24_聖女の功績
対になっている指輪には、ウィンターの危機をギノに伝える力がある。ウィンターが呼ばずとも、危機に気づいて慌てて駆けつけてくれたのだろう。
彼はウィンターを横抱きにし、治癒魔法をかけてくれた。
つい先ほどまでの苦しさが、一瞬で軽くなる。
パチパチと火の粉が弾ける音が鼓膜を掠める中、ウィンターとギノは見つめ合う。
「それは、その……けほっけほ」
「今は喋らなくていい。話はあとでゆっくり聞かせてもらう」
嘆息したあとで彼は、「息を止めろ」と続けた。
言われた通りにすると、ギノは片手をパチンと鳴らした。すると、周囲の音が一瞬にして消える。
音だけではなく――火も消えていた。
(何が起きたの?)
そう思った直後には景色が変わり、宝物庫の外にいた。
「ウィンター様……っ!」
「ご無事ですか!?」
ウィンターたちの姿に気づいたリマとアメリー、エリアノが急いで駆け寄ってくる。
ギノは三人の前で、ウィンターを地面に下ろした。
「平気。みんなこそ怪我はない?」
「私たちは大丈夫です。あれ……ギル先生がどうしてここに? 今日は別の施設に行ったのでは」
アメリーが不思議そうに尋ねる。
宝物庫の引率は、ギノではなく別の教師だった。
神界では瞬間転移という高度な魔法があり、恐らく彼はその魔法でここに来たのだろう。だが、ギノが神であることを隠している手前、その推察を安易に口にするわけにもいかない。
「た、たまたま通り掛かったんですよね?」
「ああ」
無理のある言い訳に、三人がいぶかしげな表情を浮かべる。誤魔化しきれない雰囲気に、ウィンターは話を変えた。
「ええと……みんなが無事で本当によかったよ」
すると、ウィンターたちもとにリゼットがやってきた。
エリアノがウィンターを庇うように前に立つ。彼女はこちらに深く頭を下げた。
「今までの非礼、心からお詫びいたしますわ。本当にごめんなさい。そして……」
リゼットは顔を上げ、ウィンターの手を包み込むようにして握った。
「助けてくださってありがとう」
彼女の声も手も震えていて、火事がよっぽど怖かったのだと分かった。だが、ウィンターの手も震えていて、だんだんどっちの震えなのか分からなくなってきた。
「もうこれで、お互いのわだかまりはなしね」
できればこれからは教科書を破るのをやめてほしいなと苦笑する。すると次は、それまで黙っていたエリアノが口を開いた。
「すみません。僕、何もできなくて」
「そんなことないよ。リマたちを外に連れて行ってくれてありがとう。おかげでリゼット様を助けに行けたし」
今ひとつ腑に落ちない様子の彼が再度口を開きかけたとき、どこかから子どもの泣き声が聞こえてきた。
辺りを見渡すと、その子ども以外にも怪我人が多数いるのが目に留まる。
「手当てしないと。ギル先生、手伝ってください」
「ああ」
神界の教義では、信仰心の強い者から順に助けていくべきとされているが、ウィンターは怪我人全員に、惜しみなく覚えたての治癒魔法を施すのだった。
◇◇◇
そして。
帰りの馬車の中で、ウィンターはギノに詰められていた。
「あ、あの……ギノ様、これは」
ギノは、座席に座るウィンターに壁ドンをしてじっとこちらを見つめてくる。
彼の無機質な黒の双眸から、怒っているのが伝わってきた。
「で、なぜ俺を呼ばなかったか説明してもおうか」
「そ、それはその……いつもギノ様を頼ってばかりだから、たまには自分でなんとかしようって。ちょっとでも、ギノ様にふさわしいところ、見せたくて……」
でも結局彼に迷惑をかけてしまい、申し訳なくなってくる。ちなみに、先ほど一瞬で消火されたのは、宝物庫の酸素を消したからだと説明された。
しおしおとそう打ち明けると、ギノは困ったように眉尻を下げた。
「そんなことだろうと思った。だが――」
彼は、煤で汚れたウィンターの頬を撫でながら言う。
「お前が頑張っているのはちゃんと見ているし分かってる。だから、頼れ。俺を、恋人が困ったときに駆けつけられない無能な神にする気か?」
「こいびと……」
「照れるな。怒ってるんだぞ」
「へへ、だっていい響きだなぁって」
「……ったく」
彼は壁から手を離し、ウィンターの顎をそっと持ち上げる。
「分からせないとな」
「……!? ん――」
軽く口付けられたウィンターは目を丸くする。触れるだけの口付けのあと、彼は一度唇を離すが、今度は呼吸ごと吸い込むように深く口付けてくる。
肩を撫でられて、強ばっていた体の力が抜けていく。
「キスだけじゃまだ足りないか?」
「……っ。も、もう十分分かりましたから……」
「俺を動かせるのもお前の才能だと思えばいい。いいな、困ったら俺を呼べ。海の中でも、土の中でも」
「そんなに甘えたら、罰が……当たりませんか」
「当たらない。罰を与える奴がいたら、そいつからも守ってやる」
ギノは吐息がかかるほどの距離で囁き、ウィンターの頬を手で包み込んだ。
◇◇◇
例の火事の噂は、瞬く間に広がっていった。聖女ウィンターの避難誘導によって全員が外に逃げられたこと、そしてウィンターが治癒魔法で身分に関係なく多くの怪我人を癒したことが話題になっていた。
本来であれば、貴族が優先的に聖女の力の恩恵を受ける権利がある。神の教えに背いたウィンターは、貴族から非難された一方で、平民からの支持は急激に上がっていった。
「聖女様だわ」
「お姿をひと目見ることができて、なんてありがたい」
火事の数日後に街に出かけると、ウィンターは街の人たちに歓迎された。
街道を歩くウィンターの背筋も、心なしかいつもより伸びている。
「随分と人気者だね?」
「まぁね」
ユアンにそう言われ、ウィンターはふんと鼻を鳴らしてみせる。
隣でユアンが微笑むと、周りの人たちの注目は一瞬にして彼に移った。
「きゃあ何あの人!? かっこいい……!」
「今の笑った顔見た? 眩しすぎる……」
ウィンターがようやく日の目を浴びたというのに、あっさりと美味しいところを持っていく兄に、半眼を向ける。
「あの……私、完全に空気なんですけど」
素敵なお兄様のせいで一秒で人々の視界から弾かれる。ウィンターは、自分の顔に『モブ』の表記が貼り付いている幻覚が見えた。
対するユアンは、街の女性たちに優美に手を振り、愛嬌を振りまいている。
「ん? なんか言った?」
「別に。ていうか、どうしてお兄様がついてきてるの? 今日はエリアノとの約束なのに」
学園祭を来週に控え、ウィンターとエリアノは発表資料の最終仕上げをすることに。
ふたりで放課後に学園近くのカフェに行くことになったのだが、ユアンが当たり前のようについてきた。
「だからだよ。ほら、男とふたりきりだとギノが嫌がるでしょ」
「何それ。私じゃなくてギノ様への配慮?」
なんだかよく分からないまま流され、ウィンターはユアンを連れてカフェに向かった。
ウィンターとエリアノは、ユアンに手伝ってもらいながら、カフェで研究発表の準備をした。
ユアンには、発表原稿を添削してもらうことに。
「ここの表現は冗長すぎ。てか、誤字脱字多すぎ」
ユアンの手により、原稿は無数のチェックで赤く染まっていく。
ウィンターは飲み物がなくなったので、注文しに席を立った。
発表資料にペンを入れていたエリアノが言う。
「手伝っていただきありがとうございます。お兄さん」
すると、ユアンはペンを動かす手を止め、エリアノに目を向けた。
「僕、君のお兄さんになった覚えはないけど」
「す、すみません。別にそういうつもりでは……」
ユアンはペンをテーブルに置き、頬杖をついた。
「前から気になってたんだけどさ、エリアノ君て妹のこと好きなの?」
「……!」
エリアノの顔が真っ赤になったのを見て、ユアンは全てを理解した様子で続けた。
「なるほどね。でもあいつ、好きな人いるよ」
「……分かってます。薬指に指輪がついてたのでそうじゃないかなって……。どんな人なんですか?」
「厄介な男だよ。でも、ウィンターへの思いだけは本物」
「もしかして……ギル先生、ですか」
その問いに、ユアンはわずかに眉を動かした。
「へぇ、どうしてそう思うの?」
「おふたりが話しているときの雰囲気……でしょうか。恋人同士に見えたんです。それに、ギル先生はウィンター様をとても気にかけているようだったので」
「さぁ、どうだろうね」
ユアンはゆるりと口角を持ち上げて、否定も肯定もしなかった。それから、楽しそうに尋ねる。
「で、どうするの? 諦めるの?」
テーブルの向かいに座るエリアノは、膝の上で拳を握って続けた。
「諦めるも何も、最初から身分が違いますし……。ウィンター様は聖女で、特別な存在です。僕には、ウィンター様を助けられるような力はありません。それに、ウィンター様が好きな人と幸せになるなら、それが僕にとっても一番ですから」
そう殊勝に語るエリアノ。
心が揺れるのを感じていると、エリアノが続けた。
「お兄さんこそどうなんですか?」
「だから僕は、君のお兄さんじゃ――」
「あなたも本当のお兄さんではないんでしょう。おふたりは、血が繋がってないんですよね」
それを聞いて、ユアンはエリアノが言わんとしていることを理解した。
血が繋がっていなければ、兄弟であっても、手順を踏めば結婚することができる。エリアノは、「あなたこそウィンター様をどう思っているんですか」とほのめかしているのだ。
「ふ。冗談はやめて。誰が色気も教養もない、馬鹿で間抜けな妹なんて」
「誰が色気も教養もない、馬鹿で間抜けな妹ですか? ――お兄様」
引きつった声に振り向くと、額に怒筋を浮かべた妹が立っていた。




