運命の日-②
……その後、入学式にお嬢様は出席して、寮に帰って来た。
あのアイリというのはどうも女性だったらしい。新入生代表として壇上に上がり、僅かに慌てながら時候の挨拶をしていたのは淡いピンク色の髪をした少女だった。
お嬢様はずっと呆然としていた。
時折何かを考え込むような仕草はしていたが。
寮リビングの椅子に座ったままでいる。自分の部屋のクローゼットにテールコートを脱いで掛ける。
「……だ、ダニー、」
「…はい。なんでしょう」
「……」
お嬢様はうにゃうにゃ……していない。
……
「……な、なんでも、ないわ」
「そうですか」
……。
ああなんかじたばたしている。
……同居一日目だなあ、とか、心の中では大盛り上がりしていたのだが。散々……と、言うのもなんだ。
…そもそも、期待しすぎていたのではないのか。シルフィー・ド・バージリアンはただの15歳の少女……
……そう、思いたく、ない。
思いたくないのだ。
「お嬢様。食事は取りましたね。お風呂も一人で入れますね。」
「え、え、え……」
…入れないのだろうか?
しかし、それを言い出してもいない。……
「……もうちょっと待っててください」
「…え、え」
了承の『ええ』である。扉を閉めた。部屋が別で助かった……
「だ、ダニー」
「…はい、なんです……」
「いひゃっ!!!!!!」
……外開きのドアを開けたら悲鳴が上がった。大変失礼いたし……
……ん?
……目の前にいないので、足元を見た。ちいさな丸まった物体がある。丸まった生き物が頭を手で押さえている。
……つまり、頭を、下げている。
………………………………公爵令嬢!
「そんなに頭を下げないでください」
ふるふると首を横に振られた。……
………………まだ。許すわけには。いかない。
教育として。
「だ…………、……………………」
言葉に詰まっている。
「しょ、しょうじきなことを、言うの」
「はい」
「…なにがわるかったのか、なにか、きっとわるくて……なにが、わるかったのか……」
わからない、と。
「でも、はんせ、はんせいは、はんせいも、直すのも、したいの……」
「きらわれたくない……」
「……嫌いじゃありませんよ」
首を横に振られる……?
「いえ、あなたの感情に、私が、何かを言うのは、変だけど、……」
「……まあ、確かに」
「前よりちょっと。好きって感じでは。なくなりましたね」
「ごめ゛ん゛な゛さ゛い」
泣きそうになっている……
「直す……なおすから……」
「いえ。我儘を言っていましたよ俺は。ちょっとシルフィー様に過大な期待を押し付け……」
首を横に振られる……というかこれは……イヤイヤだな……
イヤイヤされる……
「直せる……わかんな、わかんない、けど……がんば……な、なおす……なおすからあ………………」
………デコに手を付く。
「……直しますか?」
「なおす……」
「ほぼ我儘ですよこれは。別に。そんなこと言い始めると文句ばっか言いますよ」
「いい……もっと、あなたの、こと……」
……、と、ちょっとの間沈黙して。
「……お、教えて、ほしいの……」
…どっちの意味だろうか?
……後者だったらいいのになあ、と、思う。
「……まあ、まず、感情的な子が好きなタイプじゃありません」
「なんかわあきゃあ言ってる女子……ってなんか……やかましいじゃないですか。愚痴になりますよ。本当に愚痴になりますよ。いいんですか?」
「……できれば、まあ、あんまり八つ当たりとか、そういうのも……しないでほしくて……」
「……礼儀正しいと、まあ、好印象かなあとは」
「あと……あと……なんだろうな……」
「……ど、どこが、嫌だった……?」
「どこが……」
どこだろうか。
「……そんなに順位って拘るほどですかね」
「……………………」
もしシルフィーにうさぎの耳が生えていたらぴんと立っていただろう。
「まあ。俺の考えではあるんですが。そんなに拘らなくても、と、思うんですが」
「いちばん……」
「なんでしょう、それは、べつに、他の人が考えた一番じゃないですか。」
ああなんだろうな……
「別にお嬢様ってそんな他人の意見気にするたちじゃないでしょう?」
首を縦に……
「た、たにんのいけんを、わたし、気にしたの!?!?!?!?」
「……そうでしょう。順位って別に他人が決めたものでしょう」
「しない。しない。もう、ぜったい、しないわ……」
あ~~~~~~~抱っこしてえ……ハグしてえ……
「……うん。わたし、他人の意見とか……そういうものを、気にする性格じゃ、ないわ」
だよなあ。
「……あなたって、わたしより、わたしのことを……」
頭の上に伸びそうになっていた手がはっと元の位置に戻った。
「…ま、まだ、好きじゃなかったところ、嫌だったところ……たくさん、あるかもしれない……」
「ううん……」
頑張ってまあしゃきっとしている。
「……まあ、それくらいですよ。またなんか思いついたら教えて、いいんですかね」
「教えて」
しゃきっとしている。
「……まあ。とりあえず。」
「お風呂でも入ってきますか」
「入る。」
本当にまだ一人だと入れないらしい。
練習はしたと言っていたが。仕方があるまい。
「……あんまり我儘っていうか……何というか……」
ううん。難しい。
お嬢様の頭の泡を流す。
「……お嬢様。この後何しようとしてました?」
「え、ええと……殴り込みに行きたかったの……」
……
「……なんて?」
「あのアイリという女か…男か……いえ女性か男性かわからないけれど……わたしむしゃくしゃして……」
「あんまり怒りを人にぶつけない」
「だって……別にそうじゃ、というか……」
湯船に溜まった湯に肩まで体を入れている。
「…勝ちたいのよ……」
「…ふむ」
「せめてちゃんと、どっちが上回ってるのか、知りたいわ…」
「それでお嬢様負けたらどうする気ですか」
「………………………………………………」
黙った。ほらやっぱりそうだ。
「何かする……少なくとも、大人しく負けないでしょう」
「……」
良いとこかもしれないが試合だと悪いところだぞそれは確実に。
「負けてもちゃんと握手が出来るようになるまで試合はダメですよ」
「……!!!!」
怒り心頭の表情である。
「ほら。これで髪さらさらですね。あとはもうちょっとのんびり湯船浸かってください」
ちゃぷん……とお嬢様が一応大人しく沈んで、反対側の端から爪先が出てくる。
「……」
長い髪をぐるぐる纏めてやる。
「気分晴れました?」
「……」
足がじたばたしている。
「……悔しいのよ」
「ええ」
「負けちゃったのね」
「…まあ。そうなりますね」
学園長の話ぶりを聞いているとあくまで『総合評価』の気がしなくもないが……
「…ダメよ。ダニー。私って性格が悪いわ。貴方が思っているより」
「……そうなんですか?」
「悔しいって、一晩で、きっと終わらないもの」
「きっとしばらく性格が悪くて、ご機嫌が斜めだから。覚悟しておいて」
にこーっとする。
「大丈夫ですよ」
「……それは良いのね」
難しいわ、と。奥からタオルと寝巻きを取ってきてやる。
……この人は、湯を浴びたというだけで、天女のように美しくなるなあと。
何だかその見た目に何かが見合っていてほしいと、いやううん、そういうことでも……
何だろうか。
どうしてこの人に期待をしてしまうのだろう。




