04_何してるんですか神様。いえ、先生
翌日、学園に行くと、学内はちょっとした騒ぎになっていた。
ウィンターのクラスの担任が休職するため、代わりに別の人が担当することになったのだが、今日はその新任が来る初日だった。
「ねー、新しい先生見た?」
「さっき廊下で見たけど、超かっこよかった!」
「どうしよう、好きになりそう」
「分かる。絶対話しかけよ」
女子生徒たちが、新しい教師の噂話をしているのを遠くに聞きながら、ウィンターは教室の端の席でユアンに借りた本を読んでいた。
すると、教室の扉が開き、新しい教師が入ってきた。その姿を見たウィンターは大きく目を見開き、思わず本を床に落とす。
(嘘。え……なんで)
その人は、黒板と教卓の間に立った。
「今日からこのクラスの担任になった。ギル・アンダーソンだ」
すらりとした長身に、漆黒の髪と瞳、人間離れした美しい顔立ち。
彼は星の数ほど存在する神々の中でも、別格の存在――ラピナス十神のうち序列二位に君臨するギノ。そして、ウィンターの好きな人だ。
(どうしてギノ様がここにいるの――!? ていうかアンダーソンって苗字だったの?)
まさか、瓜二つの見た目の別人だろうかと思い、目を擦ってもう一度見てみるが、間違いようもなくギノ本人で。
目の前の現実を受け止めきれずに、頭に疑問符ばかり浮かべていると、ギノはつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
何か言われるのだろうかと身構えていると、彼は床に落ちていた本を拾上げてほこりを払った。そして、その本でウィンターの頭をぽんと軽く叩く。
「落ちたぞ」
「あ、ありがとう……ございます。ギル、先生……?」
先生と呼ばれた彼はウィンターの目をじっと見つめ、いたずらが成功した子どものように満足げに口角を上げ、踵を返して教壇へと戻っていく。それを見ていた女子生徒たちが、ざわついた。
「何今の笑顔、やば」
「国を救えますわ。恋人はいるのかしら」
「さぁ……。今度聞いてみようよ」
国を救えるどころか、彼は国を滅ぼそうとしていた張本人――乙女ゲームのラスボスだ。
先ほどまでは、新しい教師に色めきたつ女子生徒たちを見てもなんとも思わなかったが、相手がギノであれば、話は変わってくる。そして、彼の薬指にウィンターと対になる指輪がついていないことに気づいた。
(指輪、外したんだ)
生徒とお揃いの指輪がついていると他の人に知られたら、面倒なことになるから配慮したのだろう。
するとギノは、黒板の前に立ち、口を開いた。
「来月の研究発表はふたり組で行う。今日の放課後までに話し合ってペアを決めておけ」
ギノは淡々とそう言って、教室を出ていた。ウィンターも慌てて椅子から立ち上がり、教室を飛び出してギノを追いかけていく。
「ギノ様……っ、待ってください!」
息を切らして走りながら、ギノを呼び止める。
先を歩いていた彼は立ち止まり、こちらを振り向いた。
「廊下は走るな」
ギノが指差した先には、『廊下を走らないでください』という張り紙が。すっかり教師が板についている様子だ。
「す、すみません――じゃなくて、どうしてここにいるんですか? びっくりして、心臓が止まっちゃうかと思いました」
「お前が聖女の仕事と学業の両立に苦戦していると、神界に報告があった。お前を聖女に選んだ俺にも責任があるからな。どうすれば最も効率的にサポートできるか考えた結果だ」
神界では、神々が地上に降りて活動する上での支援が充実している。ギノは、神界の支援を受けながら、一定の面積の土地を買えば貴族になれる国で爵位を買って貴族になった。そうして身分を整え、正式な手続きを踏んでから王立学園の教師になったそうだ。
「迷惑かけてごめんなさい。頑張ってはいるんですけど、から回ってばっかりで」
へへ……と困ったように笑うと、彼は言う。
「迷惑とは思っていない。俺がそうしたいからしているだけだ」
「本当に?」
「学校というものにも興味があるからな」
五百年も石像の中に閉じ込められていたから、人間社会の中で生活するのは新鮮で楽しいのかもしれない。
「それに、聖女になったばかりで完璧にこなすのは、お前でなくとも無理だ。少しずつ、着実に進んでいけばいい」
彼の言葉がウィンターの心に染み渡り、不安が和らいでいった。ウィンターはふわりと満面の笑顔を浮かべる。
「私、ギノ様に選ばれた聖女として恥じないように努力します」
すると、ギノ背を丸めて、こちらをずいと覗き込んだ。
(な、何……? 顔、近い)
「学園では――先生だ」
「は、はい。……先生」
またどこか嬉しそうに口元を緩める彼を見て、愛おしさが込み上げてくる。
(もしかして、先生呼びされるの満更でもないのかな。かわいい)
ウィンターがふっと頬をを緩めると、ギノは「何がおかしい?」と聞いてきた。
「いいえ、なんでも。それより指輪を外してるのって、私の学校生活に支障が出ないようにするため……ですよね」
「ああ。ここにあるがな」
そう言って彼は、シャツの内側にネックレスにしてつけた指輪を見せてくれた。
ウィンターだけでなく教師も信用が大事で、生徒に手を出したと思われたら、心証が悪くなって学園にいられなくなるかもしれない。
服で隠れた場所にお揃いのものがあるなんて、なんだか背徳的な気分だ。
「じゃあ、私も外そうかな」
「お前はそのままつけておけ。魔除けの意味がなくなる」
「ふ。だからその魔除けってなんですか?」
「さぁな。俺はもう行く。お前も次の授業に遅刻するぞ」
そのとき、次の授業を告げる予鈴が鳴り出した。
廊下を歩き始めたギノは、「そうだ」と言って、こちらを振り向き、最後に言った。
「研究発表はペア選びも重要だ。慎重に決めろ」
「分かりました」
分かりました、と言ったものの、元嘘つき悪役令嬢のウィンターは、相手を選べる立場ではない。
「困ったことがあれば、先生に相談しろ。――いいな?」
そして、ふいに見せられたギノの笑顔に、胸がきゅんと高鳴った。
「はい……!」




