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07_研究発表のテーマ

 

 翌日も、放課後にウィンターはエリアノと美術室で研究発表について話し合うことに。

 廊下を歩いたていると、その途中でギノとすれ違った。彼はすれ違いざまにウィンターの耳元で囁いてくる。


「終わったら職員室に来い」

「!」


 さりげなく告げたギノは、颯爽と去っていった。一方のウィンターは、耳を撫でた吐息の感覚に、頬を染めた。少しだけ先を歩いていたエリアノがこちらを振り返り、「どうしたんですか?」と尋ねてくる。


「な、なんでもない!」


 しかし、赤面したウィンターを見たエリアノは、不思議そうに首を傾げるのだった。




 ◇◇◇




 美術室に移動したふたり。国中の貴族令嬢や貴族令息が通う王立学園の美術室は、惜しみない贅と魔法技術が注がれた荘厳豪華な一室だった。


 天井には繊細な細工が施されており、机や椅子にもライオンやぶどうの彫刻が見られる。そして、木や油絵の具が入り混じったどこか懐かしい匂いがした。

 棚に並ぶガラス瓶には、植物宝石から作られた顔料が、窓から差し込み光を受けてきらきらと輝きを放っている。


 この王立学園は普通科の他に芸術科があって、音楽や芸術分野にも力を入れており、優秀な卒業生たちが幅広い分野で活躍している。


 ウィンターたちは、机に向かい合って座った。


「発表テーマだけど、エリアノは何か興味のある分野とかある?」

「僕は別に。君は?」

「芸術分野はどうかな。芸術家の人生って波瀾万丈で面白いから、発表しやすいと思ったんだけど」

「いいと思います。有名な芸術家なら資料もたくさん残っていますし」

「うんうん、そうしよう」


 机に積み上げられた本の中から、芸術に関するものを選んで、目次を開いた。エリアノも別の本を開きながら言う。


「芸術といっても、音楽や建築、絵画とか色々分ありますが、どれにしましょうか」


 本当は昨日から、心は決まっていた。

 ウィンターはエリアノをそっと見つめて、遠慮がちに言う。


「私は……彫刻がよくて」

「!」


 そのとき、彼の眉がわずかに動いた。他人の表情の機微に敏感なウィンターは、その変化を見逃さなかった。


「もしかして嫌だった? 嫌なら全然、別のにしよう」

「……いいえ。彫刻に興味があるんですか?」

「うん。これからギノ様の神像を作って、みんなが自然に拝めるようにしたいの」

「ギノ様……というのは、闇を司る第二神の?」

「そう」


 ギノはラピナス十神でありながら、ウィンターを除いて信者がいない。信者の数は神の力に直結するし――ひとりぼっちは、寂しいから、信者を増やすために協力したいのだ。


「ギノ様は悪い神じゃなくて、本当は優しいの。助けてもらった恩があるから、ギノ様に立派な像を建てて差し上げたいんだ。それでまずは、彫刻のことを勉強しようかなって」


 すると、エリアノは本のページをこちらに見せた。


「では、彫刻家のフェアドロ・ルクレールを研究テーマにするのはどうでしょう。彼は、当時ラピナス十神であまり存在感がなかったルクティアヌス神の像を作って信仰を広めました。フェアドロは、君にも似ているので書きやすいと思います」

「私に?」

「フェアドロは、ルクティアヌスに寵愛された人間なんです」


 ウィンターも、ギノに選ばれて聖女になった。

 フェアドロはこのアンヴィル王国の人で、彼が作ったルクティアヌスの美しい巨大像は各地に残っている。


「面白そう。あれ? そういえばエリアノってフェアドロと同じ苗字だね」

「はい。フェアドロは僕の先祖なので」

「へぇ、そうなんだ……って、ご先祖様!? それって、すごい家系なんじゃ」

「ルクレール家は、フェアドロの代から今も彫刻を作ってるんです」


 この国では神像が重宝されている。神像はただの飾りではなく、神と繋がるための媒介であり、人々は像を通して神に祈りを捧げている。

 ルクレール家の神像は美しく威厳があり、広場や神殿の祭壇、道端など至るところに置いてある。


(ルクレール一族の誰かに、ギノ様の像を彫ってもらったら注目が集まるかも)

「じゃあ、エリアノも彫刻を?」

「僕はもう……彫刻ができないんです」

「え……」


 エリアノは左手で右手をぎゅっと抑え、重々しく呟いた。彼の表情に、明らかな影が差す。


 エリアノは幼いころから彫刻に慣れ親しんできた。ルクレール家の神像は、神力を注ぐ特別な方法で作るのだが、エリアノにはその才能があった。

 数代にひとりの逸材と期待され、王立学園の芸術科に進学することも決まっていた。しかし――


「一年前に、暴徒に襲われた妹を庇って怪我をし、右手に麻痺が残りました。僕はもう道具を握れません」


 彼は妹の命を守ったことで、夢が絶たれてしまったのだ。だからエリアノは今、普通科に入学した。

 利き手が使えなくなるのは、彫刻家として死んだのと同じだ。


「その暴徒は、第一神ネストロフィアネの信者でした。僕の家系はルクティアヌスの信仰を広めていたので、危険視する集団に目をつけられたんです」

「ネストロフィアネ様の……」


 確か、数百年前にギノを石像に封印したのもネストロフィアネの信者だった。彼の信者は、危ない人が多いのだろうか。


「僕の未来に希望はありません。すみません。こんなこと、君に言っても仕方ないのに」


 右手を失ったのがまだ一年前では、傷が癒えないのも当然だ。

 ウィンターは、目の前で落ち込んでいるエリアノにかける言葉を探した。


「まだ、左手は使えるんだよね」

「え……」

「右手が使えなくなったからって、希望まで全部なくなるわけじゃないよ。もちろん簡単なことじゃないと思うけど、今のエリアノにしかできないこともあるんじゃないかな。彫刻、好きなんでしょ?」


 エリアノの辛さが、ウィンターには……冬佳にはよく分かった。

 目が見えず、声が出せず、指一本動かせなかった。けれど今、こうしてここで、痛みも悲しみも全部抱えて立っている。立っていたら、ギノに出会えた。エリアノにも良いことがあってほしい。


 すると彼は、そっと目を細めた。


「そんな風に励まされたのは初めてです。家族も周りの人たちもみんな、僕を腫れ物扱いするから」

「…………」

「そうですね。右手を失ったからって、何もかも諦める必要はないですよね」

「うん、頑張ろう。私も頑張るから」


 エリアノはそっと本を閉じて言った。


「では、僕たちの研究発表は、フェアドロ・ルクレールにしましょう。僕、彫刻が大好きなんです。それと……」

「ん?」

「手が不自由になる前のように、うまくはできないと思いますが……」


 彼は緊張した面持ちでこちらを見据えた。


「ギノ様の神像、僕に彫らせていただけませんか」

「本当に……!? ありがとう、神殿の神像室の床をぴかぴかにして待ってるね」

「不格好でも?」


 ギノは、弱さや醜くさが剥き出しのものや、焼け焦げて何もなくなった場所にも手を伸ばしてくれる人だ。でなければ、ウィンターを選んだりしない。


「ギノ様はきっと、それがいいって喜ぶと思う」


 ウィンターは嬉しそうに微笑む。

 そうして、ふたりの発表テーマが決まったのだった。


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