06_嫌われ者の神像の造り手
ユアンは背筋を伸ばし、ウィンターを抱き寄せながら優等生のような態度で優雅に答えた。
「妹のことが心配で」
「はっ、随分と過保護なんだな」
「ですから僕のことは気にせず、ホームルームを続けてください」
「出て行け。何当たり前のような顔をして居座ろうとしているんだ」
ギノにきつく睨みつけられたユアンは、しぶしぶ教室を出ていった。ようやく嵐が過ぎ去ったような安心感に、ウィンターは肩の力を抜く。
(ほんと、なんだったんだろ)
ユアンに振り回されて、無駄な体力を使ってしまった気がする。
ギノは、研究発表のペアを報告するように指示した。生徒たちは、ペアの名前を名簿に書き込んでいく。しかし、ウィンターは余っていた。ぽつんとひとりで立ち尽くしているウィンターに、ギノが気づく。
「なんだ、ウィンターはまだ決まっていないのか」
「はい……」
「他に決まってないのは――」
すると、ひとりの男子生徒が手を挙げた。
「僕もまだ決まってないです」
「そうか。なら残ったふたりで組め」
「はい」
手を挙げたのは、エリアノだった。彼とは先日一悶着あったため、ちょっと気まずい。
残り物には福なんてなかった。エリアノと目が合ったウィンターは、なけなしの平常心を掻き集めて、愛想笑いを浮かべた。
「全員ペア決まったな。では、三日後までに研究テーマを決めておくように」
ギノは最低限の指示を出しを終えたあと、早々にホームルームを締めくくった。
◇◇◇
ホームルーム後、ウィンターは思い切って、エリアノに挨拶をしに行った。これからペアとして活動していく以上、うまく付き合っていかなくてはならない。
ウィンターはにこにこと笑顔で言う。
「あの……エリアノ、これからよろしくね」
「はい。余り者同士」
「う、うん」
余り者同士と言われても、嬉しくはない。
「じゃあさっそく、これからテーマについて話さない?」
「いいですよ。図書室で本を借りてから、美術室に移動しませんか?」
「そうしよっか」
おや?
思ったより自然に話せている感じがする。良い調子だと、自分に言い聞かせた。
ユアンが貸してくれた本も一緒に持っていこうと、自分のロッカーのところに行く。
(しまった。鍵、かけ忘れた)
鍵が開いているのに気づいたあと、扉をそっと引くと、切り刻まれた本の残骸が、雪崩のように落ちてきた。それを見たエリアノは唖然とし、「ひどい」とひと言零した。一方のウィンターは、あっけらかんとした様子で、ほうきを持ってきた。
「あちゃー、またやられた」
この学園内には、依然としてウィンターをよく思わない人がいる。
聖女を偽称し傲慢に振る舞っていたウィンターを軽蔑している人、かつてステラを信奉していた人、鬱憤のはけ口にしたい人など、様々だ。
ウィンターが学校に訴えず、無抵抗なのをいいことに、本当に好き勝手してくる。
「鍵はちゃんと閉めとかないとだめだね。エリアノは先に図書室行ってて。私、これ片付けてくからさ」
紙くずを掃きながらへらへらと笑うと、エリアノもほうきを持ってきて、片付けを手伝い始めた。
「こういうこと、よくあるんですか?」
「……時々」
本当は、しょっちゅうだ。
「先生に話すべきです。すぐに対応してもらっては。聖女なんですし、こんな扱いを受けていいはずがありません」
「んー……先生に言ったらその場は解決するかもしれないけど、それって多分、根本的な解決じゃない気がして」
嫌がらせをされなくなっても、その裏にあるウィンターへの感情は変わらないままだ。それに、ウィンターが嫌われているのは過去の自分の責任で。
「だから、私が変わった姿をみんなに見せるしかないと思うの」
紙くずを握り締めながら、芯のある声で呟く。
うじうじしていても目の前の現実は変わらない。だからいっそのこと笑って、ひとつひとつ乗り越えていこうと思っている。
「君は……強いんですね」
「全然だよ」
すると、エリアノは頭を下げた。
「この前はすみません。君のことを何も知らないくせに、ひどいこと言って」
「そ、そんな、いいよ。気にしてないし」
頭を下げられたウィンターはほうきを床に置いて、慌てふためく。
すると、エリアノはそっと顔を上げた。
「羨ましかったんです。国中の憧れである聖女に選ばれた君が、特別な存在に見えて。八つ当たりでした。僕には誇れるものが何ひとつないから」
「…………」
(なんか、すごいネガティブ)
エリアノは寂しげにそう言い、左手で右手を撫でる仕草をした。
ウィンターだって、自分が優れた人間だとは思っていない。ステラに比べたら落ちこぼれもいいところだし、毎日大変なことばかりだ。けれど、これまで歩んできた足跡は、大切に思っている。
エリアノに自分の境遇を重ね、自分にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「そうやって真剣に悩んでることが、エリアノの未来をちゃんと作っていくんじゃないかな」
「……!」
その時、エリアノの瞳の奥が揺れたような気がした。ようやくゴミを片付け終わり、ウィンターは立ち上がった。
「手伝ってくれてありがとう。行こっか」
「はい、行きましょう」
そう言って控えめに頬を緩めるエリアノ。彼が笑うのを初めて見た。
◇◇◇
その日は美術室で話し合いをしたが、研究発表のテーマは結局決まらなかった。
放課後、ウィンターは神殿に赴き、神力測定をしたあと神像室で祈りを捧げていた。神力は神から与えられるものなので、祈りを捧げて信仰することで、より強化できるのだ。
神像室にはラピナス十神のうち、ギノを除く十一柱の像が並べられている。
ウィンターは二神にしか会ったことがないが、ルクティアヌスの像は本人そっくりだった。
ユアンは小太りで低身長の犯罪者面で、見る度に少しだけ可哀想に思っている。ただ、底意地の悪い笑顔だけは妙に完成度が高い。
(この像の中なら、ルクティアヌス様の像が一番好きだな。あんな感じのギノ様像もあればいいのに)
十一体に祈りを捧げたあと、神像室にいる神官に声をかける。
「すみません、ここにギノ様の像を置いちゃだめなんですか?」
「だめ、ということはありませんが、十神の中でも異質であるギノ様の像を作ろうという彫刻家はいないのです」
彫刻家たちは基本的に、依頼を受ければ自分が信仰する神以外の像も作る。しかし、人間に災いをもたらすと恐れられる第二神像の制作は、タブーとなっていた。
「じゃあもし、ギノ様の像を作ってくれる彫刻家が見つかったら、置いてもいいってことですね?」
「はい」
神を像にして視覚的に表現することは、ギノの信者を広めることに繋がる。美しくて立派な神像があれば、それだけでギノの力を人々に知らしめることができる。
嫌われ者の神ギノには現在、ウィンターしか信者がいないが、彼は神の力そのものである信者を欲しているようだった。
ウィンターは空席になっている場所を見据えた。




