謎の少女-②
城門の前まで辿り着く。門番に通行証を見せて、道脇に並ぶ行商の列を抜けて、平原に出た。大抵低ランクの冒険者はこの辺りで武器の試しをしているものだが……少し抜けたところに、恐らく見覚えのある少女が立っていた。金髪だ。間違いなかろう。金髪などそこまで珍しいという訳でもないが……長い髪は珍しい。
「…水の精霊よ、光の精霊よ……」
詠唱を唱えている。なるほど。魔法使いだったらし——
……地面に影が現れる。バキバキバキ、と大気が凍りついていくのがわかる。影から逃れるように、自然と、一歩二歩と足が後退りを始めて、その全景を視界に収めようとして……
……竜でもひと息に凍りつかせられそうな、巨大な氷の塊が空中に聳えていた。少女が両手を高く掲げている。彼女が片手をぐっと握って離すと、氷は温度を忘れ、ただの水の塊になる。しゅるりと彼女の手元に戻っていった。
「……よし!」
……問題ないわね、と彼女は足を進めていく。……本当に、そんなに、問題がないかもしれない。
こりゃ普通にえらい実力者が来ただけじゃないのか……?と思っているうちに、平原の向こうからぴょこぴょことスライムが現れた。お。倒すと経験値が50くらい出る。ギルドから。
ギルドでは魔物の強さごとにポイントを設定していて、一定量のポイントを集めるとランクアップ、というシステムを取っている。スライムでも20匹くらい倒せばEランクに上がれるだろう。あとは魔石を取り忘れなければ……
「わあ」
……わあ?
「かわいい」
彼女は子供に目線を合わせるようにかがみ込んだ。手を伸ばして、がぶ、と人差し指を噛まれている。
「…バカバカバカバカ」
アホっタレ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
懐からダガーを取り出してざく、とスライムの中心を貫いた。形を失ってスライムはどろりと土の塊に戻って、彼女の指は僅かに皮膚がただれたのみである。オイ!!!!!!!!!!!
「わあ」
「わあじゃないだろうがこのバカ野郎!!!!!!!!!!」
「…………」
急に知らない奴が現れたので恐らく彼女は固まっている。
「スライム見て一発目がわあかわいいな事あるか!!!!!!!!!!!このアホっタレ女!!!!!!!!!愛玩動物じゃないんだぞこっちを殺す気でかかってくるんだぞアンタあと数秒遅かったら完全に指が溶けてたぞ!!!!!!!!!!!!!!!!」
スライムなんて胃液の塊である。身体の割に魔石がデッカくて身体が透明であからさまに狙いやすいから初心者向きなだけだ。ぱちぱちと彼女は指先を見つめている。
「……ごめんなさい」
「おう」
「ありがとう」
「……アンタ、さっき受付にいた子だよな?確かシルフィーさんとか。」
「ええ」
「向いてないからやめた方がいい。」
彼女は一度瞬きをして、ムスッ!とした。
「……危機感が絶望的に足らない。向いてない。冒険者は旦那さんにでも任せてお家だのなんだのでゆっくりしてた方がいい。」
「貴方になんでそんなことがわかるの!?」
「ちょっと見てた」
「ストーカー!」
ぷん!と彼女は腹を立てる素振りを見せる……が、ちらりとこちらを見た。
「……そ、そんなに、危なかったの」
「そうだよ」
「そうなの……そんなに、危ない生き物だったの」
「そうだよ。」
そうじゃなきゃ何で城門城壁なんぞ立てているんだという話だ。
「そうなの……」
「……俺。俺はダニー・アーバンクライン」
「……?そう。私はシルフィー」
「……苗字は?」
「……言わないの。内緒」
「……そうかい。アンタ、なんで冒険者なんかやろうとして?」
カワイイから娼館にでも行ったほうがいい……とは、流石に、言わない方がいいとは。良識が咎める。
「……貴方は。」
「んあ?」
「なんで。どうしてこんなところにいるの?たまたま?たまたまなら、いいけれど」
「……いいや?城門で、明らかに初心者そうな奴が通っていくのを見たから。親切でちょっと見てたんだよ」
「そう……」
優しい人なのね、と。こいつもしやそのままの意味で受け取っていないだろうか……。まあ、いいか……?
「……一応、ギルドの受付から見てたぞ」
「えっ。…ああ!あの人!」
「そうだな」
「そういえば。ダニーさんだったわ」
ころころと笑っている。一応ここは魔物渦巻く初心者向け平原な訳だが。こちらは一応警戒を怠ってはいないわけだが。……大丈夫だろうか……?
……ホントに向いてないんじゃないか……?
「話を戻そうか。……なんで冒険者に?」
「魔物を討伐するのよ!」
「……どうして?勇気か、それともお国のためかい?」
「違うわ!…魔法の修行をするの!」
「……魔法。」
ああそういえば、と。先程の、大きな大きな半影と擬本影のことを思い出す。なるほど。頭でっかちなのだろう。ああ言っちゃったわ、と彼女は恥ずかしそうにしている。のんきな。
「なるほど」
「そう!魔法の修行にはやっぱり相手が不可欠よ!対人戦は出来ないから、魔物を相手にしようと思って!それに貴方の言うとおり国のためにもなるわ!」
「なるほど。」
ばっさりいくことにしよう。
「やめておいた方がいい」
「……」
彼女は首を傾げている。
「……そんなに?」
「そんなに。とりあえず街まで戻ろうか」
こんなところにいると重々危険な人だというのはようやくわかってきた。のんきである。連れて行こうとすると案外素直にこくんと首を縦に振った。素直である。