05_世界が滅びる原因
神官に言われた言葉が胸に引っかかったまま、ウィンターは祭壇室を出た。白亜の柱が並ぶ廊下を歩き、建物の外へ向かって足を進める。
廊下の途中で、一室の扉がわずかに開き、その隙間から明かりが漏れているのが目に入った。そこは神像室で、神の像が管理されている部屋だ。とても神聖な場所なので、一般人は入ることができない。
「ウィンターは――だ」
「――です。だから……」
扉の隙間から、男女の会話が聞こえてくる。話している内容は分からないが、『ウィンター』と自分の名前が耳に入った。
(私の話?)
悪名高いウィンターの話ということは、どうせ悪口だろう。気になって立ち止まり、部屋を覗いてみると、そこにはレビンとステラの姿があった。
「でも、さすがに処刑はやりすぎでは?」
「ウィンターがしたことを思えば、妥当だろう。力もないくせに聖女を名乗り、そなたやみんなに迷惑をかけた。聖女の偽称は、神々への冒涜に等しい」
「ウィンター様が聖女ではないのは確定ですか?」
「ああ。神は私に直接、ウィンターは偽物だとおっしゃった。そして、聖女認定式で人々にも同じことを告げるそうだ。処刑について、エヴァレット公爵家もすでに了承している」
神の子孫と言われる王家の血を引く者は、神の声を聞くことができる。レビンも子どものころから、その特別な能力を持っていた。
「でも……なんだか気の毒ですね」
「ステラは相変わらず、お人好しだな」
ふたりの会話の内容に、ウィンターは震え上がった。
(そ……っか。もう、私の運命は決まってるんだ)
無意識に片手を首に伸ばし、そっと触れる。半年後には、この首とお別れしなくてはならないと思うと、背筋がぞわぞわと粟立った。
一方、ウィンターが盗み聞きしていることに気づかないステラが、続けて言う。
「だって、ウィンター様が嘘を吐いたのは、レビン様に好意があるからなのでしょう?」
「迷惑な話だがな」
レビンは忌々しげに言い、ウィンターの恋心を一刀両断に斬り捨てた。
彼は、ステラの両肩に手を置く。
「ウィンターが断罪されれば、婚約も解消される。その後、私は正式にそなたに求婚するつもりだ。私が愛しているのはそなただけだ。ステラ」
「レビン様……」
ステラはほんのりと頬を染めて、肩に置かれたレビンの手に、自身の手を遠慮がちに重ねた。
「……はい。私、レビン様と婚約できる日を楽しみにしています」
シナリオ通り、ふたりは禁断の恋に落ちているようだ。逢瀬を交わす彼らの様子を見ても、やっぱり胸は痛まなかった。レビンのことが大好きだったのに、前世の記憶を思い出したことで、ウィンターの人格と一緒に恋心もどこかに消えてしまったらしい。
しかし、ふたりがウィンターの断罪を待ち望んでいるのが伝わってきて、複雑な気分が胸に湧いてきた。
(私は、邪魔者でしかない)
早くこの場から去ろう。そう思って、踵を返そうとしたとき、つま先が扉にぶつかり、ごんっという音が響いた。その音に反応したレビンが、はっとしてこちらを振り向き、「誰だ!」と声を上げて扉を開けた。
「ウィンター……っ。まさか、今の話を聞いていたのか……?」
レビンの背後で、ステラが口元に手を添えながら青ざめている。
ウィンターは少し沈黙したあと、首を横に振り、困ったように微笑んだ。
「いいえ、何も」
「……そうか。測定が終わったならもう帰りなさい。私はステラを送っていく」
レビンは安堵した表情を浮かべ、ステラとともに神像室を出て行った。
◇◇◇
茫然自失となっていたウィンターは、無意識に神像室に足を踏み入れていた。部屋の奥に、ラピナス十神のうち、九体の白い神像が並んでいる。唯一、序列第二位のギノの像だけがなかった。
ウィンターはよろよろとおぼつかない足取りで、神像の前まで歩み寄り、へたり込んだ。足に触れる冷たい大理石の床が、ウィンターから体温を奪っていく。
(どうして、こんな思いをしなくちゃいけないの?)
気づけば、涙が溢れていた。どうして、断罪目前の悪役令嬢に転生してしまったのだろうか。病気との戦いばかりだった冬佳の人生が終わり、健康な身体に転生したのに、先は短そうだ。
神なんて、本当にいるのだろうか。
両手で顔を覆い、ひとしきり泣いたあと、袖で涙を拭って、ぱんっと頬を両手で叩く。
「泣くな、私」
たとえ、断罪を回避する可能性が限りなく低かったとしても、諦めたくはない。自分の運命を変えるために、少しでも足掻いてみたいのだ。
ウィンターはポケットから、四つ折りの紙とペンを取り出し、床に置いてメモを確認した。
この紙には、乙女ゲーム『ラピナスの園』のシナリオと、攻略対象のリストが書かれている。前世の記憶が蘇ったときにウィンターがメモしたものだ。
現状、王太子レビンルートに進んでいるが、このままだと結末は――バッドエンドだ。
実は、レビンルートでハッピーエンドを迎えるには、ヒロインのステラが、悪役令嬢ウィンターと仲良くなっておく必要がある。きっとどこかで分岐を間違えたのだろうが、ここまで関係がこじれてしまっては修復は難しそうだ。ウィンターの処刑が決まった時点で、バッドエンドが確定する。
(もっと早く前世の記憶が戻っていれば……でも、今からでもできることが、きっと何かあるはず。きっと……)
メモを見下ろしながら、顎に手を添えて考えを巡らせる。王太子やヒロインを含む周囲の人々は、みんなウィンターのことをすっかり嫌っている。こんな嫌われ者が、頼れる相手がいるのだろうか。そこでひとり、思い浮かんだ。
(私と同じ、嫌われ者の神様なら)
嫌われ者の神、ギノはこのゲームのラスボスだ。
ラピナス十神のうち序列第二位である彼は、現在――石像に封印されている。ギノはどのルートでもラスボスとして君臨し、ハッピーエンドではヒロインと攻略対象たちに再封印され、バッドエンドでは――世界を滅ぼす。
数年前の予言の、世界が滅びる原因は――ギノなのだ。
彼は闇を司る神で、魔物たちを支配していた。はるか昔、魔物による被害が拡大したことで、人間は魔物の王であるギノを恨み、封じたのだ。実際、ギノが魔物を統治する目的は地上の神力量を維持するためで、彼が直接的に人間に危害を加えたことはない。
その封印は、時間とともに弱まっており、ウィンターが断罪される日に解ける。人間を恨んだギノは、世界を滅ぼしてしまうのだ。
「よし。決めた」
(ギノ様のところに行ってみよう)
ゲームの知識で、ギノの神像がある場所は知っている。他の神々はウィンターを切り捨てるつもりでいるが、ギノなら助けてくれる希望がゼロではない。どうせ世界が滅ぶなら、最後の希望に賭けてみたい。ウィンターは一歩踏み出す決心をし、紙に書かれたギノの名前を丸で囲った。
新作短編、『契約通りに脇役を演じていましたが』を本日投稿したので、もしご興味を持っていただけましたら下のリンクからお願いいたします…!
脇役だと思っていたら妹と立場が逆転するシリアスざまぁです。