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カシアスが教室に迎えに行くと待ちきれないとばかりにレティシアが飛び出してきた。
「会いたかった」とすがる彼女に微笑みながらそっと中をのぞきこむも今日も彼女の姿はない。あの日からじくじくと痛み続けるカシアスの心にまた癒えない傷が増えていく。
カシアスは幼い頃から見た目を気に入った令嬢たちに一方的に言い寄られるせいで、女性が苦手だった。
唯一の例外が母の友人のアベリア侯爵家のレティシアとロゼリアだ。妹のレティシアは病弱で大半を家で過ごしているせいかいつもカシアスが顔を見せると無邪気に喜ぶ。カシアス自身を見て慕ってくれる彼女だけは信じられた。
そんな2人を見たレティシアの両親は婚約を望んだが、レティシアの身体の弱さを理由にカシアスの両親が断ってしまった。それでも幼なじみとして交流は続いた。
2年前、隣国で新しい治療法が見つかったことでレティシアは隣国に行くことになった。お茶会にすらほぼ出たことがないのに家族と離れて遠い異国の地に行く儚げな少女がカシアスは心配でたまらなかった。しかし、彼女は健気に微笑み「必ず元気になって帰って来るわ。待っていてね」と約束して旅立っていった。
彼女がいなくなってから初めてカシアスは自分にとって大切な存在だったと気づき、寂しくてたまらなくなった。
レティシアからの手紙や近況を心の支えに彼女の帰りを待つ中で、あるパーティーに出席した時カシアスは1人の令嬢に惹きつけられた。
友人たちと笑いあう彼女――ミリアベル・エキザカム伯爵令嬢は天真爛漫なレティシアに良く似ていて。カシアスはしばらく彼女の笑顔が脳裏から離れなかった。
その後もミリアベルがいると無意識に目で追うようになった。そんなカシアスに気づいた友人がからかうように言った。
「最近彼女のことをずっと見ているよな。もしかして気になるのか?」
「そんなことない。ただ、良く会うから何となく……」
「ははは、そう照れるなよ。おまえ、言い寄って来る子は苦手だって遠ざけているけれど。気になるってことは何か惹かれるものがあるんだ。話しかけてみたらどうだ?」
(惹かれるものか……。確かに彼女は優しそうだし、大丈夫か)
友人が言う通りレティシアそっくりな彼女ならば大丈夫。そんな気がした。
両親に気になる令嬢がいると打ち明けると顔をほころばせた。
「そうだな。エキザカム伯爵家は堅実な家だし姉妹どちらも評判が良い。カシアス、エキザカム嬢と婚約を結ぶ気はないか?」
(父上たちが褒めるならば良い女性なのだろう。それに彼女ならレティの友人になってくれそうだ)
カシアスはミリアベルと婚約することにした。
話し上手で良く気が利くミリアベルとの付き合いは思っていた以上に楽しかった。時々、一生懸命カシアスに話しかけるミリアベルの姿に1人異国の地でがんばるレティシアのことを思い出して心が痛んだが。その分帰ってきたらがんばった彼女も誘ってうんと楽しもうと思った。
2年後、すっかり元気になって戻ってきたレティシアは学園に通うことになった。
この国には友人がいない彼女が不安がっていることもあり、カシアスは同じ年のミリアベルに世話を頼んだ。幸い、同じクラスになったようだし優しい2人はすぐに仲の良い友人になるだろう。
2年離れていたレティシアとはお互いに話が尽きずいくら時間があっても足りない。それに学年の違うミリアベルから学園の話も聞きたい。カシアスは学園内でレティシアとミリアベルをたびたび呼んで気の合う3人で楽しくお喋りを楽しんだ。
しかし、ある時からミリアベルはなぜか口を閉ざしてしまうようになった。
最初はてっきり聞き上手な彼女がお喋り好きなレティシアに遠慮しているのかと思ったが。だんだんとカシアスの誘いを断るようになった。心配しているとレティシアが悲し気な顔でミリアベルのことで相談があると言ってきた。
「私、ミリアベル様を誤解させて怒らせてしまったわ。友だちが学園内で『私とカシィは想いあっている』って噂になっているって言っていたのだけれど、ミリアベル様もそれを聞いて私に嫉妬しているみたい。カシィがいないところでは避けられているし。どうしよう」
「そうか。すまないレティ。ミリアベルには私から言っておくよ」
(ミリアベルにも困ったものだ。私にとってレティは大事な幼なじみだと伝えたのに)
婚約者ができてもレティシアはカシアスの一番の友人で大切な幼なじみだ。家の付き合いもある彼女とはぜひ仲良くしてほしい。
ミリアベルにもきちんとそう伝えたつもりだが。自分よりも学園の他人たちがささやく根も葉もない噂を信じてレティシアに嫉妬するなんて、2年間努力してキオザリス侯爵家にふさわしい婚約者として振る舞うミリアベルらしくもない。カシアスはミリアベルに軽く失望した。
とはいえ、ミリアベルは本来は優しい女性だ。きっと誤解をしているだけだと思い、たびたび噂のことを聞いてくるミリアベルをなだめたが、彼女は疑いの色を深めていった。何度言っても自分を信じてくれない彼女にカシアスは深く傷ついた。
ある日「ミリアベル様が怖い顔でにらんでくる」とレティシアに泣きつかれてミリアベルをたしなめたが。「これ以上はレティシア様には付き合いきれません」とまったく反省の様子を見せない上にレティシアを疎む彼女に腹が立ち、しばらく会わないことにした。
しかし、彼女からも会いに来ることも一切なく。仕方なく会いに行っても「忙しい」とそっけなくあしらわれ。
その初めて見る冷たい態度にカシアスはミリアベルが何を考えているのかわからなくなり、わけもわからず一方的に自分を拒絶する彼女に猛烈に苛立ちを感じた。
落ち込むカシアスをレティシアは励ましてくれ、いつしか彼女と過ごす時間が心の癒しになっていった。




