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未遂

 学園内での昼食は食堂で摂ることになっている。

 メニューから食べたい料理をカウンター越しにシェフに頼むと食券を渡されて、別のカウンターで食券と料理を交換する。

 パン・スープ・水は別添えで隣のテーブルに用意されている。

「お嬢様大丈夫ですか。運べますか」

「……」

 集中している。集中しているがスープがガッタガタである。

 俺が持った。

 不満げではある。かあいらし~~~~~~~

「お席はどのあたりに」

「そうね。あっちの……あら」

 アイリ…とお嬢様が呟いた。ほお。

 確かにお嬢様の視線の先にいらっしゃるのはどうもアイリ・マドレシアである。既に友人になったのであろう貴族子女に囲まれながら、談笑している……

 ……お嬢様はもじもじしている。

「行ってきたらどうですか」

「なんてことを言うの?」

「大丈夫ですよ。半径数mの範囲に入ったら勝手にあっちが声かけてくれますよ、って……」

 お嬢様は何かをじっと見ている。

「お嬢様?」

 何かを見ているようで何も見ていない。

 ……こちらを押しのけて、ふらふら、きびきびとそちらへ向かう。

 …にっこりした。

「アイリ嬢――」

 ……そういう声色のときの!

 お嬢様には!ろくなことがない!

 がちゃんと皿が割れる音がした。

 周囲がざわつく。

「……お嬢様」

「……」

「……お嬢様!」

「……ねえ。そちらに座っても……」

 声は聞こえているようだが声が頭に入っていない。腕を引いても反応はなく、ただどこか一点を見つめて……

 一旦注目を集めている!どこかへ持っていく!

「え、い、いまの音は……?」

「えっ……」

「……?」


「シルフィーちゃん?」

 

 



 とりあえず人気の一切ない校舎の裏まで持ち上げて連れてきた。

 反応は未だにない。ぼうっと、揺らすと人形のようにぐらぐらと揺れる。

「……お嬢様!」

「………………ダニー?」

「はい。ダニーですお嬢様。ご気分は……いや」

 今何をしようとしましたか、と。


「……なにを……」




「………………抱っこ」

「……?」

 抱っこしようと?いやそんなわけは……

「抱っこして」

 何故だ、とは思うが。とりあえず抱き上げてみる。

 ……お嬢様の反応はない。

「……お嬢様。今、何かしようとしませんでしたか」

 杞憂だったのならそれでいい。皿を落として割ったのを俺が謝ればいい……

「今。……わたし、なにか、したの」

「……アイリに、声をかけようと、」

 していませんでしたかと――

「うえっ、」

「!?」

「っげほ、おえっ、げひゅっ、きゃ、あ、あ、あ」

「……お嬢様!」

「アイリ……」

 お嬢様がぶつぶつとつぶやく。

「私にそのお弁当を譲って。」

 お弁当?

「今すぐそれを捨ててしまいたいの。それを放り投げてどこへでも捨てて見えないところへやってしまいたいの。今すぐだからそれを貸して。」


「あれがおんなじ世界にあるなんて、わたし、許せないの、許せないの、許せないの……」

「お嬢様!」

 何か衝撃的なもの!抱きしめること、それよりこの人は……

 今。何を。求めている?

「お嬢様」

 唇に唇を合わせる。

 




 抱っこしているとやりにくいので地面に下ろす。

 角度を変える。

「ん……」


「………………ん……………………」



「…………ん……」





「……んーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 ばっと唇を離された。

 よかった。いつもの可愛いシルフィーに戻った。

 いや今が可愛くなかったわけでは……いや……?いや……????

 心配だった。

 心配だったよ。









「あ、あたま、いたいの」

「保健室行きましょうか」

「そういうのじゃ、ないの……」

 まだ本調子ではない。目がばちんと開いたまま、一度もほとんど瞬かない。

 手指は震えている。

「もっかいしますか?」

「なんで!?」

「効果がありそうなんで」

 もっかいするわけではないらしい抵抗される。いやまあいや……今はそれより……

「……どうされました」

「わ、わたし、こわくて、許せなくて、あれが嫌い、あれが嫌い、あれが嫌い、」

 ……抱きしめて、背中をゆるく叩く。止めるより……話を聞くべきなのかもしれない。

 ここなら人に迷惑はかからない。

「あれが嫌い、こわく、こわくて、こわ、とめて、」

「はい。落ち着いてください。大丈夫ですかお嬢様」

「きらい……こわい……」

 抱き着いてこられる。あれが嫌いあれが嫌いあれが嫌いあれが嫌い、と、ぶつぶつ、ぶつぶつと。

 ……ゆっくり背中を撫でるように叩く。

 とんとんする。

 ……最近思うのだが。お嬢様はけっこうあかちゃんじみたところがある。

 あかちゃんの部分がわりとあるのかもしれない。

 安心すると寝るのだ。

「……寝ていますか?」

「あ、あれが嫌い、こわい、こわい、」

「…はい」

「こわいの……ダニー……だっこしてよお……」

「はい」

「どうして、どうして一緒に……」

 お嬢様は止まる。

「……大丈夫ですよ」

「……」

「それは悲しいことですか?辛いことですか?……それとも、いやなこと、でしょうか」

「い、いやなこと、いやなこと、ずっと、いやだったこと……」

 ……ずっと?

「助けて、助けて、助けてよダニー……」

 抱きしめて、ぎゅってして、くっついて、触ってよダニー……、と。

「……はい。」

 わかりました、と。








 昼食時だったがもう寮まで連行した。お嬢様の頭なら午後休んだ程度ならなんとかなる。

 魔道通信機のダイヤルを回した。


「ということで」

『はい』

「何かご存じではありませんか」


 通信先は屋敷の執務室である。担当の『執事』が、まず初めに、電話に出る。


『……申し訳ありません。私では、お力添えを行うことができません。……当家執事として、非常に心苦しいところではございますが』

 つまり、知らないということ。

『……わたくしが知る限り、お嬢様に、『変わった様子』は見られません。私が着任してから、お嬢様に、何か大きくお変わりになられた様子はございません』

 ……それはつまり。それより前から、……ずっと、ということ。

 ――ずっと嫌だった……


 ……状況を整理しよう。

 弁当が嫌ってなんだ。

 弁当とはアイリの持っていた弁当のことであろう。恐らく。当然のことすぎて視界にも入っていなかったが……アイリはあの場で弁当を確かに持参していた。皆が食堂で食事を取るこの学園では少し珍しいかもしれないが。特段何かが変わっていた様子もない。

 ……


『……関係が、あるかは不明ですが』

「はい」

 今は何でもいい。

『お嬢様は現状も、栄養不良で体調を崩されておりますな。それを長引かせた原因、気付かなかったのは確かに使用人全体の落ち度でございますが……どうもあの件について、お医者様が妙なことをおっしゃられていて』

「妙な事?」

『栄養不良は確かに食事を取らなくなったことから起こっています。しかし体の状態から見て、体調不良を長引かせて栄養を取らなくなったのではなく、何らかの原因で栄養を取らなくなったから、体調が悪くなったのではないか……と。』

 ……これは、そちらの問題の、『原因』ではなく。『結果』の話かもしれませんが……と。スージーさんは言う。

「いや。助かった……助かりました。何とかやってみます」

『何か手が足りなくなるようなこと、問題がございましたら、すぐにこちらにご連絡を』

「はい。いつもありがとうございます……それでは」

 通信の受話器を置いて通信を切った。……お嬢様はベッドに寝かせている。

 休ませるほどではなかっただろうか……と、ふと思ってしまうほど、安らかな表情をして……いや。

 ……目の端が赤く腫れあがっている。いつの間に。

 ……とにかく。しかし。情報が足りない。

 スージーさんの就任より前……つまり2年以上前だ。お嬢様は13歳程度。その頃のお嬢様の様子を知っている人……以前の執事?

 いや連絡がつくかどうか……いや連絡がつくかくらいは、聞いておいても損はないような……しかしどうも盗犯まがいのことをした元職場に、わざわざ……?

 あとは何だ。父親とか母親はどうだ。本来なら幼少期からお嬢様の様子を知っているはずだが……

 ……自分は、どうも。あの屋敷で。

 そのような人物を……一度だって、見かけたことがない。

 放っておいた歪が少しずつ露わになっているようだ。過去に聞いたことはないか。何か。


 ――公爵家ってどのくらい偉いんですか?

『……王族の次に――


 ぴんぽん、と。

 部屋のチャイムが鳴る。ああ今思い出そうとしていたのに……

 扉の覗き窓を除く。……ピンク色の髪?


「……あの」

 普段より、どこか、不愛想なようにも見える。

「シルフィーちゃ……シルフィー様が休んだって聞いて。こちらに来ました。……シルフィー様には用はないんですけど……ええと」


「……側仕え?の、人。こちらにいらっしゃいますか?」


「少し話がしたいんです」

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