1. 勇者パのタンクは殴られたくない その①
主人公は、異世界の職業紹介所に配属された新人紹介員・クルス。
自分自身も希望の職に就けなかった彼女が、異世界で働く人たちの「次の仕事」を探します。
「もう、殴られない仕事がしたいんです」
鎧を着た3mはあろうかという巨体の男は、紹介所の窓口の椅子に着くなり、弱々しい声でそう言った。
紹介員のクルスは、自分の倍以上ある巨体を覗き込み、男の顔を見て困惑した。
どこからどう見ても目の前にいる男は今日の新聞に載っていた、尋ね人ーーかの有名な勇者パーティの盾役 なのである。
「……えっと失礼ですが、あなたは」
「ハラルドという勇者のパーティで盾役をしていました、ガードンと申します」
「ですよね……よく知っています」
勇者ハラルドと言えば王都中に知れわたっている。
この王都で“ジョブ:勇者”の人間は数十人いるが、東のダンジョン攻略での魔獣討伐数、魔石獲得数はその中で群を抜いている。史上、最も魔王討伐に近いと言われている者だ。
そのパーティ(五人組)の唯一の盾役がこのガードンである。
「ではこの新聞に書いてある、『勇者ハラルドパーティ、盾役が行方不明』という記事は…」
クルスは手元の新聞を恐る恐るガードンに見せた。
「ハラルドに辞めたいと懇願しても全く聞き入れてもらえなかったので、ダンジョン攻略中に脱走して王都に帰ってきたんです」
「いや、それって職務放棄じゃ…。勇者パーティの雇用主であるハラルドさんが探してるって記事に書いてますよ」
雇用主である勇者ハラルドと盾役ガードンとの契約内容によっては損害賠償になりかねない。
俯いていたガードンの顔が上がり、今度はクルスの目を見て声を張って言い放った。
「紹介員さん、私はもう、殴られ放題な盾はしたくない!もっと平和でそれなりにワークライフバランスの取れる転職がしたいんです!」
かくして職業紹介員クルスのデビュー戦は、精鋭中の精鋭の盾役、ガードンの転職先を探すこととなった。
「……なんか初戦からややこしい客を引いた気がする」
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「王都立中央学習院 出身のクルスです。本日付けでこちらの職業紹介所の配属となりました。少しでも早く皆さんのお力になれるよう尽力しますのでよろしくお願いします!」
同日の朝。クルスは職業紹介所の配属初日で元気よく挨拶をした。
皆さんと言っても、目の前にいるのは、二人だけだ。モジャモジャヘアーに丸メガネの頼りなさげな優男と、クルスよりも年下の学生ではないかという、ウルフカットで華奢な女の子。
(丸メガネさんが所長で、女の子が一期上の先輩ってとこかな…)
男性が微笑みながらクルスに歩み寄った。
「ようこそ、クルスさん。僕はトーマ、一応クルスくんに色々教えることになってるんで、よろしく」
「トーマ所長、よろしくお願いします!」
「……所長? あ、所長はこっちね」
トーマは女の子を指さした。
クルスは慌てふためいて、女の子に頭を下げた。
紹介所の仕事を調べるばかりで、なぜ所属員のことを調べなかったのかと後悔した。学習院で成績トップ層だったクルスにとっては、あらぬ失敗だ。
「し、失礼しました!所長とは存じ上げておらず!」
女の子は見た目にそぐわない豪快な笑い声を上げてクルスの肩を叩いた。
「あっはっは!よくあることだ。所長のミネムだ、よろしく頼む。言っとくがクルスくん、君よりも20は歳が上だ」
「20もですか!」
クルスがトーマを見ると静かに頷いていた。どうやら本当のようだ。20と言うことは、38歳、どう見積もっても15、6にしか見えない。魔法で変えているのだろうか。
察したようにミネムがしたり顔をする。
「言っとくが魔法で変えてるんじゃないぞ、天然だ。人は自由に生きていたら老けないんだよ、覚えておくといい」
「よ、よろしくお願いします、所長」
「実務はトーマが全部知ってるから、全部トーマに聞いてくれ!では私は忙しいので街へ行ってくるな!」
ミネムは片手を頭の上で翻しながら、紹介所を出て行った。
トーマがクルスの隣でぼつりとつぶやいた。
「……またサボりだ所長、、」
「…サボり?」
「あー、まあ気にしなくていいよ。さっそくだけど、受付開始前の仕事を教えがてら一緒にやってみようか」
「よろしくお願いします!」
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「まずは新規で来た求人の確認だね」
紹介所のバックヤード側に勝手口がある。勝手口の隣には郵便受けが付いており、数通の封蝋が施された手紙があった。
「この手紙が求人ですか?」
「それもだけど、こっちが本命かな」
トーマが勝手口を開けると、そこは紹介所の入り口が面しているメインストリートに直角に交わる側道に繋がっていた。
その側道の石畳の上には、猫にフクロウの翼が生えた梟猫が行儀良く控えていた。背中にはリュックを背負っている。
寄ってきた梟猫の喉元を触ってあやしながら、トーマがリュックを開けた。中には郵便受けにあったものと同じような封筒が、リュックにびっしり数十通も入っている。
「こ、これ全部今日だけの求人ですか、、」
「そうだよ。王都は魔王軍との小競り合いやダンジョン攻略、各地の農耕開拓で、万年人手不足だからね。本当に猫の手も借りたいって、王都中、この国中が叫んでるんだよ。彼は王都内の求人を集めてきてくれるスフィンクスだよ。スフィンクス、ほらお手」
「ニャー」
スフィンクスはトーマに懐いてるようで、出された手に反応してポンッと肉球を重ねた。
「この量を全部確認するんですよね。これは骨が折れそう…いえ、やりがいがありますね」
初日からやる気のない新人と思われないよう、クルスは誤魔化した。
するとトーマは見透かしたように優しい笑みを浮かべる。
「あっはっは、いいよ誤魔化さなくて。求人の確認、仕分けは地味で面倒だしね。」
「す、すみません」
「まあこれで全部だったら僕も楽なんだけど…」
気さくに話していたトーマの笑顔が引きつり、影がかかった。クルスが目を凝らすと、トーマの顔に陰りが見えたのではなく、文字通り影に覆われていた。その影は徐々に広がっていき、クルスや梟猫を飲み込んだ。
頭上から、風が乱暴に吹きあれて、クルスは目を瞑った。
目を開けると、クルス達の前には影の正体である、赤い鱗、鋭利な眼光のドラゴンが降り立っていた。
「ひゃああ!?ドラゴン!」
「クルスさん、ドラゴン近くで見るの初めて? 大人しいから心配しなくていいよ」
王都では珍しい動物ではないため、クルスもドラゴンを見ることはあるが、ドラゴンは主に隣国や北の農耕地への長距離移動に使われることが多いため、至近距離で相対するのは初めてだった。
クルスは面食らって尻餅をついた。
「レッド、ご苦労様。重かったでしょ」
トーマは梟猫のときと同じく、慣れたようにドラゴンに近づく。ドラゴンの胴体に固定されていた馬の五体分はあろう大きな鞍を地面に下ろした。
ドスンと、鈍い音がする。
トーマが鞍のベルトを解きながらクルスに向けて言う。
「梟猫のスフィンクスは王都内の求人、ドラゴンのレッドは王都外、つまり北の農耕地や東のダンジョンなどで活動している職場から来る求人を集めて来てもらってるんだ」
「つまり、その中身は……」
トーマが鞍を開けるとそこには三百は裕に超えるある封筒が流れ出てきた。
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「…と言っても全部が全部新規の求人ってわけではなくて、以前出された求人の催促が半分以上なんだけどね」
トーマは作業机で仕分けをしながら、苦笑した。クルスも教わったやり方に沿って手を動かす。封筒の山から一つとり、中身を確認してから、農耕業、生産業、軍務など業種が書かれている箱に入れていく。
脇に「催促」と書かれた箱があり、トーマの言うように山から取った封筒の半分ほどはその箱の中に積み上がっていった。
「求職者が希望しないことには人は送れないから、催促されても仕方ないんだけどね。一応、優先的に紹介したりはするんだけど」
トーマは説明しながら起用に封筒の山を捌いていく。クルスも不慣れな手つきでトーマに習う。
「これ、受付開始までに絶対に終わらないですよね」
「まあレッドが大陸中を集めて回るのは週に一回だからね。今日は特に多い日だったんだよ。数日に分けて作業しようか」
「…毎日じゃなくて安心しました」
「山が業種ごとに仕分けできたら、そこの壁に掛けられたボードに、新規の求人票を貼り付けていくんだ」
そう言ってトーマは紹介所の玄関付近に掛けられたボードを指した。
求職者が見やすい位置に、職種ごとにボードが掛けられている。溢れんばかりの求人票で埋め尽くされている。
「…王都中が人手不足なのもそうだけど、この紹介所も良い勝負なのでは」
クルスは求人の山と、ボードを見比べて、トーマにバレないようため息をついた。
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「あれ、これ新聞ですね」
クルスが封筒の山に手を入れると、今日付けの新聞が出てきた。
郵便受けに入っていた封筒を取り出したときに紛れたようだ。
開くと、『勇者ハラルドパーティ、盾役が行方不
明』と一面の見出しに書かれていた。
「無敵のパーティだったのに、大変ですね」
連日、勇者パーティのダンジョン攻略の進捗は新聞で取り上げられているが、ハラルドのパーティに関しては絶好調の吉報しか書かれていない。
トーマもクルスの側に来て新聞を覗き込んで、目を丸くする。
「確か勇者ハラルドのパーティって盾役一人が敵の攻撃を受け止めて、勇者や剣士、魔法使いが敵を打つスタイルのパーティだよね。こりゃあダンジョン攻略もままならないだろうね。もしかしたらこの山の中に盾役募集の求人もあるかも」
「勇者パーティの求人も来たりするんですか?」
「もちろん。勇者パーティも“ジョブ”だからね。ありとあらゆる求人が来るよ。おっと、そろそろ時間だね。作業は一旦止めて受付開始しようか」
壁掛けのからくり時計から、この紹介所のシンボルなのか、梟猫の人形が出てきて、午前9時の時報を鳴らした。
紹介所の玄関扉が浮遊魔法で自動的に開き、そこから、玄関に置いてあった案内看板がふわりと浮いて出ていく。
「トーマさんが魔法を?」
「いいや、これは紹介所の建物が作られたときに、紹介所自体に掛けられた魔法。時間になったら勝手に開くんだよ」
「なるほど、魔法で省力化されてるんですね」
「もっと魔法の力を上手く使ったお店もあるから、超アナログなほうだよここは。ミネム所長も、僕も魔法使えないから、すでに掛けられた魔法しか使えないからなあ。クルスさんは?」
「てんでダメで、魔法事務官になりたかったんですけど、諦めました」
魔法事務官は、王都の上級管理職や王族のそば付きを担う人財で、学習院の成績トップ者だけが配属される。無論、座学や魔法、体術すべての成績においてトップでなければならない。
「なるほど、確かに魔法も本職の魔導士級にできないとなれない“ジョブ”だもんね」
「そうなんです。でもこの紹介所で頑張るって決めたんで、お役に立てるように頑張ります!」
「よし、その息だ!」
作業台に求人の山を残して、トーマとクルスは受付窓口の席に座る。
「窓口対応はさっき説明したとおりだから、にこやかにリラックスして対応してね」
「わかりました」
受付開始まもなく、体調を崩して職を失っていた求職者が一人訪れた。
それはトーマが対応し、クルスはそれを見て、履歴書を書いてもらい、希望の職種を踏まえ求人を紹介する流れを学んでいた。
トーマの対応中に二人目の求職者は訪れた。
その男はクルスが対応する初めての相談者となり、“ガードン”と名乗った。
お読みいただき、ありがとうございます!
新人のクルスが初めて担当するのは、新聞で捜索されている有名人でした。
次回は、ガードンの転職相談の続きです。
「もう殴られたくない」という盾役に、どんな仕事を紹介できるのでしょうか。
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