第2話 動かしてみよう
説明回になります。
スペックの詳細は……大丈夫かな……
艦長として、まず何をすればいいんだろうな……それが問題だ。
目的を決める? いやいや、そんなのすぐに思いつくわけがない。
俺はただのサラリーマンだったんだぞ?
軍人でもリーダーでもないし、ましてや宇宙戦艦の艦長なんて……想像すらしてなかった。
でも、ボーッとしてても始まらない。
まずは、このアストリリスって艦が、何をできるのかくらいは把握しておいたほうがいいよな。
武装とか設備とか、どんな機能があるのか。
いまの俺にできそうなのは――それを知ることくらいだろう。
……たぶん、そこが最初の一歩だ。
「リリス。このアストリリスのことを教えてくれ。
まず、1億年とか、わけわからんくらい長く行動できた理由だ。
エネルギーや物資をどうやって確保していたんだ? 同盟者から提供されていたのか? それとも略奪していたのか?」
「了解しました。ご説明いたします」
リリスの声色が元に戻る。淡々としているが、どこか誇らしげな響きがあった。
「まず、当艦は――シヘイラが宇宙を去ってから現在まで、いかなる勢力にも属したことはありません。
完全な独立勢力として存在しています」
「独立艦……補給を受けるための母港もないのか」
「はい。外部の補給基点を持たない構造は、当初より想定された設計です。
もし補給網が存在すれば、それを敵に掌握された場合、当艦の行動は重大な制約を受けることになります」
「なるほど、確かに」
「当艦は、全長17,500メートル、全高3,000、全幅4,000メートル。質量はおよそ450兆トン。
銀河間基準では小型艦に分類されています」
「全長……17キロ!? この艦、そんなデカかったのか。
しかもそれで小型って。宇宙って、やっぱりスケールの感覚が狂ってるな……」
「戦力比による分類と推測されます。サイズだけを基準とすれば、大型艦と呼称されても矛盾はありません」
「仕様上の標準乗員数は78,000人。最大構成時で120,000人が搭乗可能です。
この最大構成で、無着陸での長期行動期間はおよそ1,000年を想定しています。
理論上は、特異点直前の星系においても作戦行動が可能です」
「1,000年も!? それって、どんな貧乏生活を想定してるんだよ。
さすがに節約にも限度ってもんがあるだろ」
「当艦は物質転換機構および、自己拡張型インフラ複製系を搭載しています。必要な物資を艦内で生成することで長期作戦行動を実現しています。
航行中は、星間物質・小惑星・ガス惑星・恒星大気などから、原子単位で資源とエネルギーを採取可能です。
必要に応じて、恒星への突入も実施します」
「当艦は物質転換機構および、自己拡張型インフラ複製系を搭載しています。
必要な物資を艦内で生成することで、長期作戦行動を実現しています。
航行中は、星間物質・小惑星・ガス惑星・恒星大気などから、原子単位で資源とエネルギーを採取可能です。
必要に応じて、恒星への突入も実施します」
「そういうことか。節約生活しないでいいのは助かるけど……恒星に突っ込むって、どう考えても自殺行為にしか思えないな」
「通常恒星および中性子星であれば、機体損耗率は許容範囲内で、自己修復機能のみで対応可能です。
ただし、ブラックホールへの突入のみ、結果が確定不能なため、現時点では実施例がありません」
「中性子星って……中の人間は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。重力や磁場などの遮断・反転制御は、当艦にとって難しいことではありません」
「いやいや……『難しいことではありません』で済ませる内容じゃないだろ、それ」
「続いて、エネルギー系統の解説に移ります」
「当艦はアギオス炉を搭載しています。
これは、非対称重力・反物質対消滅・虚空素粒子捕捉――三種の方式を複合統合したハイブリッド炉です。
通常時は、艦内の各セクションに分配されたエネルギー網へ供給を行います」
「……ちょっと待て。それ、名前からして全部ヤバそうなんだけど。大丈夫なの? 色々と」
「それぞれ単独でも恒星級の出力を持ちますが、特性はまったく異なります。
持続性・応答性・安定性という三軸を相互補完し、同時に互いの出力を刺激して高め合い、
さらに三系統の干渉波形で暴走を打ち消し合う構造です。結果として、最大効率と完全制御が成立します」
「つまり、ヤバいやつ三つ組み合わせて、うまいこと均衡取ってるってことか?」
「はい。戦時出力においては、副砲の一斉射で惑星を複数蒸発させることも可能です」
「そんなエネルギー発生させたら、艦体のほうがおかしくなりそうだな……まあ大丈夫なんだろうけど」
「ご安心ください。当艦は、事前対処・事後対処に加え、状態収束型制御を統合的に取り入れた安全設計思想に基づいて構築されています。
暴走確率は理論上ゼロです。実際、シヘイラの歴史においても、暴走事例が確認されたことは一度もありません」
「理論上ゼロって、典型的なフラグじゃん……
で、アギオス炉って、縮退炉と比べてどうなんだ? 縮退炉が最強ってイメージがあるんだが」
「最大出力だけで見れば、重力圧縮型の縮退炉やブラックホール連星炉のほうが上回ります。
ただし、それらには重大な欠点があります――未来の選択ができません」
「未来選択……? 何だそれ?」
「簡潔に言えば、発生し得る未来の中から、望ましい結果を選び取る技術です。
シヘイラ文明の根幹概念であり、当艦の主砲・防御・機動・制御のすべてに関わっています」
「それをブラックホールには適用できないってこと?」
「はい。特異点内部では時空構造が崩壊しており、未来そのものが定義不能です。
ゆえに選択不能となり、結果として確実な制御ができません。
「そのため、シヘイラは縮退炉を、使うべきではない技術と判断しました。
なお、縮退炉の暴走により消滅したと推定される文明の痕跡は――確認されているだけで、すでに9桁に達しています」
「だからアギオス炉を使ってるわけか。出力、安全性、そして未来選択のすべてを成立させるために」
「はい。アギオス炉の実用化は、当艦の建造より約2,000万年前に遡ります。
そして、当艦の初期任務が完了するまで、それを超える方式は出現しませんでした。
ゆえに、当艦にも標準搭載されています」
――なるほど、と言いたいけど、正直、一割も理解できてない。
でも今は細かい部分より、全体像をつかむことのほうが大事だ。頑張れ、俺。
「……では続けて、当艦の航行能力についてご説明します」
「うん、頼む」
「通常空間における巡航速度は、光速基準で0.5c。最大戦術機動時には、0.88cまで加速可能です」
「アギオス炉積んでて、それでも通常は0.5c止まりって……もっと速くできたりしないのか?」
「可能です。ですが、光速に近づくほど環境への影響が増大し、航行中の観測・通信・展開作業に支障が生じます。
結果として、0.5cは最も効率的な巡航速度とされています」
「要するに、全力で突っ走るだけじゃ使い物にならないってことか……」
「はい。運用の最適化は、性能とは別の次元にあります。
緊急時には最大0.998cまで加速・制御が可能ですが、周囲の空間密度等に依存するため、常時維持は困難です」
「なるほどな。で、ワープ的なのもあるんだよな?」
「はい。スリップドライブ航行により、空間の表層を滑るように高速移動できます。
平均で一日あたり4.3光年ほど移動できますが、重力が強い場所では少し遅くなります」
「それだけ動ければ十分すぎるけど……それでも銀河レベルになると遅くないか?」
「その場合は、跳躍を使用します。最大跳躍距離は約20光年です。
ただしこれは、それ以上跳べないという制限ではなく、跳躍先の空間観測精度に依存した限界値です」
「つまり……見えてる場所には大ジャンプできるけど、情報がない場所じゃ20光年が限界ってことか?」
「その通りです。距離そのものは問題ではなく、跳躍先座標の空間構造をどれだけ正確に『今この瞬間』で把握できるか、が重要なのです。
事前にビーコンやアンカーを設置したり、索敵支援ドローンなどによって観測リンクを確保することで、跳躍距離は事実上、無制限となります」
「通常は、本艦の周囲1億キロ程度の観測にとどめ、エネルギーと情報処理の負担を軽減していますが、必要に応じて範囲を拡張し、最大で20光年先までの観測が可能となります」
なるほど。妙に距離が短いと思ったが、そういうことか……
いや、20光年だって、その距離なら瞬間的に観測できるってことだ。十分ぶっ飛んでる。
「当艦は、シヘイラ文明が数億年にわたって設置してきた全観測アンカーおよび、当艦自身が新たに設置してきたアンカー網を利用できます。
これにより、2つの超銀河団内の主要恒星系には、すべて跳躍可能です」
「なるほどな。宇宙版ルーラってわけか……便利だけど万能じゃないってのが、逆にリアルだな。
でも、アンカーって……固定されてるんだよな? 恒星って常に動いてるだろ。ズレたりしないのか?」
「アンカーは、恒星の重力場に共振するよう構成された自己安定化空間構造であり、自動的に恒星に追従します。
恒星の運動に対応できないアンカーは、恒久的な跳躍基点とはなりえません。
なお、各アンカーは固有の空間位相署名を持ち、同一恒星系内に複数存在していても、干渉せずに一意に識別・指定が可能です」
「なるほど、ずっと一緒に動くマーカーみたいなもんか。でなきゃ正確なジャンプなんて無理だよな……」
「加えて、アンカーは観測機能を持ちません。
そこが安全かどうかを判断するのは、常に当艦の側です。
言い換えれば、アンカーはただの足場であり、目は当艦にあります」
「アンカーそのものは、物質的存在ではなく、極微小な空間位相構造です。
視覚や電磁観測では検出できません。言ってしまえば、他文明から見れば見えない跳躍点です」
「つまり、アンカーの場所を突き止めて破壊しようとしても、そもそも見つけられないってことか」
「はい。仮に、空間に何らかの異常を発見したとしても、それは自然現象由来のノイズと見分けがつきません。
もちろんシヘイラと同等の技術と理論を持っていればその限りではありませんが……
実質的に、アンカーの検出および妨害は不可能です」
「なお、跳躍直後は座標補正の確定とエネルギー再同期のため、約30秒の安定化時間が必要です」
「その間は行動不能ってことか?」
「いいえ。次の跳躍に向けた待機時間、という意味です。通常航行や戦闘行動に支障はありません」
「ふむ……」
――こいつはとんでもない艦だ。俺がどうこうできるスケールじゃない。
「以上が、当艦の基本的仕様と航行能力に関する説明です。続いて兵装の説明に……」
「ああ、それはいいや。正直なところ、移動という概念すら俺の常識からぶっ飛んでるからな。
まずは、こいつでの移動に慣れるところから始めるよ。
だから、兵装の説明は――武器だけ。それも、一言ずつでいい」
「了解しました。では、主武装の要点のみ簡潔にお伝えします」
「主砲、カイノス。因果律を保存したまま未来を選ぶ砲です。
防御、回避、外部干渉はすべて無効。射程、効果範囲は不定。――必中兵器です」
「副砲、イクシオン・レイ。準ガンマ線バーストで砲撃します。8門を装備、1門あたりの出力は恒星由来のものより若干落ちます。
惑星、密集艦隊など、動きの少ない目標に適しています」
「副砲、ヤグルシ砲。目標を捕捉し続け、連続短距離跳躍で突入する追尾型実体弾です。
射程は5光年ほど、主に高速で移動する目標に使用します。命中しなかった場合は自壊します」
「フェレティア・チェーン。多目的次元鎖です。
曳航、対象の捕獲、艦の固定、近接兵装などに転用可能です」
「艦載ドローン群。60,000機を積載、最大同時展開数は24,000機。
自律行動も可能で、基本的な対応はこのドローンが担います。
汎用型・突入型・索敵支援型――3種が配備されています」
「主砲の性能が極めて突出しているため、他の兵装は相対的に補助的な位置付けとなっています」
「……」
なんだそれ。全部が全部、意味わからんくらい強そうなんだが。
「主砲だけ、全くイメージがわかないな。どういうものなんだ?」
「これは、射撃や投射のような性質のものではありません。
艦長の知識に照らして説明するなら――結果を直接上書きする、そういった類のものに近いかと存じます。
ただし、それらと決定的に異なるのは、因果律が完全に保存されているという点です」
「最終結果から逆行して、原因につながる流れを圧縮し、既定の歴史として成立させる。
――そのような表現が、最も近いと思われます」
「たとえば、敵艦が破壊されたという結果を先に確定し、そこに至る整合的な因果関係――
どこから撃ったか、何が当たったか、いつ起こったか――そういった全てを後から間に合わせる。
そういう仕組みです」
「なるほど。わからん」
「ただし、どんな未来でも選べるわけではありません。
カイノスが選べるのは、因果律に矛盾しない成立可能な未来のみです。
ありえない未来――たとえば、存在しない場所からの攻撃や、観測者すべてに矛盾をもたらすような未来は、そもそも選択肢に含まれません」
「……じゃあ、たとえば誰も撃ってないのに撃たれたことになってるとか、そういう矛盾は?」
「ありません。中間過程も、既存の因果ネットワークに違和感なく埋め込まれます。
周囲の観測者にとっては、どこかから妥当な攻撃があったようにしか認識されません。
それが自然現象に見えるか、他艦の攻撃に見えるか、それとも事故に見えるか――それらは状況次第であり不定ですが、すべて整合的です」
「……なんかもう、チートというより歴史改変レベルだな」
「ですが、可能な未来しか選べないという制限がある以上、決して万能ではありません。
その制限下で、必中を実現しているのがカイノスであり――それこそが、シヘイラ文明の核心的技術なのです」
説明されても、まったくわからんな。
……まあ、科学力で実現させた魔法――そう思えば、なんとか納得はできる。
でも、そうだとしても……使うのは勘弁だな。
未来を選ぶとか、因果を押し込めるとか、そんなの、俺の手に負える話じゃない。これは
この艦がすごいのはわかった。わかったけど――そのすごさに、心がまったく追いつかない。
まずは、動かしてみるか。体験すれば、少しは実感できるだろう。
「そうだな……今、アストリリスは何をしてるんだ? 辺境宙域を航行してるとか言ってたが、どこへ向かっているんだ?」
「現在は待機状態にあり、隠蔽モードで微速航行中です。針路は、重複を回避したランダム設定となっています」
「その針路上に障害物があった場合は?」
「基本的に問題は生じません。走査によって、障害物を回避した最適針路が自動選定されます。
必要に応じて、対象を粉砕、あるいは蒸発処理することもありますが」
「けっこう物騒だな。でもまあいいや。じゃあ、俺がアストリリスを操縦してみるのもアリだよな? 艦長なんだし」
「……艦長が、ですか?」
「うむ。だって俺が艦長なんだろう? ちょっと動かしてみるくらいなら……」
「…………」
リリスが無言でこちらを見つめてくる。表情はないのに、ものすごい圧がある気がする。
「い、いや。もちろんロールシザースとか、ジャックナイフターンみたいな無茶な動きはしないけど? ちょっとこう……操縦体験と言うか、アトラクション的な感じでさ」
「艦長。アストリリスの主制御系において、艦長という権限は確かに絶対です。
しかし、艦の挙動を完全手動制御する場合、統計上――開始から3秒以内に艦体崩壊率が38%を超過します。非推奨です」
「は? 3秒って……なんでそんなすぐヤバくなるんだよ? 障害物はどうにでもなるんじゃないのか?」
「正確には、アストリリスの航行制御には、10のマイナス19乗秒単位での時空位相修正処理が必要です。
人間の神経伝達速度では、干渉そのものが物理的に不可能です」
「……いやもう、単位の時点で意味がわからん。要するに、恒星に突っ込むより俺の操縦のほうが危ないってことか?」
「はい。ご希望であれば、仮想環境での操縦シミュレーションをご案内可能です。
実際の艦体には影響ありませんので、ご安心ください」
「……うん、そっちで頼む」
「了解しました。準備が整い次第、ご案内いたします」