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私を見ないあなたに大嫌いを告げるまで  作者: 木蓮


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 人気のカフェはたくさんの人々で賑わっている。ミリアベルもまたシオン・クフェア侯爵令息と2人でお茶を楽しんでいた。親友イリアベルの3つ年上の兄の彼とは家に遊びに行った際などに良く話す仲だが。こうしてこうしてデートをするのは初めてで少し緊張する。

 シオンはミリアベルの心に気づいたようにその緑色の垂れ目を細めた。


「先ほどの絵画展は素晴らしかったね。まるで異国を旅しているような気分になったよ」

「ええ、本当に。特に森林でピクニックをしている絵の光の質感が本物のようで。惹きこまれました」


 ミリアベルが誘って見に行った絵画展の感想で盛り上がっていると和やかな空気を壊すように荒々しい足音が近づいてきた。


「ミリアベルっ、しばらく顔を見せないと思えば、他の男と2人きりで過ごしているとはどういうことだっ」


 険悪な声に周りの人々の視線が集中する。ミリアベルはせっかくの楽しい雰囲気を壊されたことに怒りを感じて乱入者――カシアス・キオザリス侯爵令息とその背後に隠れて咎めるように見ているレティシア・アベリア侯爵令嬢をにらみつけた。


「それはこちらの言葉です、キオザリス様。なぜ無関係のあなたにそのような失礼なことを言われなければいけないのでしょうか?」

「ふざけるなっ。いくら君が私を避けているとはいえ、君は私の婚約者だっ」


 今まで一切会いに来なかったのに。自分だけを詰るカシアスにミリアベルは心が冷え切っていくのを感じた。事情を知るシオンに励ますように視線で促されてミリアベルは遠慮なく本音を口にした。


「あなたとは1月前に両家の合意の元で婚約を解消しました。ですので、私たちは正真正銘無関係ですわ。カシアス・キオザリス侯爵令息様」


 *****


 ミリアベルはエキザカム伯爵家姉妹の妹で栗色の髪に緑色の目をした平凡な令嬢だ。家を継ぐしっかり者の姉と違って婚約者を決めずにいたが、13歳の時に格上のキオザリス侯爵家からの申し出で1歳年上のカシアスとの婚約を結んだ。

 カシアスは美貌で名高い両親譲りの金の髪と水色の瞳をした美しい青年で社交界の人気者だ。

 ミリアベルはそんな有名人が取り立てて目立つところのない自分を婚約者に望んだことに最初は気後れを感じていたが。穏やかなカシアスにだんだんと惹かれていった。


 しかし、交流するにつれてミリアベルはカシアスが時々沈んだ表情を見せることに気づいた。

 もしかして彼の機嫌を損ねてしまったのかと注意深く観察したが。初めての贈り物として刺繍を施したハンカチを贈った時、ミリアベルの親友にカシアスを婚約者だと紹介した時、カシアスを誘って人気の画家の絵画展に出かけた時と、行動も状況もバラバラでわからない。

 何度か続いた後。ミリアベルは遠回しに探りを入れてみたがカシアスはいつもはぐらかしてしまう。


(カシアス様にとってはやっぱりこの婚約は不満なのかしら。今まで会ったこともない私が突然婚約者に選ばれるなんておかしいもの)


 普段は貴族らしい笑みの仮面を被ったカシアスが感情を露わにするのは自分と2人きりの時だけ。自分に対して何か思うところがあるのだろうか。

 ミリアベルは不安を感じながらもカシアスに笑顔で話しかけ彼を気遣った。努力の甲斐があってか、周りからは仲の良い婚約者だといわれ、カシアスにも「君が婚約者になってくれて良かったよ」と褒められた。

 しかし、その言葉とは裏腹にミリアベルが彼自身と親しくなろうとするほど、何か心の痛みをこらえるような寂しげな表情を見せることが増えた。

 それでも理由は教えてもらえず。ただ彼に信頼されない寂しさをこらえて明るく接し続けた。


 そんなある日。パーティーに参加したミリアベルは婚約者としてカシアスの友人たちに紹介された。有名人たちに囲まれてミリアベルはがちがちに緊張したが気の良い彼らはミリアベルを歓迎してくれた。

 しかし、カシアスの幼なじみだというロゼリア・アベリア侯爵令嬢だけはミリアベルを敵のようににらみつけて会うたびにしつこく嫌味を言ってきた。

 ある日、ロゼリアの相手に疲れたミリアベルが人気のない庭に入るとカシアスの声が聞こえてきた。近づこうとすると自分の名前が聞こえて来て立ち止まった。


「ミリアベル嬢、とても素敵なご令嬢じゃないか。おまえが立ち直って良かったよ。レティシアがいなくなった時はそれはもうひどかったからな」

「ははは、悪かったよ。ロゼが言うにはレティも隣国で良い治療法が見つかったらしい。順調に良くなっているからこちらに戻ってこられそうだ」


 2人が話題にしているのはロゼリアの妹レティシアのことだろう。

 彼女はバラのような桃色の髪に赤い瞳をした愛らしい令嬢だと噂で聞いた。生まれつき病弱で社交界にほとんど出たことがないそうだが、きっと王子様然としたカシアスと並べばさぞお似合いだったのだろう。

 友人がしんみりとした声で尋ねる。


「なあ、カシアス。おまえ、今でもレティシアのことが好きなのか?」

「……ミリアベルはとても良い子だし、一緒にいて楽しいよ。でも、レティのことが忘れられないんだ」


(カシアス様はレティシア様が好きなのね……)


 カシアスの本音に冷水を浴びせられたように心が冷え切っていく。

 思えばカシアスの憂鬱は”ミリアベルがカシアスに好意を見せた時”に現れている。きっと想い人を深く愛している彼は家の都合で婚約を結んだだけのミリアベルの好意は未だに受け入れられないのだ。


(あの人気者のカシアス様に婚約を申し込まれたなんて喜んでバカみたい。社交界で評判の侯爵家の令息が私なんかと婚約するなんて余程の事情があるに決まっているじゃない)


 そう必死に言い聞かせても痛む心のままに今すぐ飛び出してカシアスにすがりついて「私はあなたが好き」と泣きわめきたくなる。

 でも、他の女性を想いつづけているカシアスにみっともない姿を見せて失望されたくない。その一心でミリアベルは涙をぐっとこらえてカシアスに言付けを頼んで会場を後にし、乗り込んだ馬車の中でこらえきれず涙をこぼした。


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