39_私が選んだ結末(最終話)
「ねぇ、あの人見て」
「すごくかっこいい。初めて見る方だけれど、外国の貴族かしら」
「本当に素敵……!」
王宮の夜会の会場には、聖女の姿をひと目見ようと、国中の貴族たちが集まっていた。
多くの貴族たちは、当然、ステラが唯一の聖女に選ばれると思っていたため、戸惑いを隠しきれずにいる。
夜会が始まると、国王に新聖女として紹介されたウィンターは、人々に挨拶をして回った。そんな新聖女ウィンターをエスコートしている謎の美男子ギノに、令嬢たちが湧き立っていた。
(すごく女の子たちに見られてる。ギノ様、かっこいいもんね)
ウィンターはギノの腕に手をかけながら、ちらりと彼の顔を見上げた。彼はどこを見ても非の打ち所がなく、こうして下から見上げてもとにかく美しい。漆黒の髪がシャンデリアの光を反射して艶めき、夜会用の黒い礼服は、彼の美貌をより一層引き立てていた。
すると、こちらの視線に気づいたギノが、軽く口を開く。
「俺の顔に何かついてるか?」
「この彫刻、しゃべるんだ……」
「彫刻?」
「あっいや、なんでもないです。ごめんなさい。ギノ様がかっこよかったので、見蕩れちゃいました。その格好、よく似合ってます」
恥ずかしながらも賛辞を口にすると、彼はそんなウィンターをじっと見つめて囁く。
「お前こそ、綺麗だ」
その声は甘くて、ウィンターの胸を締め付けた。
「ありがとうございます。なんかこういうの、照れちゃいますね」
気まずそうに頬を掻き、あちこちに目をさまよわせる。
真っ赤になっているウィンターを、ギノはどこか愛しげに見つめ、わずかに口元を緩めた。するとまもなく、オーケストラの楽団がゆったりとしたワルツを演奏し始めた。夜会の主役が一番最初に踊り始めるものだが、今日はウィンターがその主役だ。
「あ、あの……これは私のわがままなんですけど、ロマンチックな感じで私をダンスに誘ってくれませんか? ずっと、憧れで」
乙女ゲームのスチルで見たような、攻略対象がヒロインにダンスを申し出るシーンに憧れていた。こんなに素敵な相手が目の前にいるのならと、思い切ってお願いしてみる。
ギノは少し考えたあと、無言でその場にひざまずき、白い手袋をした手をこちらに差し出した。まるで、ゲームの一場面のようなロマンチックな雰囲気に、胸が高鳴る。ウィンターだけでなく、周囲の令嬢たちもうっとりしている。
(わ、わ〜〜! かっこいい……!)
彼は黒い双眸でウィンターを見上げながら告げた。
「レディー。もしよければ俺と、踊ってほしい」
「はっ、ひゃい!」
「ふ。返事もしっかり決めてくれ」
「狼狽えました」
ウィンターはギノの手を取り、ダンスを踊り始めたが、ギノの足を何回も踏んでしまった。
「それでも本当に貴族令嬢か?」
「うっ……死ぬまでには立派な淑女になってる、はず」
最後の方は、自信がなくてどんどん尻すぼみになっていった。ギノはウィンターの腰を支え、リードして踊り、口角を意地悪に持ち上げる。
「なら、不死になれるな」
「意地悪」
彼のからかいにむっとするが、次の瞬間にはふたりでふっと笑い出していた。
ダンスを終えたあと、ふたりのもとにレビンが歩いてきた。ギノはごく自然にウィンターの腰を抱き寄せ、レビンを牽制するように見据える。
レビンは優雅に礼を執り、ウィンターに言った。
「ステラの処遇が決まったから、そなたにも共有しておく。私との婚約は解消され、そして終身刑となった」
「終身刑……」
この国の法律では通常、傷害罪は数年で牢屋から解放される場合が多い。
重い罰だが、聖女が被害者ということを踏まえれば仕方がないのかもしれない。命を奪われずに済んだのは、彼女のこれまでの功績と、彼女を慕う人たちが減刑を訴えたことが考慮された結果らしい。
レビンの手には、つい最近までついていたはずのステラとの婚約指輪が外されていた。
「レビン様はこれから、どうするおつもりですか? 私との再婚約を……考えてたり?」
「そう不安そうな顔するな。私から国王陛下に掛け合い、再婚約はなしにした。理由があったとはいえ、そなたを一度、大勢の前で辱めた事実に変わりない。すまなかった」
「前も言ったように、謝るべきなのは私の方です。これまでたくさん迷惑をかけて、本当にごめんなさい。これでもう、互いのわだかまりはなしってことでいいですか?」
「ああ、もちろん」
レビンはほっと安堵したように息を吐いた。
「レビン様が心から愛せる人に出会えるように願ってますね」
「ありがとう」
そのとき、初めて彼が笑顔を見せてくれた。悪役令嬢ウィンターが、喉から手が出るほど望んでいた微笑みだった。
レビンへの思いは過去のものだ。叶わない恋はある。けれど、執着心を手放して前に進んでいったら、きっと素敵な出会いがある。縁とはそういうものだ。過去のウィンターは、レビンに執着するばかりで新しい出会いの可能性を無視していた。
ウィンターは本当の意味で、過去を精算できた気がした。
「雑談はここまでにして、そなたの力を皆に見せてやってほしい」
「分かりました」
レビンに促され、ウィンターは一段高い場所に立った。そして、両手をかざし、呪文を唱える。
すると、広間の中に結界が張り巡らされ、まばゆい光が離散した。数秒後、ウィンターがかざした手をぎゅっと握ると、結界は小さな光の粒子となり、人々の頭上に振り注いだ。
「すごい、雪みたいだ……」
幻想的な光景に、人々は息を呑む。
「私は、皆さんが心に抱える闇に寄り添い、聖女としてこの国の平和と安寧のために尽力します。そしてどうか、皆さんおひとりおひとりが、困難を乗り越えようと頑張っている誰かに、ちょっとの優しさを持てる世の中になりますように……」
胸の前で手を組んでラピナス十神に祈りを捧げる。そして、参集者たちに対しお辞儀をすると、大きな歓声と拍手が湧き起こった。
◇◇◇
聖女のお披露目が一段落したあと、ウィンターはギノと王宮のバルコニーに出て、少し休憩することにした。バルコニーに人の気配はなく、夜鳥の鳴き声が静かに響いていた。ウィンターはギノと並んで、白亜の手すりに腕をかけた。彼は怪しさマックスの表情で、こちらの顔を覗き込む。
「本当に未練はないのか?」
「ないですよ。何回も話したように、レビン様を好きだったのは元の人格の私なので」
ウィンターは頬杖をつき、いたずらに尋ねる。
「もしかして、嫉妬してるんですか?」
「当然だ」
真剣な顔をしてそうはっきり答えるので、なんだかこちらが恥ずかしくなってしまう。
本来のウィンターはレビンに心酔していたけれど、冬佳は恋愛経験が全くない。しかし、鈍いウィンターでも、ギノといるときの胸の高鳴りに理由があると分かっている。
「指輪、ちょっと見せてください」
「これでいいか?」
ギノは言われるままに、指輪のついた右手をこちらに差し出した。ウィンターは彼の手を取り、指輪に触れ、自分の神力を注いでいく。
『それはね――あなたに永遠の愛を誓いますっていう意味があるんだよ』
ルークに教えてもらった、神界で神力を注いだ指輪を贈る意味を思い出す。これが、ギノに対するウィンターの想いだ。彼はわずかに目を見開き、黙り込む。
「これが、私の気持ちです」
精一杯の告白だったのに、なぜか返事が返ってこない。ちらりとギノの顔色をうかがうと、彼は意地悪に口の端を上げ、ウィンターの指に自分の指を絡める。
「それではよく分からない。もっと具体的に教えろ」
「!? そ、それは……」
きっと彼はウィンターの気持ちを理解した上で、反応見て楽しんでいるのだろう。ウィンターはどんどん顔を赤くしながら、震える声をどうにか絞り出した。
「私の恋人候補にギノ様を入れておけって、前におっしゃっていましたよね」
「ああ」
「ギノ様といると、いつもどきどきします。こういう風になるのはギノ様、だけだから……」
「だから?」
「だ、だから……」
ギノは余裕のある態度で、ウィンターの言葉の続きを待っている。ウィンターはふっくらとした血色の良い唇で、その続きを紡いだ。
「好きです。大好きです。恋をするならギノ様がいいです。私にもっと――恋を教えてくれますか?」
「……!」
「私がどん底にいるとき、手を差し伸べてくれたのはギノ様でした。ギノ様を他の誰にも渡したくありません」
「神を独占しようとは、大した度胸だ。悪くない」
「きゃっ――」
ギノは繋いだウィンターの手をぐいっと引き寄せ、ウィンターの華奢な腰を抱いた。
「元より他の誰にも渡す気はない。神に愛されたんだ。それなりの覚悟をしておけ」
ウィンターはギノの背に腕を回した。左手の指輪が、月明かりを反射してきらりと繊細な輝きを放つ。そして、ウィンターはこくんと頷くのだった。
「望むところです」
世界を滅ぼすはずだったラスボスは今、ウィンターの一番の味方になった。ウィンターは、これからもずっとこの人と一緒にいようと胸に誓った。
「いかなる闇の中でも、未来を力強く切り開いていけるよう――闇を司る二神ギノの祝福を、お前に捧げる」
ギノはそう言って、ウィンターの額に口付けを落とす。
石像に封印されていたときは寄り添っても冷たかったが、生身のギノの温もりは、ウィンターの鼓動を激しくさせた。
(頑張っている全ての人が報われますように。味わった困難をはるかに上回るとびきり素敵なことが沢山起こりますように)
そんな祈りとともに、幸せが腹の底から溢れ出すのを感じ、ウィンターは花が咲くような心からの笑顔を浮かべた。
fin
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本作に関しましては、続編を制作予定です。
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