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31_ヒロインの嫉妬

 

 王宮の建物を出て、兄との集合場所である停車場へと向かった。その途中、木の根元に小鳥が落ちているのを見つけた。

 明らかに弱った様子で、身じろぎもせずにぐったりとしているが、まだどうにか生きているようだ。


「大変。怪我してるの?」


 しゃがみ込んで観察するが、どこからも血は出ていない。木の上に巣があったので、そこから落ちてしまったのだろう。血は出ていなくても、打撲や骨折があるかもしれない。


「大丈夫。すぐ治してあげるからね」


 先ほどのガラス窓の修復でかなり神力を消耗していたが、なけなしの神力を絞り出し、治癒を施した。金の羽毛をまとった鳥が、ウィンターの手のひらで頼りなさげに鳴く。


「巣から落ちちゃったのね」


 戻してあげようと思ったものの、前世を含めて木登りの経験が一度もないウィンターは、どうすべきか悩んだ。辺りを見渡すと、ちょうど木の剪定作業が行われていたらしく、近くの木に梯子がかかっているのを見つけた。


(あれを使えばなんとかいけるかも)


 ウィンターは梯子を借り、木に立てかけて登り始めた。時々下を見ては高さに身震いしつつ、ようやく巣がある場所まで登って、太い枝に片足を乗せ、鳥を巣に戻した。


「もう落ちないように気をつけてね。さ、お戻り」

「ピッ」


 小鳥はそう返事をし、巣の中に収まった。巣には他にも数羽の小鳥がいたが、金色ではなく灰色の羽をしていた。ウィンターを親鳥だと思っているのか、餌を求めて一斉に鳴き始めた。その様子を見て、ウィンターは戸惑う。


「ごめんなさい、餌は持ってないの。どうしよう、お腹が空いてるの?」


 するとそのとき、木の下から声をかけられた。


「高貴な聖女が、木登りだなんてはしたない」

「……! ステラ……」


 ステラは愛らしい笑顔を浮かべているが、目の奥は笑っていない。


「レビン様からずっと、あなたが偽物だと聞いておりました。わたくしは嘘つきのせいで、自分の地位が脅かされることに不安を感じ続けて参りました。ですが、もうすぐ、この苦しみから解放される」


 彼女はふふっと優雅に笑い、梯子を倒した。


「ちょっと、何するの!」

「いっそあなたも、そこの小鳥たちみたく木の上で暮らしたらいかがです? そうしたらわたくしもあなたの顔を見なくて済むので」


 ステラは煩わしそうにそう吐き捨てる。


「先日神託が下り、再認定式でわたくしたちのうちひとりが聖女に選ばれることになりました。当然、選ばれるのはこのわたくしでしょう。聖女の座もレビン様も、あなたには絶対渡しません」


 ステラは胸に手を当ててそう宣言し、足早にその場を去っていった。そして、その姿を金の鳥が目を光らせながら見つめていた。


「待って、梯子は――」


 ウィンターはステラに声をかけるが、彼女は振り返らずに行ってしまった。

 残されたウィンターはどうしたものかと思案を重ね、自力で木を降りる決心をした。


(下を見ちゃだめ、下を見ない、下を見ない)


 木の幹を慎重に掴み、そろそろと足を下ろしていく。しかし、途中で足を滑らせ、幹から手を放してしまった。半身が下に傾き、宙に浮く。


(やだ、ギノ様……)


 ウィンターは咄嗟に、ギノに与えられた指輪に神力を注ぎ、助けを求めた。


 ぎゅっと目を閉じ、衝撃を受け止める覚悟する。しかし、ウィンターの身体に予想していたような衝撃はなく、むしろ柔らかいものに包まれていた。


 はっとして目を開けると、ギノがウィンターを抱き庇い、下敷きになっていた。ふたりは互いに密着した状態で芝生の上に倒れていた。


「呼ばれたから飛んできてみれば……ひとりで木登りか? 随分とお転婆だな」


 下敷きになったギノは手を伸ばし、ウィンターの青い髪をひと束すくった。


「巣から落ちた小鳥を戻してたんです。金色の珍しい鳥で、すごくかわいくて」

「ああ、あれか。あれは――鳥じゃない」


 ギノの視線の先を目で追うと、金色の鳥が光を放ちながら、巣から空へと羽ばたいていった。


「あの気配は……ネストロフィアネか」

「最高神の? どうして鳥の姿なんかに」

「お前を見に来ていたんだろう。妙な真似を」


 ギノはウィンターの腰を抱き、後頭部に手を寄せながら、鳥を威嚇するように睨みつけた。


(本当にふたりは仲が悪いんだ……)


 鳥が視界から消えて、再び視線を落とすと、すぐ間近にギノの顔があった。あと少し動いたら、唇同士が触れてしまいそうな距離。小鳥を目で追うのに夢中になっていて、ギノの上に乗っていることを忘れていた。ウィンターは耳の先まで真っ赤になる。


「ごめんなさいっ、すぐに退くので」

「いや、もう少しこのままでいろ」

(え……)


 ギノの上から降りようとするウィンターを、彼は更に抱き寄せた。ウィンターも抵抗せずに、彼の胸に顔を埋める。ぴったりと耳を寄せた胸から、規則的な心臓の鼓動が聞こえてきた。


「助けに来てくれて、ありがとうございます」

「いや、いい。世話が焼けるのも悪くない」


 彼の言葉が、すっと胸に染み渡る。

 自分はひとりではなく、困ったときに駆けつけてくれる存在がいるのだと実感させてくれる。


(前世でも、ギノ様が傍にいたら寂しくなかったのに)


 そのとき、ギノがウィンターの指輪を撫でた。その仕草を見て、ルークに教えられた神力を注いだ指輪を誰かに贈る意味を思い出し、口を開いた。


「――あなたに、永遠の愛を誓います」


 ウィンターは芝生に手をついて身体をわずかに起こし、ギノを見下ろしながら続けて言った。


「神界で神力を閉じ込めた指輪を贈るのは、そんな意味があると聞きました。どうしてこの指輪を、くださったんですか……?」

「惚れているから。俺は――お前が好きだ」


 一も二もなく告げられた言葉に、ウィンターは目を見開く。

 さぁ……と、葉が揺れる音が響く。ギノは手を伸ばし、ウィンターの滑らかな頬を撫でた。


「私は……」

「返事を求めるつもりはない」

「……」

「人間は嫌いだ。愚かで、醜悪で、卑怯で……。どんなに尽くしても、奴らは平気で踏みにじってきた。だから、そんな人間は滅べばいいと思った。だが――」


 ギノは真剣な眼差しでこちらを見つめた。闇を吸い込んだような漆黒の瞳に射抜かれ、胸がきゅうと切なく締め付けられる。


「石像の中で、お前の声を聞いて、忘れかけていたことを思い出した。人間は醜いだけではなく、崇高な心も持っているのだと。お前のおかげで、荒んでいたのは己の心だと気づいた」


 ウィンターはギノの身体から離れて、芝生の上に座る。


「ギノ様は優しいですよ。私も時々、人が大嫌いになります。何もかも壊れて消えたらいいって、口に出さないだけで思うことはあります」

「……」

「元の私が聖女を偽称して、みんなを混乱させたのは事実です。一生懸命頑張って大勢の人に尽くしても、その罪は消えないし、制裁からも逃げられません。この身体で生きる以上、背負うべき業だと思ってます」


 木の根元に倒れた梯子を見て、眉をひそめる。悪役令嬢ウィンターはみんなの嫌われ者で、どこに行っても白い目で見られ、迫害されてきた。人から悪意を向けられる度に、人が怖くなり、心がすり減ってきた。


 前世でも、冬佳の病気のことで両親が喧嘩ばかりするのを見ていた。病気のせいで、迷惑がられたりひどい言葉を投げかけられたり、はっとするような人の冷たさに何度も触れてきた。それでも、人を傷つけていい理由にはならない。


「ギノ様も神様だから分かるでしょ? 誰かを傷つければ、その報いが必ず返ってくるんです。あなたには……自分が犯した罪のことで苦しんでほしくありません。憎しみを手放して前向きに生きていたら、次はちゃんと幸せなことが起こるから。良いことばっかりじゃないけど、悪いこともずっとは続きません」

「…………」

「でも、私から逃げたくなったら、逃げてくださいね。ギノ様」

「俺は離れないと分かっているくせに。お前こそ、疫病神から逃げた方がいいんじゃないか?」

「私はそんな風に思ってないって、知ってるでしょ」


 ウィンターは過去の痛みを全部抱き締めながら、ふわりと優しく微笑んだ。


「私、ギノ様に出会えて幸せ」


 次の瞬間、ギノに抱き締められていた。彼はウィンターをしっかりと掻き抱いたまま、「それは俺のセリフだ」と囁いた。



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