チュートリアルイベント
社交会で一言も喋ってはいけないお嬢様をこんな公の場で堂々と喋らせちゃ……いけないんじゃないか……?
1年2組はざわざわとしている。
……近くの生徒に話しかけた。
「…こちらにアイリさんいらっしゃいますか」
「えっ。はい。ええと、あちらの席に……」
女子生徒は中心あたりの席を手で指した。ちょうどとたとたとそちらの席からピンク髪の少女がこちらへやってくる……
「……はい。アイリは、わたしですが」
ピンクの髪は胸元あたりまで伸びている。純朴そうなかわいらしい、庇護欲をそそりそうな外見。膝丈よりだいぶ短めのスカート。これでどうも学年一位を総なめしているそうだが……
……こっちは金髪の縦ロールに虹色クジャクの羽扇、何故か装着してきた黒レースの手袋、スカート丈はまあ標準程度だが……
お嬢様……ちょっと悪役令嬢が過ぎる……
悪役令嬢のために生まれてきたのか……?
「アイリ様。わたくしあなたにお礼を申し上げたくってこちらまで出向いたの」
「えっ……そんな……」
……アイリ、とやらは、どういう表情だ?それは。
「……学年一位おめでとう。魔法学の権威とまで呼ばれたわたくしに、よくもあんな赤っ恥をかかせてくれたわね」
「……えっ……」
それスージーさんあたりが勝手に持ち上げてただけじゃないか?
しかし教室自体はざわざわし始めている。
「本日こちらへ出向いたのはね、貴方に決闘を申し込むためなの」
…?アイリは首を傾げている。そうなるか……?
ああお嬢様それそのための手袋ですか……そうですか……
お嬢様が床に手袋をそっと投げ落とす。
「……アイリ様。わたくしと、魔法勝負で決闘をしてくださる?」
……アイリの表情は見えない。
「……シルフィー様。」
「なあに?」
「……わたくし、この手袋を、拾うことはできません」
「……そう。それならそれで、かまわないけれど……」
「……シルフィー様を!」
アイリはお嬢様の手を両手で握った。
えっ。
「わたくしは!シルフィー様を!とっても!とっても!とーーーーーーーーーっても!!!!!!尊敬しているからです!!!!!!!!!!!!!!!!」
えっ。
「その輝かしい美貌!類まれなる才能!誇り高きお姿!」
「わたし!シルフィー様と!おともだちにならせていただきたいんです!」
もはやそのために入学したと言っても過言ではありません!と。アイリは言っている。
…………。
「……そう。」
「はい!」
「侮辱?」
「えっ」
……アイリはきょとんとしている。
「……わたくしの意見を無視しておいて、言うことがそれ?……つまらない人。」
ダニー、わたくしの手袋を拾っておいてくれる?と。はいと答える。めちゃめちゃ側仕えだな今……俺……と。
「…失望したわ。」
「えっ。まっ、待ってくだ、シルフィー様、」
「ダニー。行きましょう」
「しるふぃーさま…………!!!!」
お嬢様は靴の踵を鳴らして踵を返す。ついて行く。
「つまらないひと」
……アイリは悲壮感を漂わせている、が。何故だろう。
どこか嬉しそうにも見える。
「シルフィー様!あの人仮にも公爵令嬢であるシルフィー様に何て失礼な言い分!」
「そうですよ!」
「そう?」
「はい!もし決闘をするってなったら、私は必ずシルフィー様を応援して……」
「……お嬢様方」
じろっと視線がこちらを向く。
「……悪いがお嬢様はお忙しいんだ。話ならまたにしてくれるか」
「……ふん!偉そうな人!行きましょうアメリ!」
「え、ええ……」
とたとたと同学年の女性たちは離れていく。
お嬢様はきょとんとしている。
「……ダニー。」
「はい。何でしょうお嬢様」
「……せっかく話しかけてくれたのに…」
「駄目です。お嬢様への悪影響に繋がります」
「失礼じゃ……」
途中で踏み止まった。
「……その。ダニー。少し言いにくいけれどね、」
声が少し小さくなった。
「私だって、わかっていないわけじゃないのよ。それに、ああいったものって、お家のためだったりするの」
「……」
「私の力は大きいもの。私がひとつ声をかければ、小さな男爵家の困りごとくらいは解決できたりしてしまうの。だから、できるだけ……」
「だからといって全部を聞く必要はありませんよ」
俺も叩っこまれている。子爵家子女メアリー・スーンと男爵家子女アメリ・マーガレットは別に現在特に何か困窮しているわけでもない。
それに。どう考えたって。
「手を貸すために友達になるんじゃなくて、友達になったから手を貸すんでしょう。それに友達でも、いちいち聞いてたらきりがありません」
「……そうよね」
「それに何より。」
なにより?と。お嬢様が首を傾げる。
――お嬢様は騙されやすいし、流されやすいので。友達はそーーとー。そうとう。慎重に選ばないといけませんと……。
……言い切るのも、なあ、と。
なにより?と、お嬢様がもう一度首を傾げた。
「…俺には、まあ、アイリの方がまだ、信頼できそうに見えますよ」
「シルフィー様!」
「シルフィー様!」
「はあはあ……シルフィー様!サリア様のお茶会に誘われたんです!シルフィー様もご一緒にどうですか!」
そんなことはないかもしれない。
「…あなたねえ……」
アイリは廊下の反対側から走ってきた。何故……?
「お茶会は基本的に誘われた人しか行っちゃだめなのよ。それにそのサリアというご令嬢より、きっとわたくしの方が家名の格が高いでしょう?」
「…グレーデーン伯爵家の娘さんです。お嬢様」
「……そういう場合は、まずわたくしが、そのサリアという子を私のお茶会に招待していないといけないの。そして私はまだそれを行っていない。だから私はそのお茶会には行けないの。基本的なルールよ」
「知りませんでした……!」
目をきらきらさせている。
「でもこんなに親切に教えていただけて!シルフィー様はすごく!すごく!お優しくて親切な方です!」
「……手を離してもらえる?」
「あっ!すみません!」
大きく手を振ってアイリは茶会に向かった。…お嬢様が小さく溜息を吐く。
「苦手ですか?」
「…いいえ。そんなことも、ないのだけれど」
アイリが離れると周囲の喧騒は一気に静かになる。
お嬢様の周囲は常に静かな視線で包まれている。
誰も彼もがお嬢様に注目しているが、話しかけるようなことも、近付くようなこともない。おこがましいと思っているのかもしれないが。
本人はどう思っているのだろう。
「……珍しいひと」




