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漆黒の繁栄

第4話:漆黒の繁栄

レヴルナ――漆黒の粉末。

それは、ただの快楽をもたらす薬ではなかった。摂取した者の魔素を僅かに活性化させる感覚、かつて戦時下で使用された旧式のエルヴァインとは一線を画す鋭利な効き。まるで全身の感覚が“正しい方向に研ぎ澄まされる”ような作用。

最初は地下酒場の常連を相手に少量を捌いていたが、3日後にはザスの周囲に人だかりができるようになった。

「なあ、あの黒いの、まだあるか?」「……昨日の3倍出す。頼む、ちょっとだけでいい」「いったい、どこで仕入れてんだ? 名前は? 正体は?」

問いには答えなかった。

ただ、ザスは一言こう言った。

「名は、“レヴルナ”。……夜の裏に咲く月だ」

その日、フランメは久しぶりに陽の下を歩いていた。

ザスに誘われたのだ。「少しは羽を伸ばせよ。金はある」

街はちょうど収穫祭の終盤で、人々が露店に集まり、踊り、歌っていた。その喧騒の中、ザスは上機嫌に焼き鳥串を頬張っている。

「なあフランメ。お前、こういうの来ねぇんだろ?」

「……騒がしいのは、得意じゃない。娘を連れてくるなら、まだしもな」

「ははっ、ガキと来たら楽しそうだな。今度、連れて来いよ。遊び道具でも買ってやる」

冗談のような口調。だが、フランメはその言葉に、どこか胸の奥が温かくなるのを感じた。地下に潜るような生活の中で、こうして“人と並んで歩く”感覚を忘れていた。

屋台で焼き菓子を買ったあと、2人は裏通りの静かな広場に腰を下ろした。

「……お前、本当に金に困ってたんだな。あんな精度の薬、もったいねぇよ。王国がまともなら、お前を追放なんかしてねぇ」

「まともだったら、研究者なんて誰も毒物を作らない。そういう世界は、理想でしかない」

フランメは空を見上げた。

そこには、まだ昇りきらぬ薄紫の月。まるで“名前のない罪”のように、どこか不安定な光だった。

ザスがポケットから小袋を取り出す。中身は、レヴルナ――フランメが精製した、高純度の漆黒の粉末。

「なあ、これの在庫、もう底が見えてきた。昨日だけで4000ガリオン分が売れた。……仕入れなきゃならねぇ」

フランメは目を細めた。

「紫樹苔と幻獣の灰なら、問題ない。安価で、合法だ。だが……霧花は?」

「まさにそれだ。今、いくつかルートに当たってるが……正規には絶対に流れてこねぇ。あれはな、戦後に“魔素異常”を引き起こすって理由で禁止されてる。取り扱いは違法だ」

「だが、霧花なしではあの効きにはならない」

「わかってる。だから、俺が原材料を何とか集める。お前は……ラボだな?」

フランメは頷いた。

「今の設備じゃ、再現はできても量産は無理だ。錬金槽、触媒炉、魔素測定器……全部、きちんと揃えた空間が必要だ」

「よし、じゃあこうしよう。おれが素材を探す。お前は――ラボを探してくれ。地元の廃工房でも買い取って、改装してな」

「金は?」

ザスは笑った。

「あるだろ、もう十分。だって今日だけで、20000ガリオン入ってきたぞ?」

フランメの目がかすかに見開かれた。王立研究庁で1ヶ月働いても、その4分の1にも満たない額だ。

「……狂ってるな」

「なあ、フランメ」

ザスが唐突に声を落とした。

「お前、なんでこんなことやってんだ? 研究所を追い出されて、金が必要だったって言ってたが、それだけじゃねぇだろ」

フランメは、しばし黙った。

頭に浮かぶのは、娘の寝顔。魔素を制御できない体質という、難病を持って生まれた少女。そして、貴族出身の妻。彼女の実家は王国騎士団の分隊長を務める家系で、錬金術とは犬猿の仲。彼が研究所を追放されたことすら、まだ知られていない。

「……どうしても、金が要る。娘の治療には、普通の薬じゃ効かない。……だが、それだけじゃない」

「ほう?」

「俺は今まで、何者にもなれなかった。ただの職人。精密なだけの、歯車だった。……でも、今は違う。初めて“求められた”。それが、どこか……嬉しかったんだ」

ザスは黙って頷いた。どこか共鳴するものがあったのかもしれない。

「わかった。だったら、ここで止まるな。次のロットを作る。完璧なラボでな」

2人は、夜の街に立ち上がった。

まだ何も成し遂げていない。だが、歯車が噛み合い始めた音だけは――確かに聞こえていた。


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