08_血の繋がらない兄の正体
封印が解けたギノと会って話をしたあと、ウィンターは公爵邸に帰った。
断罪の場に家族はいなかったが、恐らく、騒動のことはもう耳にしているだろう。そもそも、父はウィンターの断罪について、以前から納得していたようだし。
その日の夕食。食堂は贅沢な装飾が施され、白いクロスが敷かれた長いテーブルに、所狭しとご馳走が並んでいる。そこに、家族がすでに揃っていた。主人の席に座った父が、立ったままのウィンターを見据えながら言う。
「早く座りなさい」
「は、はい」
彼に促され、ウィンターは遠慮がちに椅子に座る。これまで、家族と一緒に食べずに部屋でひとりで食事をとっていたウィンター。前世の記憶を思い出してからも、悪役令嬢ウィンターの習慣を引き継ぎ、家族との食事には参加しなかった。
しかし今日は、父に食堂に来るように言われたのだ。
悪役令嬢として、これまで散々家族に迷惑をかけてきたこともあり、とても気まずい。
ウィンターは誰とも目を合わせずに椅子に座り、とりあえずスプーンを手に取った。
すると、母が痺れを切らしたように口を開く。
「あなたがふたり目の聖女に選ばれたと聞いたわ。ステラ様は覚醒して、あなたは未覚醒なのに、一体どういうことなの……!?」
母の隣で、兄のユアンが黙々と肉にナイフを入れている。父も食事に集中していた。
ギノの石像に祈っていたことや、前世の話をするとややこしくなりそうなので、ウィンターは適当にはぐらかす。
「私にもよく分かりません。でもひとまず、処刑を免れてよかったです」
「本当よ……。断罪騒動のこと、さっき報告を受けたわ。あなたはわたくしに一体どれだけ心配をかければ気が済むの……っ!?」
「ごめんなさい……」
「とはいえ、あなたが聖女に選ばれたのは、エヴァレット公爵家にとって名誉なことだわ。おめでとう。しっかり務めなさい」
これまで、父はウィンターの素行に呆れ、諦めきっていた。だが、母は表面上は諦めたように振舞っていても、心の底ではウィンターの更生を望み、いつも心配していた。母の声に、どこか嬉しさが滲んでいる。
「……頑張ります」
頑張ります、と言ったものの、ウィンターは聖女の器ではない。ステラと違って真の聖女に覚醒していない、凡人の中の凡人。ギノがウィンターを生かすために任命した名ばかりの聖女だ。
しかし両親やユアンは、ウィンターがギノが封印された石像に通い詰めていた経緯を知らないため、ウィンターが才能を見込まれて聖女に選ばれたと勘違いしているだろう。
すると、今度は父がナイフを置き、ナフキンで口を拭いてから言った。
「聖女になったということは、これまで以上に世間の注目が集まるということだ。くれぐれも、家門に泥を塗らないよう、気を引き締めなさい」
「……はい。分かっています」
父は一度ウィンターを見限って、処刑に同意した人だ。彼の冷徹な眼差しに、背筋に冷たいものが流れる。ウィンターが気まずそうにしていると、父は続けて言った。
「ユアンも兄として、ウィンターに何か言ってやりなさい」
白羽の矢が立ったユアンは、ナイフを持つ手を止めて、こちらを見つめた。
絹糸のような銀髪に、長いまつ毛が縁取る青い瞳。クールな雰囲気のギノとは対照的な、爽やかで柔和な雰囲気がある。彼はいつもにこにこしていて社交的で、評判も良いが、何を考えてるのか分からない掴みどころのなさがある。
だが、ゲームの攻略対象のひとりなだけあり、ユアンも相当な美形だ。彼は、エヴァレット公爵家の養子であると同時に、氷を司る序列第五位のラピナス神だ。
ユアンは、爽やかに微笑みながら告げた。
「ウィンターに聖女は務まらないと思うよ」
「「「…………」」」
励ましや応援ではなく、ウィンターを容赦なく斬り捨てる厳しい言葉だった。
両親がウィンターが聖女になることを割と肯定的に受け入れていた中で、ユアンの優しげな声が、重く食堂内に響いた。
◇◇◇
ユアンのひと言によって、食卓はすっかり重い空気になってしまった。食事を終え、逃げるように食堂を出たウィンター。自室へと急ぎ、廊下を歩いていると、後から声をかけられた。
「――偽聖女」
「は、はいっ!」
その呼びかけに、咄嗟に振り向くと、ユアンが立っていた。
(――って、返事なんかしちゃだめでしょ)
ユアンの部屋とウィンターの部屋は逆方向なので、食堂からわざわざウィンターを追いかけてきたのだろう。
「返事をしたってことは、自分が聖女じゃない自覚はあるんだ?」
「ち、ちがっ……これは反射的に――きゃっ!?」
すると、ユアンはつかつかと歩み寄ってきて、ウィンターを壁際に追い詰めた。
彼は両手を壁につき、ウィンターの顔を冷たく見下ろしている。ウィンターはユアンと壁に挟まれた状態になり、逃げ場をなくしてしまう。
ウィンターは小さく息を吐き、ユアンを見つめ返す。
「私が神託で聖女になったのは、お兄様も聞いたでしょ」
「覚醒してない聖女は聖女とは言えない。それに、一国に聖女はひとりしか存在しちゃいけない決まりだから」
なんだか、面倒な相手に絡まれてしまった。ユアンが養子になったのは何年も前だが、ウィンターとの仲は最悪で、ほとんど会話をしてこなかった。
この場を切り抜ける方法はないかと、考えを巡らせる。そして、彼の反応をうかがいながら言った。
「でも、神託は絶対。それを否定するのは……神への冒涜なのでは」
「ふうん。言うね」
ユアンは掴みどころのない笑顔に凄みが乗り、ウィンターはすっかり弱気になる。頬を引きつらせ、目を逸らしながら訂正する。
「ぼ、冒涜はちょっと、さすがに言いすぎた、かも……はは」
すると彼は、ウィンターの顎をすくって強引に目を合わせる。
「本来、聖女は神界の総意で決められる。でも、第二神ギノは今回、掟を破って独断で聖女を表明した。これは前代未聞の事態だ。世を混乱させないように、ウィンターは辞退しなさい」
「それは、できない」
聖女を辞退すれば、『人々を混乱させた罪』が成立し、神意に背いた罪で罰せられる。せっかく生き延びたのに、罰せられるのは嫌だ。死を回避するには、このまま嘘を突き通すしかない。ウィンターには、選択の余地がないのだ。
「往生際が悪いね。君は聖女じゃないって言ってるのが分からない?」
「それより、どうしてあのお告げがギノ様の独断だと知ってるの?」
ユアンはわずかに戸惑い、間を空けてから答えた。
「神殿で噂を聞いた」
「それが真実ならとっくに大騒ぎになってるはず。本当の理由はお兄様が……神様だから、だよね。第五神――ユアンリード様」
「……!」
彼の正体を知っていることが、交渉に使えるかもしれない。
ユアンは目を見開いた。そのあと、形の良い唇でゆるりと三日月を描く。
「うん。そうだよ」
ユアンの瞳の奥が、好奇心に揺れたのをウィンターは見逃さなかった。それはまるで、子どもが面白そうな玩具を見つけたときのような反応だった。