00 : たから。
ようこそおいでくださりました。
楽しんでいただけたら幸いです。
きみは知っているかい?
あそこには、大層な宝があるそうだ。
どんな宝だと思う?
ああ、残念だがわたしは知らない。
見たことがないからね。
だが、話を聞くと気になるだろう。
あそこにどんな宝が眠っているのか。
わたしは気になって仕方なくてね。
だから見てこようと思う。
奪うつもりはないよ。
ただ見るだけだ。
なぜ見るだけにするかって?
そんなのは決まっている。
その宝は、見ることしかできないらしい。
自分のものにはできないらしい。
つまり、奪えない。
それは呪いがかかっているからだ?
違うよ。
呪いなんかない。
どうやらね、その宝はわたしたちの心に訴えかけるらしい。
どんなふうに訴えられるかは、やはりわからないがね。
それらの真意を確かめるためにも、わたしは見てこようと思う。
今からとても楽しみだよ。
宝を見て、わたしはどう思うだろう。
なにを感じるだろう。
とても、とても楽しみだよ。
数年前に建立されたばかりだろう家屋を、小高い丘から眺めた。とても大きくて、とても広い。流れる空気は穏やかで優しく、いかにも幸せそうな家族向けの家屋だ。
ふん、と鼻で笑う。
幼い頃に聞かせられた宝の話を思い出した。
「それがあんたの宝か」
ばかにするわけではないが、自分にはあまりにも不似合いで、あんなのは追いかけていられないと思ってしまう。
「まあ、人それぞれに、宝はある」
人の宝、人の幸せ、それらはすべてそれぞれだ。だから、否定もしなければ肯定もしない。その必要もない。たとえ自分には到底理解できなくても。
「クロ」
「ん、今行く」
「……なにか見えるのか?」
「世界」
「随分と壮大なものを……」
「そうでもない」
自分を呼びに来た悪友におどけて笑って、クロは眺めていた家屋から視線を外した。
「さて、ここからはどうする?」
「どうするって……まあどうもしようがないんだけどね」
「随分としおらしくなったな、クロ」
「ははは……逃げようにも逃がしてくれないじゃないの」
「それがおれの仕事だからな」
「はあ……いいよ、半ば諦めてはいるからね」
「半ば?」
にやり、と意地悪く笑う悪友に、もはやクロの諦めは境地に近い。
「今から逃げてもいい?」
「べつにいいけど、どこに逃げるんだ?」
そう、問題はそこにもある。クロには逃げ場がない。まずは目の前の悪友が大きな壁だ。
だが、それでも、逃げたいと思うのは仕方ない。
「おれ、もう少し世界を見たい」
「目的地に到着してからでも遅くはない」
「確証あるの?」
「おれがそう動いてやる。それでいいだろ」
「頼りになるお言葉ですこと……」
「信じろよ」
ぽん、と肩をたたく悪友の力は、とても頼りになる。だから信じていないわけではない。そう言う限りは、実行してくれると思う。
それなのにどこか信じられないのは、今ここに在る己れの状況だろう。
「……これでいいのかなぁ」
「まだ言ってるし」
そう言うが、この状況をどう受け入れたらいいのか、クロには未だ理解できない。悪友だって、クロがそうであることは承知しているはずだ。
「ほら、行くぞ。予定よりだいぶ遅れてるんだ。相手方には連絡済みでも、礼を欠いているんだからな」
「はいはい」
目的地がもっと遠くであったらよかったのに、歩いて二週間とはなんと近いのか。月日とはこんなにも短いものであっただろうかと、クロはため息をついた。
楽しんでいただければ幸いです。