた。けれども好きになったと、言っていた。クロは、耐えきれなくなって口走ってしまったのだ。言いたくないことを、言ってしまいたくなるくらいに、不安になってシャナに甘えたのかもしれない。


 だから、だろうか。


「わたし……っ」


 小さな嗚咽が、咽喉を突く。


「どうすれば、いいの……っ?」


 クロを、失いたくない。

 大国の皇子だから、国の体面があるから、この婚姻をなかったことにはできないから。

 たくさんの思惑はあれど、想いは違う。心は違う。


「あなたを、失いたくないわ……っ」


 もろもろの諸事情などどうでもいい。ただ今は、シャナが、クロを失いたくないと思っている。

 この気持ちは、なんだろう。

 わたしはなにを、望んでいるだろう。

 なにをどうすれば、この気持ちに、追いつくことができるだろう。


『おれは、シャナが好きなんだ』


 その真っ直ぐな瞳に、なにを、返せるだろう。


「クロ、わたし……っ」


 わたしはあなたを好きになっても、いいだろうか。

 こんな歳上の、花盛りも過ぎた女だけれども、その笑顔を失いたくないと思うこの心を、大切にしてもいいだろうか。

 わたしを好きだという、その言葉を信じて、愛されていると思っても、いいだろうか。







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