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婚約解消後も相変わらずカシアスはミリアベルを避け続けている。いつかのように嫌味を言われるかと身構えていたミリアベルはほっとした。
レティシアだけは「カシアスを無視するなんて本当に冷たい人ね」と文句をつけてきたが「もうあなたと関わる必要はありませんよね」と冷たく返すと近づいてこなくなった。
それからもミリアベルはクフェア侯爵家に通い続け、侯爵夫妻とイリアベルからシオンとの婚約を勧められた。ミリアベルはそんなつもりで話していたのではないと慌てふためいたが、シオンからも「ミリアベル嬢といるとすごく楽しいんだ。どうか前向きに考えてほしい」と熱心に口説かれ、デートに出かけた。
そして、その帰りにカフェで休憩していたところをなぜかレティシアを連れたカシアスが怒鳴り込んできた。しかしカシアスは「婚約は解消された」と聞くとなぜかショックを受けてしまい、見かねたシオンが店の個室を借りて移動した。
ミリアベルはシオンの機転に礼を述べるとまだ青い顔をして突っ立っているカシアスをじろりと見た。
「改めてお聞きしますが。キオザリス様は私に何の用でしょうか?」
「何よ、その言い方っ。あなたがちっとも会いに来ないからわざわざ声をかけてあげたのよ」
「会うも何も、1月も前に婚約を解消したのはキオザリス侯爵家からの申し出です。お互いに無関係になった今、わざわざ私から声をかける理由はありません。婚約の話ならば当主である父に聞いてください」
ミリアベルが冷ややかにレティシアを見やると、カシアスがうなるような低い声を出した。
「なぜだ……?」
「はい?」
「なぜ婚約を解消したんだっ!? ずっと私を避けたあげくに黙って婚約を解消するなんてっ。君はそんなに私が嫌いなのか!?」
カシアスの美しい顔も声も傷ついていて、何も知らない人が見たら痛々しく見えるだろう。現にレティシアは「かわいそうなカシアス」と目を潤ませて彼に寄り添う。
しかし、ミリアベルはカシアスにとって自分は今もまだ都合良い扱える存在なのだと思われていることに猛烈な嫌悪と怒りを覚えた。
ミリアベルを気づかうように見つめるシオンに勇気づけられて高ぶる心のままに告げる。
「ええ、私はあなたたち2人が大嫌いです。あなたたちだってそうでしょう」
「嫌いなわけがないだろう! この2年間君は素晴らしい婚約者だった! なのに、なぜ……」
「そういうところですよ」
ミリアベルの言葉に傷ついた目をしながらもカシアスはミリアベルを見つめてくる。図々しくも心につけこもうとする彼をミリアベルは敵意をこめてにらみ返した。
「あなたはいつも私に自分の望みを押しつけてきた。そして、私がどんなにレティシア様が嫌いだと、あなたと2人で過ごしたいと訴えても無視した。……この2年間、あなたは都合の良い婚約者として私を扱って1度も私自身を見てくれなかった」
ミリアベルはまだ口を開こうとするカシアスに自分の想いをありったけこめてぶつけた。
「これまでずっとお互いに会わなくても何も思わなかったのです。所詮あなたと私はその程度の関係だったのでしょう。私は今、あなたと別れられてとても幸せです。今さらあなたがどう思っているかなんて知りたくもありません。もう二度と関わらないで」
最後に「大嫌い」と叩きつけるとカシアスはへなへなと崩れ落ちレティシアが慌てて彼にすがりつく。ミリアベルは無視してシオンを促して外に出た。
*****
ミリアベルが迷惑をかけたことを謝るとシオンは穏やかに笑って「ミリアベル嬢がきちんと彼らに自分の意思を見せられて良かったよ。2年間良くがんばったね」と言ってくれた。ミリアベルはその自分を認めてくれる言葉にこの2年間の努力は無駄ではなかったのだと安堵した。
その後、なぜか焦った表情で押しかけてくるカシアスや怒りを露わにしたレティシアにはしつこくからまれたが、イリアベルや友人たちが追い払ってくれた。
しばらくしてシオンと婚約した。婚約してから「これで好きなだけ甘やかせる」と彼はミリアベルに甘くなり、時々会うのが気恥ずかしくなってしまう。
シオンと過ごす時間はいつも楽しくて。ミリアベルは初めて恋した人と過ごす幸せを知った。




