07_シナリオと違う断罪騒動
「ウィンター。そなたは聖女を偽称するという許されない罪を犯した。よって、そなたとの婚約を解消し、新たに聖女ステラと婚約を結ぶ」
ウィンターが前世の記憶を思い出してから、半年。とうとう、公開断罪の日を迎えた。数日前の聖女認定式では、乙女ゲームのシナリオ通り、『真の聖女はステラ』という神託が下りた。そして、ステラは儀式を通して神に力を授けられ、聖女として覚醒した。
ステラの手には、聖女のために神から授けられた杖が握られている。
「そなたは偽物として、人々を混乱させた。その罪は重い。よってウィンター、そなたに処刑を命じる!!」
レビンが声高らかに宣言すると、広間にいた人々はざわめき始めた。ざわめきの中で、ウィンターは処刑宣言をただ静かに受け止める。
(頑張ってきたつもりだったけど、結局、何も変えられなかった)
今日まで心の準備を散々してきたものの、いざ現実になってみると、処刑への恐怖から手足が震えた。全身の血の気が引いていき、ここに立っている感覚すらおぼろげで。
すると、あちこちから「処刑が妥当だ」という声が漏れ始めた。
「最近は、心を入れ替えて頑張っていたようだけど、聖女を偽称するのは最悪ね」
「神への冒涜を死んで償うのは当然だ」
「若いのに可哀想だが、仕方ないことだろう」
多少の憐れみの声もあったが、レビンもステラも、両親も神官たちも、この場にいる全ての人々がウィンターの処刑に賛同し、ウィンターが死んで償う結末を望んでいる。
ウィンターは淑女の礼を執り、冷静に答えた。
「処刑を受け入れます」
そう答えるしかなかった。ウィンターの返答に、レビンとステラは安心した様子で互いに顔を見合わせている。
だが、騎士たちがウィンターの腕を拘束し、広間の外へと引きずり出そうとした直後――
『その必要はない』
広間にいる全員の頭の中に、声が響いた。シャンデリアの灯りが消え、昼間にもかかわらず、外が夜のように暗くなった。突風が吹き、窓ガラスがカタカタと揺れ始める。遠くでカラスが妖しげに鳴き、雷の音がどこかから聞こえた。
「な、なんだ、この凄まじい神気は……っ」
「新たな神託が下りるんだ!」
強い神気に当てられ、敏感な神官たちは床に倒れ込む。
そして、低い男性の声が、人々に告げた。
『ラピナス十神序列第二位ギノの名において、ウィンター・エヴァレットをふたり目の聖女として認める。以上』
ギノは五百年もの間席を外していた、強く偉大で冷酷な神だ。人々は畏怖に押し潰され、息を呑んだ。
お告げの直後、窓の外の暗闇は明るくなり、シャンデリアの蝋燭も再び灯った。
どの時代も、どの国でも、聖女はひとりしか存在してはならない決まりがあった。前代未聞のふたり目の正式な聖女の誕生に、一同は騒然とする。ウィンターが神に聖女として認められた以上、もはや処刑など許されるはずがなかった。それこそ、神への冒涜となってしまう。
神の意思は絶対。それがこの世界の理だ。
人々の視線が一斉にウィンターに集まる。予想外の展開に驚いているのは、ウィンターも同じだ。「何か言ったらどうだ?」という人々の圧を感じたウィンターは、困ったように眉尻を下げる。
「とりあえず、処刑は無し、ということでいいんでしょうか……?」
「「…………」」
問いかけてみるが、誰も答えない。すると、ステラが悲鳴のような声を上げた。
「そんなの、認めません……っ! わたくしと彼女が同じ扱いだなんて耐えられないです。それにわたくしは、レビン様のことが……っ」
ステラはレビンに寄り添いながら、わっと泣き崩れてしまった。聖女がふたりということは、彼女が独占しようとしていた名誉を、ウィンターと分け合わなければならない。納得できないのも当然である。
レビンは、困惑した様子で言う。
「ここにいる皆が神託を聞いた以上、その意向に従わなくてはならない。断罪は撤回する。そして、私との婚約も継続――」
「待ってください」
レビンが婚約破棄の取り消しを言いかけたところで、ウィンターは片手を上げて、それを遮った。
「婚約解消は受け入れます。これまで私がレビン様に迷惑をかけてきたのは事実ですから。なので、レビン様の望むお相手と結婚してください。それでは、ごきげんよう。今日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
ウィンターは潔く身を引き、広間をあとにした。
聖女候補を偽称していたと思われていたウィンターが、序列二位の神に聖女として認められたことに、人々は衝撃を受けている。そして、レビンとステラに対して、疑念を抱く声が上がった。
「王太子殿下は、ウィンター様にこれまでかなり辛く当たっていたと言われている。王族の義務は聖女を敬うことなのに。ステラ様と禁断の恋に落ちていたという噂も本当のようだしな」
「ああ。他人の男を奪う聖女は果たして信用できるのか?」
ウィンターひとりを悪者として吊し上げようとしていたレビンとステラは、ふたりとも決まり悪そうに顔を伏せる。
そうして、断罪騒ぎは幕を閉じたのだった。
◇◇◇
パーティーから抜け出したあと、その足で例の森へと向かった。パーティーで神託を告げたということは、ギノの封印が解けたのだろう。
森の奥へと進み、木々を掻き分けて石像がある場所に足を運んだ。
石像は崩れ落ち、土台だけが残っている。その前に、これまで見たことがないほど、美しい男性が立っていた。
艶のある黒髪に、筋の通った鼻梁、薄い唇。陶器のよう滑らかな肌。闇を吸い込んだような黒い瞳……。全てのパーツが完璧に整い、完璧な位置に配置されていた。
(やっと、会えた)
彼こそ、第二神ギノだ。前世で乙女ゲームをプレイしていたウィンターは、彼の姿を知っていた。
「――ウィンター」
低くて優しい声に名前を呼ばれた瞬間、爽やかな風が吹き抜け、ウィンターの心ごと揺らした。
「はい。はじめまして、ウィンターです。神様……ですか?」
緊張しながら確認すると、ギノは頷く。ウィンターは彼のもとに駆け寄った。
「よかった……封印が解けたんですね」
「ああ」
「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
「他人の罪を背負う必要はない。罪のない人間を裁くことは、神界の掟にも反する。俺は神界の掟に従っただけだ」
「私の話を信じてくれるんですか? 嘘かもしれないのに……」
「嘘?」
「ほら、前世がどうとか、乙女ゲームとか、悪役令嬢が……とか」
「お前は嘘を吐かないと信じている」
ギノはまっすぐにこちらを見つめて言った。彼は、転生したなんて突拍子もない話を信じてくれているのだ。
聖女にならなければ、レビンの言う『人々を混乱させた罪』が成立してしまうので、本当に危機一髪だった。
「でも、私は本物の聖女じゃないです」
「お前は世界を救ったのだから、聖女と言っていいだろう」
「じゃあ、世界滅ぼすのはやめたんですね?」
するとギノは立ち上がり、こちらを見下ろした。
「世界を滅ぼすのはやめた。代わりに、俺はお前の願いを叶えるために存在することにした」
「へっ……!?」
「どうやらお前はかなりの不幸体質らしいからな。幸せにしてみたくなった。お前が幸せそうに笑うところを見てみたい」
「どうして、神様が私のためにそこまで……」
「お前が語りかけてくれて、孤独だった俺は救われていたからだ。お前がいたら寂しくない。むしろ、いてくれなくては困る」
「!」
自分が必要とされていることが、何より嬉しい。ウィンターはふわりと微笑んだ。
「お役に立てていたなら、嬉しいです」
「これからどうしたい?」
「やってみたいことは沢山あります。ウィンターとして生きていく以上、汚名は返上しないとですし」
「ああ、力を貸そう。他には?」
「ふふ、神様には私の願いを沢山お話したでしょう? 私のことなら何でも知っているくせに」
いたずらに微笑むと、ギノは身をかがめてウィンターの顔を覗き込んだ。長いまつ毛が縁取る黒い瞳に射抜かれ、心臓が跳ねる。
(ち、近いし……顔が、良すぎる)
ギノはウィンターを見つめたまま、真剣に言う。
「――恋人がほしいと言っていた」
「い、言いました……けど」
彼はおもむろにウィンターの片手を取り、手の甲に優しく口付けを落とした。
「ひゃっ……!?」
唇が触れた場所がくすぐったくて、熱くて、甘い痺れが全身に広がる。
顔を上げたギノと視線が交錯し、ウィンターはどきどきしすぎて目眩がした。
「なら――候補に俺を入れておけ」
「!」
もしかしたら、ウィンターはとんでもない相手に捕まってしまったのかもしれない。
「まずは、友達からお願いします……っ。神様」
「ギノでいい」
「ギノ……さ、ま」
真っ赤になりながら、弱々しく答えるので精一杯だった。
冬佳の人生で、病床に臥している間に『幸せな人生を生きたい』と神に何度も何度も願っていた。冬佳の祈りは、ウィンターに転生してようやくひとりの神に届いたのだった。
嫌われ者のウィンターは努力の甲斐があって、やがて聖女として人々に尊敬されるようになる。そして、ウィンターが目の前の神に重たく愛されて幸せになるのは、まだ少し先のお話。
(どうやら、私が死んで償う結末を望まない人がここにいたようです)