ただの1人の女の子について
どうも猫ちゃんと同じ扱いを受けている気がする。おいで、と言われた。猫か?
……まあ。公爵令嬢さまから見たら……いち平民なんぞ、ペットや何かと同列なのかもしれないが……
「でもその対応はあんまり良くないと思いますよ」
「?」
「人のことをペットみたいに思っていやしませんか?」
「……」
考えている。
「…お、思っては……いない、けれど……」
そうなのか?
「……その、嫌なことがあって。貴方を見て、嬉しくなったから……是非、隣に、来てほしかったの」
「いやかしら?」と。
…ちらりと室内の方を伺う。
「立場的に、問題はありませんか?」
「…そうよね……それは、私が、決めなくちゃ。また……」
何かがあったような表情をして、手元のグラスを両手でくすぐっている。あっ。持ってきちゃったんですかそれ。持ってきちゃったのかあ……。
あとで『じいや』さんとかいう執事に渡して戻しておいてもらおう……いやこの家の使用人の方とかでもいいのだろうが……
……ぎゅ、と、グラスの根本を両手で掴んでいる。
「……ねえ。貴方。もう、痛いところは、ないかしら?」
「?痛くはありませんよ」
「あら、そう」
髪をふぁさっとしている。?口調が変わった。…痛いところ……?
『お嬢様に触れるなこの下郎…』
………あっ。
そうか。
そうか。
まだ覚えていて。まだ覚えていてくれて。
いや。
そこから、進んでいないのか?
「ちょっと派手に転ぶようにはしましたけどね。痛いところなんてもうどこにもありませんよ。」
「無礼よ」
「はい。申し訳ありませんお嬢様。平民の出自故、多少の無礼はどうかお許しを」
「……」
「…………」
「……ああ、もう、苦手、苦手、なの……」
だろうなあ……。
「親切にしたいのに……ちゃんとした、偉そうな口調のまま、どうやって親切にしたらいいのか、……わからなくて……」
これもダメなの……ほんとうは……と、八方塞がりの様子を見せている。ううん。
「……ええと、シルフィー、様」
「?」
「どうしてこんなところに?」
「……私が、悪い子だから、かしら」
シルフィー様は考え込むようにしている。風がさらりと吹き抜ける。
「……ねえ!」
「はい」
「貴方。ダニー。生活に困っていたりはしない?」
「いえ特に……」
「……こ、困っていない?」
「…………」
何故二回言う。
「……新しい労働環境に触れてみたいって、思わない……かしら……」
「要件は何ですか。手短に」
「……わ、わたし……」
シルフィー様が続ける。
「もう屋敷から出られないんですって」
「……」
「もう、外に、行ってはいけないらしくて……でも……」
お嬢様はずるずるドレスの裾が床につくくらい腰を下ろした。
「つまりだからあなたを屋敷で雇うしかないって!そう思ったのよ!」
「間がすっぽ抜けてませんか」
「………………」
お嬢様の頬は赤い。本日はそりゃパーティーなのだろうから、しっかりとされた化粧、肌は普段よりきめ細やか、砂や泥にまみれて髪をぼさぼさにしていたあの頃とは違う。
表情や瞳のみがひどく暗い。
磨けば光るだろうに。
「……う、うちの屋敷で、…護衛として、働かない?……働いて、ほしいの」
「…………」
うーんもう一押し。
「………………どうして?」
「ど、どうして……」
「有無は言わせないわ!ダニー・アーバンクライン!私の元に召使えなさい!」
「権力使うのよくねえと思うんですが」
「えう………………」
その辺の貴族にこんなことを言ったらぶち殺されるだろうが、このお嬢様はそうでもないらしい。
変わり者である。
………………泣き出した。
泣き出した!?!?!?
「や、やだあ……やだあ……やだあ……ダニー……」
「はいはいどうされました一回落ち着……落ち着いて……?落ち着いて…くれ……?」
「私のものになって………………」
思考が止まる。
「さびしいの……私のおうちに来て……私と一緒にいて……私と一緒に来て……」
「わかりましたわかりましたわかりました」
このお嬢様本当に赤ちゃんみたいだな……。抱き上げる。
「……いいの…?」
「はい。まあ職場変更くらい。なんてことはありません」
「……嫌だったら、すぐ、言っ……」
ん?口篭った。
「……わ、私が言うのも、なんだと、思うけれど……大変なことが、あると、思うの。貴族の中で平民が暮らす、過ごすのって、大変なところが、あるらしい、から……でも……」
「いやよ……」
「……あなたと一緒にいられないのなんて、わたし、いや…」
「……んふふ…」
お嬢様は腕の中から飛び降りた。
びしっ!と人差し指をこちらに向かって立てる。
「これでダニーはついに名実ともに私のペットということね!」
「ペットではないです」
「……あら、そう…じゃあ、護衛ね。専属の護衛。私の身を守れるなんて。とっても光栄なことなのよ」
「はい」
「……???」
「……も、もうちょっと、皮肉を言ったり、罵倒したりしてもいいのよ。何か………どこを、見ているの…?」
「お嬢様を守れるということはこのダニー・アーバンクライン大変光栄の極みでござ……」
「と、止まっ……止まった……止まっちゃった……どう、して………………………????」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………すみませんお嬢様」
「ええ」
「少し時間をください」
「もちろんよ……………………………………………………………………………………………………」
早く良くなってね、と。お嬢様がこちらの頭を撫でる。
こうして俺は。
名実共に、悪役令嬢シルフィー・ド・バージリアンの。専属護衛となる道を歩み始めたのである。




