たった数日分の関係
さて本日もシルフィーはボロ負けであった。
しかし起き上がるスピードが確実に少しずつ上がってきている。今回は15分もしないうちに起きた。この試合で上がっているのは魔法の実力ではなくスタミナなのではないかという気がしてならないが。
しかしまあ魔法の実力に含めてもいいのか……?いいのか……?ともかくまあシルフィーは起き上がった。ふんす!としている。
「さて!今日のお願い事は考えてある?」
「……そうだなあ」
何でも質問に答えてもらう、というのは……彼女は答えないかもしれない。
疑心をいつまでも抱え込んでいるのは好ましくない。けれども。
高級そうな腕輪。東側に続いていった帰り道。
手入れの大変そうな長い髪。いつでも荒れ一つない肌に指先。
……もしそうだったときに、それでは自分は、どうすればいい?
「……考えとくよ。ちょっと待ってな」
「えー!あのね、ダニー、ダニー。貴方のお願い事を聞いた後で、構わないのだけれど……」
「なんだい?」
「魔石を集めるのを手伝ってほしいの!」
少し自信がなさそうに、シルフィーは首を傾げる。
「……いや、だったら、かまわない…けれど…」
「いいよ」
頭を撫でる。
「ちょっと待ってな」
「はあい!」
「何魔石?魔石って。何の?」
「スライム」
「一人で行けると思う」
「一人で行けるよダニー!甘やかしすぎだって絶対!お前が行くほどのもんじゃないって!」
「ダメ」
「過保護ね〜あのおにいちゃん。ね〜」
まあわりと見てもらえているので問題はないだろう。何か評判というか心象が著しく悪くなっているような気はするが……
…そんなに人に嫌われるタイプでもないらしい。
……自分がいなくても、と。
そんなことを思いはするが、別に、そうしたくて思っている訳でもないのだ。
そうなる必要がないのなら、別に。考えもしない。
シルフィーは首を傾げている。
ギルドの受付には執事がいた。
……執事?
「お嬢様を出していただきたいのです」
「あの……。いえ。こちら。ええと……お嬢様……とは?」
「お嬢様はこんなところにいるべきお人ではない。そちらで何をしているのかは知りませんが、即刻手を引いてもらわなければ」
「いえ……あの、…よろしければ、そのお嬢様、のお名前を。お伺いしても?」
「なんと!この家紋を見てもお分かりにならない!?」
受付嬢はクレーム対応の顔をしている。お嬢様。
……お嬢様?
「シルフィー・ド・バージリアン様。シルフィー様がこちらに滞在していることは既に調べが付いているのです。何をお考えかは知りませんが、即刻。こちらにお嬢様を呼び出していただけますかな」
——お呼び出しは、こちらでは行っておらず……
——それではこちらにはいらっしゃらないと?
——い、いえ。一応、居ることは、いらっしゃいますが……
——シルフィー様、で、よろしいでしょうか。
本当に?と。
呟いた受付嬢の言葉が、恐らく一番真実に近い。
現在の、状況を表す言葉において。
受付嬢の視線を察したのだろう。
「……奥にいらっしゃるのですな」
「えっ。え、ええと」
「入らせてもらいますぞ」
執事は建物の奥へ入っていった。仕立ての良い、発光しているような裾の長い黒スーツ。歩いているだけで人が避けるような存在感……
……。
ただ、見守ることしか出来ない。
僅かに静寂が続く。
「やーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!」
「帰らない帰らない帰らない帰らない!私これから用事があるの!自主学習の時間なんだから何していたってかまわないでしょう!?!?魔法の勉強!勉強なんだから!」
「護衛もつけずにこんなところまで来ているのが問題だと言っているのです!」
「だって私が来たいって言っても絶対連れてきてくれなかったでしょう!?ましてや街の外なんて…あ」
「街の外に出たんですか!?お一人で!?!?」
シルフィーはかつこつと……ただのブーツなのに、踵を鳴らすように歩いてきた。
執事らしき男を侍らせているのがやけに似合う、と、いうより。
……それが、当然であるかのように、シルフィーは…彼女は、歩いている。
彼女も自分の失言を流石に悟ったような表情をしていて。
「……帰りますよ」
「や、やーっ……あ!そう!そうよ!護衛ならいたわ!私とっても優秀だから!自分で私を多少なりとも守ってくれる人、ちゃんと見つけてるのよ」
彼女がこちらの腕を掴む。
「この人!どう?ギルドの中でも優秀な人なんですって、それにとっても優しくて、きっと貴方だって気に入——」
腹を丸ごと蹴り飛ばされた。
「…………え?」
「お嬢様に近付くなこの下郎」
「……え、な、なんで、なんで…」
「お前ごときが軽々しく触れていいお相手ではない。帰りますよ」
…受け身も取らなかったのは、取れなかったからではない。
……シルフィー・ド・バージリアン。間にドの音が入るのは、入れるのは…貴族の名前の象徴。
逆らってはいけない、という大前提が…使用人にまで適用されるのか、どうか、わからないが。わからないなら適用しておいた方がいい。
びくびくと震えてこちらに手を伸ばすことを躊躇う、正しく理性でこちらに触れない手にも…だから、本来は。逆らってはいけない。
「……あんまり駄々を捏ねるようですと、このじいやが引きずってでも屋敷に戻させますが」
「……い、い……」
彼女は何一つ出来ないでいる。床の上に座り込んだまま動かないシルフィー様を、執事が手を取って立ち上がらせた。人形のように彼女は動く。
執事が彼女のフードを下ろす。優美に広がる、腰まで届くような長い金の髪。青緑色の瞳。
「公爵令嬢として、どうか立場に見合った行動を。お嬢様」
彼女は黙ったままでいる。今日は軽口は叩いてくださらないのですな、と執事が言う。
それきりだ。




