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馬車で心配そうに待っていたイリアベルに話をすると彼女はミリアベル以上に怒ってくれた。そして、カシアスがミリアベルを蔑ろにしているという噂を広めてくれた。
その後、何度かカシアスはレティシアを連れて「話がしたい」と押しかけて来たが「婚約者同士の話し合いに幼なじみが立ち会うならば、私もミリアベルの親友として参加させていただきますわ」とイリアベルに嫌味を言われるとそそくさと立ち去り、また来なくなった。
それを見たクラスメイトたちは2人の距離が近すぎると疑いの目を向け、中にはこれ見よがしに自慢するレティシアに注意してくれる人もいたが、2人は「自分たちは幼なじみだ」と言い張りより一層親しく過ごすようになっていった。
ミリアベルは2人を避けて注意深く様子を見ていたが。ある日、イリアベルが深刻な顔で言った。
「ミリア、悪い話よ。ロゼリア様が『2人は昔から想いあっていて、妹は今でも婚約を望んでいる』と言ってまわっているみたい」
「そう、ロゼリア様が……」
カシアスとレティシアの仲は良くも悪くも学園中の噂になっている。レティシアをかわいがるロゼリアとアベリア侯爵家はいよいよ婚約に向けて動き出したのかもしれない。
(カシアス様にとってもキオザリス侯爵家にとっても良い話だもの。婚約は解消されるでしょうね)
ロゼリアに嫌味混じりに聞かされた話では。カシアスとレティシアは幼い頃から仲が良くアベリア侯爵家は婚約を望んでいたが、レティシアの病弱を理由にキオザリス侯爵家が反対して婚約をとりやめたという。
その後、レティシアは隣国で治療を受けて学園に通うようになった。だとすれば、今は婚約を結ぶことに問題はないのだろう。
カシアスの動きを薄々知っていたらしい両親はミリアベルが望まなければこの婚約は両家にとって特に利益のあるものではないし、婚約を解消してもいいと言ってくれた。侯爵夫妻もそう言ってくれているそうだ。
ミリアベルとカシアスの婚約が解消になっても誰も困らないし、むしろエキザカム伯爵家としてはキオザリス侯爵家に恩を売れて良いかもしれない。ミリアベルは他人事のように思った。
「2人を良く知る侯爵令嬢のロゼリア様が後押ししているのならば。カシアス様も堂々とレティシア様と婚約できるわね。私も婚約者をやめられて気が楽になるわ」
「ミリアはそれでいいの?」
「ええ。もうレティシア様と比べられるのに疲れてしまったわ。それに私はレティシア様が大嫌い。彼女を受けいれられない以上、彼とはこうなる運命だった」
カシアスには嫌われることを恐れて押し殺していた言葉もずっと心配してくれている親友には安心して言える。この言葉がこの2年間築いてきたカシアスとの距離感であり、自分の正直な想いなのだろう。簡単に出てきた言葉に自分の本音がわかってこんな時なのに苦い笑いがこみ上げてくる。
「それにシオン様と話していて思ったの。今の彼とわかり合おうとする気力がもうないって」
3つ年上で社会に出て働いているシオンとは価値観も生活環境も異なる。
しかし、彼はわからないことはミリアベルに尋ねて知ろうとするし、ミリアベルもいつも穏やかに接してくれ答えてくれる彼に安心感を覚えた。
カシアスとも最初はそうだったと思う。けれども今の彼は何を考えているかさっぱりわからないし、いくら尋ねても答えてくれない。
婚約してからの2年間のようにまたミリアベルが歩み寄ればもしかしたらカシアスとも新しく信頼を築けるかもしれない。けれども、ミリアベルはカシアスのためにそこまで頑張れる気力がなくなってしまった。
――ミリアベルが会いに行かなければ瞬く間に消えてしまう絆。これがカシアスとの2年間の答えなのだ。
イリアベルはエメラルドのような瞳でじっとミリアベルを見つめていたが、やがてこくりとうなずいた。
「そうね、ミリアがそう決めたのならば私も応援するわ。ただ1つだけアドバイスよ。今度キオザリス様と会ったら今みたいに『大嫌い』って言ってやりなさい」
「大嫌い?」
「ええ、そう。こうなったのはキオザリス様の優柔不断のせいだもの。はっきり言ってやったらいいのよ。きっと面白いことになるわよ。……まあ、もう遅いけれど」
最後の言葉は聞こえなかったがミリアベルは勇気が出てきた。
もう愛するレティシアのために自分を踏みにじるカシアスに嫌われてもどうでもいい。それに振りまわされたのだから最後に一言ぐらい嫌味を言ってもいいだろう。ミリアベルは背中を押してくれた親友に礼を言った。
しかし、ミリアベルの決意は実現しなかった。
その後すぐにキオザリス侯爵家からの申し出で婚約はあっさりと解消され、ミリアベルはカシアスと会うことなく他人になった。




