気分上々-②
「……確かに本日の講習は使用人棟で行うと言っておきましたが」
「何故お嬢様を抱えていらっしゃるのですか」
「いえちょっと。私用で。」
「………………お嬢様の合意はございますか」
「お嬢様。俺ちょっとこれから執事の講習受けるんですが。」
「外に出ていればいいの?」
「いえ。抱えられたままでいてもらえますか?」
「……」
小さな女の子が抱えるぬいぐるみの位置にお嬢様を抱えている。
お嬢様の頬は赤い。
「これは合意の顔なので。大丈夫です」
「……本日は執事として領地経営の知識を。経営に関する問題は金銭面・人材面・財源の三面から解決するのがよりよいとされ……」
「お嬢様はお家のお仕事手伝ったりするんですか?」
首を振られる。
「お父様が……」
「そうですか〜」
あんまり深く突っ込む話でもあるまい。
「……あの、それで、ダニー」
「はい」
「……どうして、私は、抱っこされているの」
「抱っこは嫌ですか?」
手は繋いだまま下ろすが、そういうことではないという顔をされるので、抱える。
あれかなあ。いちゃいちゃしたいというあれだろうか。
海辺であはは〜待て待て〜って言われながら逃げる側の速度が明らかに追いつける程度の速度になっているみたいな……
まあかわいらしいのでいいが……
「な、何か……」
「下ります?」
「………………」
もだもだうにゃうにゃ頬を赤くしている。下りないらしい。
……胸元のあたりに頭を擦り付けそうになってから理性がどうも静止したらしい。いいのに……
「……あ、あなたの、これからの、お仕事は。抱えていたら邪魔になることも…」
「基本的にはさっきの講習受けたらお嬢様の護衛やら身支度の世話がお仕事ですね」
なんてサイコ〜〜〜〜の仕事だろう……
「なのでずーっとお嬢様を抱っこしていることも可能ですよ」
抱っこ抱っこ言いすぎか……??もうちょっと色気……いや世話を……ただただ世話を今は……
でもなんかもうちょっと男性として見てほしいところもあり。ううん。
お嬢様は大人しくしている。昨日色々あったし。これくらいはしてやりたいのだが。
「とりあえずお部屋戻りましょうか。お嬢様なんだかんだで結局病人ですから……」
「あ!ダニーさ〜〜〜〜〜〜……」
遠くからスカートの裾を持ち上げてメイドが走ってきて、お嬢様の姿を見てはっと姿勢を正して……
「……いえ!今は少し!緊急事態なんです!申し訳ありませんダニーさんこちらに来ていただけますか!?」
「今日はお嬢様着いてきちゃうけど構わねえかい」
「えっ……だ、大丈夫です……!?」
お嬢様はちょっと不満があるような顔をしている。
「なるほど」
「鳥が飛び込んできて!あそこの窓が割れてしまったんです……!」
「鳥は?」
「無事です!」
梯子を使っても中々届かなそうな位置の窓が割れている。広い家はこういう弊害があるのか。
「ガラスはもう片付けたんですが、修繕にたぶん背の高い人の助けが必要で……」
「なるほど。手伝うよ。お嬢様ちょっとだけ。お嬢様ほんのちょっとだけ。ここで待っててくださいね」
「シルフィーお嬢様は危ないので離れていただけますか……」
……お嬢様は不満気な顔をしている。申し訳ありませんほんのちょっとだけ。しかし俺でも届くか……?
「……どうすればいいの?」
「え」
「……?本格的に直すのは別の職人の方を呼びますので。今はとりあえず雨が入らないように布を貼り付けておけば……」
「そう」
……ふわ、と大判の布が浮き上がった。
割れた窓を覆うようにぴたりと布が壁にくっつく。
……お嬢様が首を傾げている。
「…釘を打つんです。四隅に」
「わかったわ」
「それは俺がやります。支えておいてくれますか」
釘やらハンマーが高所から落ちてきたらえらいことになる。お嬢様は不満そうにしているが。
「できるわよ」
「…………………………それでしたら…」
……お嬢様が釘を一本拾い上げる。それがハンマーと一緒に浮いていく……
…途中でゆらゆらと静止する……
「……難しいかも……」
「やりますやりますやります」
空中のハンマーと釘を掴む。それは力を失う。
しばらく後。
「できましたね」
「ありがとうございますお嬢様!」
いやいやまずは確かに。お嬢様に頭を……下げるべきだな。確かに。
「お手を煩わせてしまい……」
「大したことじゃないわ」
「…お嬢様……!」
「お嬢様体調はどうですか。問題ないですか」
「今話す話じゃないと思うの」
そういうのが、なんだか、わかるのだなあ……。この人は。
「わたくし。お嬢様のことを誤解しておりました。てっきりものすごく。怖い人なのかと……」
「……」
微妙な顔をしている。
「お優しくて、格好良い方なのですね!」
「…………………………………………」
それはこのキューティーに対する褒め言葉に…なるのだろうか……
「いいから早く修繕の職人を呼んでくれる?」
「はい!」
「……………………」
好ましそうな顔ではない。とてつもなく何か嫌そうな顔ではあるが。
メイドのアマランダはるんるんと帰っていく。……お嬢様は頭を抱えている。
「……ダニー。」
「はい」
「何かものすごく。勘違いをされた気がするわ」
「奇遇ですね。俺もです」
「駄目ね。もっと威厳を持って、もっと厳しく接さないと……」
なんかお嬢様の風評に関わりそうな気がするので後で正しておこう。
ああいうところから気の緩みが出る、ああいうところというのもなんだが……
「さ。ダニー」
「はい。なんでしょう」
「終わったでしょう?」
お嬢様は両手を前に広げた。
「だっこして」
ん〜〜〜〜〜〜慣れてきたなこのお嬢様………………
「お嬢様実は悪役令嬢って呼ばれてるんですよ。知ってましたか?」
「……」
口を閉ざしている。
「……………………」
眉間に皺を寄せている……あっ聞いちゃいけない話題だったかもしれない……
「そうなのね」
あっ知らなかったのか……。あっ落ち込んでる……
前から、時折、思っていたが。
けっこう批判されると落ち込むタイプのようだ。
「……やっぱりそうなのね」
ギュ……と胸元に近寄ってくる。
「…俺は大丈夫ですよ。お嬢様がそんな風に呼ばれててもべつに……」
いや執事としては相手に怒…ん……んん……???
「……いえ。それならちゃんと。改善したいの。じいやも、お父様も……私を甘やかして大したこと、言わないもの…」
……なるほど。
「……貴方が出来るなら。私、貴方に、厳しくしてほしいわ」
「……自分では、何をどうすればいいか……ちっとも、わからないもの」
……なるほど。
「それじゃあ。脱悪役令嬢、目指しますか?」
「………………」
「……も、もうちょっと、元気になってからがいいわ」
病人だしなあ……。
そんなこんなで入学式である。




