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32_結界の修復と悪役令嬢

 

 ひと月後。神界が予言した通り、ルーヌ川近くの瘴気溜りに穴が開いた。


 近隣の住民たちは避難しているが、瘴気溜まりから放出された魔物たちが街で暴れ、騎士団と聖魔法師団が討伐を続けていた。しかし、瘴気溜りそのものをどうにかしなければ、問題の根本的な解決にはならない。


 そこで、神託を求めたところ、ウィンターと騎士団が向かい、結界の修復をせよとのお告げが下りた。それもまた、予定通りだった。


「死んだあと、自分の財産を孤児院に寄付してほしいだと?」

「はい。これまで沢山の人に迷惑をかけてきたので、少しでも困っている人の役に立てればと思って……」


 瘴気溜まりへ向かうその朝、ウィンターは父の執務室に行った。父は執務机の奥の椅子に腰掛け、こちらをまっすぐに見据えた。


「それではまるで、これから死ぬような物言いだな」

「先日の神託で、聖女をひとりに絞られるとお告げがありました。私が選ばれる可能性は低いです。次こそ、断罪されると思います。これまで迷惑をかけてすみませんでした」

「……」


 ウィンターはこの身体の持ち主であるウィンターの代わりに、心を込めて父に謝罪した。


「謝るのは私の方だ」

「え……?」

「娘が間違った道に進んでいたら、父親はそれを正し、味方でいるべきだった。変わろうと努力するお前を見て、私は反省した」

「お父様……」

「もし再びお前が断罪されることになったら、公爵家は神殿と王家に抗議し、減刑を求めるつもりだ」

「……!」


 神殿と王家という大きな権力に反発すれば、エヴァレット公爵家はふたつの勢力に対立する宣言をしたと捉えられ、非難される可能性もある。作らなくていい敵を作ってしまうかもしれない。それでもなお、ウィンターを守ろうとしてくれているのだ。


 ウィンターは拳を握り締め、か細い声で言う。


「でも私は、自分が聖女だと嘘をついたんです」

「……そうだとは思っていた。だが、誰にでも過ちはあるものだ。世間が許さなくても、私はお前を許す。お前はよく頑張っている。親として今のお前を誇りに思う」


 ようやく父の信頼を取り戻せたことが、ウィンターの胸に深く染みた。気づくとウィンターはぼろぼろと泣いていた。


「ふっ……ぅ、うう」

「なぜ泣く?」

「どうしようもない娘だったのに、そんなに優しい言葉をかけてもらえると思ってなかったから……」


 ぐすぐすと鼻を鳴らして泣いていると、父は立ち上がり、こちらに歩み寄った。


「なら、これからは私を失望させないでくれ。必ず無事に帰ってきなさい」

「はい。もう二度と、お父様を悲しませないと誓います」


 父は懐からハンカチを取り出し、不器用な手つきで涙を拭ってくれる。不器用だけれど、とても優しかった。ウィンターは泣き終えたあと、子どもらしく微笑む。


「私、これからはちゃんと親孝行します。あっ、肩を揉みしましょうか?」

「それはありがたいが、機嫌を取っても別荘は買わないぞ」

「別荘はもう要らないですよ。お仕事ばっかりで凝ってるでしょ。ほら、椅子に座ってください」


 ウィンターは父の後ろに回り、肩を解し始める。すると、父は身じろぎした。


「お、おいそこはやめろ。くすぐったい、ははっ、やめんか!」


 父はそう言いながら笑う。彼の笑顔を見たのは初めてだった。

 これまで迷惑をかけてきた分、本物のウィンターの代わりに親孝行ができたらと思う。


 ウィンターに肩を揉まれながら、父は言った。


「ウィンター。私に隠し事をしているのではないか?」

「隠し事?」


 まさか、ウィンターの中に別人格が宿っているのを気付かれたのではないかと身構える。


「窓からいつもお前に会いに来ている無礼な客人のことだ」

「気づいてたんですか……!?」

「時々、楽しそうなお前の笑い声が部屋から聞こえてきていた。今でなくてもいいから、いつか聞かせてくれ。彼がどんな人なのか」


 もし、神だと言ったらまた嘘つきと言われてしまうだろうか。今日は伝えられないけれど、いつかウィンターを助けてくれた神の話をしたいと思った。


「……改めて、ゆっくり話します。怒ってますか?」

「いいや、怒ってはいない。次は玄関から招きなさい。お前の特別な人なんだろう」

「――はい。すごく」




 ◇◇◇




 父の執務室を出ると、ユアンが廊下で待ち伏せしていた。彼はいつもより怖い顔していて、部屋に戻ろうとするウィンターの腕を掴んだ。


「勝手に死ぬなんて許さないから」

「お父様との会話、盗み聞きしてたの?」

「君の声が無駄にでかいだけ」


 なんだか鼻につく言い方だが、彼の切羽詰まったような表情から、心配してくれているのだと分かった。ウィンターは立ち止まり、ユアンを見上げた。


「やれることをやって、その結果どうなろうと受け入れるつもり」

「そう……だね」


 ユアンはウィンターの手を離し、自分が身に付けている守護石付きのペンダントを外した。このペンダントは、神力測定のときにウィンターが彼に贈ったものだ。


「第五神ユアンリードの祝福を――ウィンター・エヴァレットに」


 彼はそう唱えて守護石にちゅ、と口付けた。すると、守護石がわずかに光を放つ。

 ユアンはペンダントをウィンターに掛けた。


「何したの?」

「神力を注いだんだ。これを身に付けていれば、一度だけ魔物の攻撃を防ぎ、強力な氷魔法で対象の魔物を消滅させることができる」

「ありがとう、お兄様。ルーク様に以前、神力を注いだ指輪を相手に贈るのは永遠の愛を誓う意味があるって聞いたよ。これはペンダントだけど……お兄様は妹が大好きなんだね」


 からかうようににやりと笑うと、ユアンはウィンターの頬をつねった。


「痛っ!?」

「ウィンターに死なれたらからかう相手がいなくなって退屈なだけ」

「んもう。素直じゃないんだから」


 ウィンターはユアンの手を、ぱしんっと軽く払う。

 理不尽につねられた頬を撫でていると、彼は真剣な顔して、ウィンターの肩にそっと手を置いた。


「逃げたくなったら、いつでも言って」

「うん、分かった」


 逃げる場所があるというだけで、心強さを感じる。肩にかかるずっしりとした手の重みが、ウィンターの不安を和らげるのだった。


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