初試合
「……ここが試合場。1回15分。使っていい武器はここにある木製のものだけ」
「ふむ」
「この結界の中に入れば魔法も身体強化もいくらでも自由。結界の外に押し出すか、武器を相手の身体に当てれば勝ち。理解したかい?」
「わかったわ。それじゃあ本番ね」
「ん。おいアビー、大剣取ってくれ」
「……」
短髪のアビーに木製の大剣を投げ渡される。シルフィーは箱の中を漁って杖を見つけたらしい。アビーはここの職員である。試合場を借りる時は審判役を務めてくれるが、しかしアビーは何か物言いたげな表情をしている。
「……どこで引っ掛けてきたの?」
「げふっ」
……強いて言えば受付……?いや引っ掛けた訳ではないが。善意だが。
「お嬢ちゃんこんな奴相手にしない方がいいよ。誰彼構わず声かけては引っ掛けてる口ばっかりの奴だよ」
「おい俺このギルドではだいぶ貢献してる方だぞ」
「でも……試合に付き合ってくれるって聞いて……」
「そんなん誰でも……いや……そんなお人好しは確かにこのギルドではこいつくらいに限られるかもしれない……」
「ぶった斬っちゃろうか」
「はいひと試合15分ねー。はじめー」
けらけら笑いながらアビーがタイマーのスイッチを平手で押す。かちかちとタイマーが回り始めた。お嬢さんは準備万端である。
「早く!」
「はいはい」
まあ15分しかないもんなあ、と思いながら、結界の中に入る。彼女がぶうんと自分の周囲を水の膜で包んだ。
「試したいことがあるの」
「はい何——ッ!?」
結界の端から壁のような水流が押し寄せてきた——逃げ場がない!そういうことか!
こいつ結界全体水流で埋める気だ!彼女の周囲だけは水に埋もれていない——
「舐めんなよ!、」
水流が押し寄せる前に足に魔力を集め、シルフィーの方へ一足跳んだ。水流の勢いが強くなるがそこは剣を身体ごと1回転させてどうにかして、後ずさるシルフィーの前の空間へ着地——彼女はさらに後退り水の中に逃げた。
上空を流れていくように半回転して着地して、それと殆ど同じほどに全ての水流は勢いを失い彼女の指先へするすると収まっていく——狭いと不利だとわかったらしい。たぶん。
杖を邪魔くさそうに持っている。普段使うことがないのだろう。剣のように両手で持った。
ぶくぶくと彼女の周囲に3つほど水球が出来上がっていく。サポートのような位置にある。これから何か動くのだろう。
彼女が髪を邪魔がるように首を振る。
「難しいわ」
「……上等だよ」
もう少し本気でかかってもいいだろう。それともきっかり15分遊んでやるのが情けだろうか?もうちょっと本気を出してやろうか。
「きゅう……」
すぐ負けた。
「だから勝負にならねえだろって言ってたろ?俺は。賭けるまでもねえって」
「いやいや数分持ったんだから。大したもんだろ」
「遊んでたんじゃねえのか?」
まあ遊んではいたが……ギャラリーが出来ている……。
剣を仕舞う。
「なんで見てるんだよ」
「いや大分派手にやってたから。それにお前だったし。ちょっと見ていこうかと思って」
「派手だったけどそんなに強くはないよ」
「魔法使いか。珍しい。大体冒険者なんかにはならずに王宮の方とか研究所とかあっちに行っちまうからなあ……。」
まあこの子も本来はその系統なのだろうが。ちょっと魔法ジャンキーが過ぎて外れているのだろうが。
しばらく待つ。起きない。目を回したままぐでんと横になっている。
「……起きねえな」
「どうする?」
「次の予約の人来てるんですが」
「うーん……」
しばらく考えた。結果。結論を出した。
げらげら笑っていると、隣のお嬢さんが不意にぱちっと目を覚ました。がばっと起き上がる。辺りを見渡している。
「お。起きたか〜」
「だいぶ寝てたな。平気か嬢ちゃん。痛いとこねえか?痛かったら教会行くんだぞって」
「がっはっはわはは」
「ここはどこ」
「楽々亭。酒場だな。お嬢さん成人かい?」
きょろきょろと辺りを見渡して、寝かせていた長椅子の上にちゃんと座り直した。辺りと油ぎった机と椅子を興味深そうにじっと見ている。
「未成年よ」
「じゃあしょうがねえな。姉ちゃんミルク!1杯!」
「はーい!ミルク一丁ー!」
「……今は何時?」
「何時だろうな?」
「時計見ろ時計。ええとこれが6時で。ああそうじゃない5時だから。5時45分だな。夜の。午後のな」
「5時!?」
「随分寝てたなあ」
帰らなくちゃ、と彼女は慌てて帰ろうとする。
「帰るのかい?」
「ええ。急がなくちゃ」
「そんなに早く帰って、あれかい。未成年だから。父ちゃんに怒られたりするのかい」
彼女の動きがぴたりと止まった。
「どうかしらね」
「どうなんだい。そりゃ人の子だから。怒るも怒るかしらってね」
「……そうかしらね。でも別の人には怒られるわ。帰らなくちゃ。……見ててくれてありがとう。……財布とか取ってないわよね?」
「取ってねえよ〜〜〜むしろ守ってたんだから。ナイト様だぞ。もう一回感謝があってもいいと思うぞ俺は」
「ありがとうダニー」
ヒューッ!と口笛が上がる。やんややんや煩え!
鞄を斜めにかけて、扉を開けて、寒い夕方の風を店の中に侵入させてくる。
「また来週ね」
そう言って彼女は立ち去っていった。店の扉が閉まる。やんややんやとしている。
「あれかいあんな簡単に帰しちゃってよかったのかい」
「煩え俺ぁそんなドスケベじゃねえよ。未成年だろ。それに」
「でもタイプだろ。お前。」
……考えてみる。そうだっただろうか?自分はもっと……いやそういう対象ではないぞ?
「そういう対象じゃねえ」
「まあ子供みたいなもんかあ?」
「まあガキだろ。ちっこいし。あんなんじゃ俺のブレードソードが入らねえってなガハハ」
……こんなところに連れてくるべきではなかったかもなあ、と。
ちょっと思わなくもない。未成年だったそうだし。
でもギルドの椅子に寝かせておくのもどうかと思ったし……まだ逆にこういうところの方が安全である。隣に置いておけば何かされることもなかろう。
そのおかげで勘違いされたようだが。勘違い。……勘違い……まあ、一応、親切では、ある。
そういえば彼女を一人で家に帰してしまった。
家はどこなのだろう。次回があれば、次回はちゃんと、帰りを送ろう……。
そう思うと、なんだか眠たくなってくる。気が抜けたのかもしれない。俺も早く帰ろう。