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03_婚約者の傍にはいつも聖女候補がいる


 その日、ウィンターは身支度を整え、王都の中心部にある神殿を訪れた。エヴァレット公爵家のタウンハウスからだと、馬車で一時間ほどの距離だ。


 聖女候補は月に一度、神殿で神力を測定する習わしがある。しかし、ウィンターは面倒がって、ここ半年は一度も足を運んでいない。


(久しぶりの神殿だけど、みんなにどんな反応されるんだろう)


 長年努力を怠ってきたせいで、ウィンターは平均以下の神力量しかない落ちこぼれた。神殿で祈りを捧げ、修行に励めば、多少は増えるかもしれないが、ステラが聖女になるのは既定の事実だ。

 彼女は神殿で測定を行う度、みるみる神力量が増え、神官たちを驚かせているとか。


 この世界において、聖女には――覚醒が必要となる。ただ聖女に選ばれただけでは、完全に力を行使することができない。研修期間を経て覚醒の儀を通し、神から真の力を授かるのだ。日々の鍛錬によって神力量を増やしているのは、聖女の身体を覚醒に耐えられる器にするため。


 神殿の敷地内に到着し、馬車を降りる。聖女候補ならば普通、手厚く歓迎されるものだが、ウィンターを迎えに来た者はひとりもいなかった。

 そのとき、もう一台の馬車が到着し、神官たちがぞろぞろ集まってきて、歓迎の言葉を口にした。


「「ようこそおいでくださいました! 聖女様!」」

「ごきげんよう。みんなでお迎えしてくださってありがとう」


 鈴を転がすような愛らしい声が、ウィンターの鼓膜に届いた。聞き馴染みのあるその声に振り向くと、ステラが馬車を降りる姿が見えた。

 こつん、とつま先が石畳を踏んだ瞬間、彼女の長いピンク髪が、ふわりと風に揺れる。


「ふふっ、でも気が早いですね。わたくしはまだ聖女ではなく候補ですよ?」


 ステラは口元に手を添え、優美に微笑む。その愛らしい笑顔に、神官たちはうっとりと見蕩れた。

 彼女は乙女ゲームのヒロインで、未来の聖女だ。

 くりっとした赤い瞳が特徴的な可愛らしい顔立ちは、見る人の庇護欲を掻き立てる。

 人当たりがよく、品行方正で謙虚なステラは人々に慕われていた。


 神官のひとりが馬車の踏み台を片付け、また別の神官がステラの荷物を持つ。またまた別の神官は、彼女の日傘を差し出した。神官たちに囲まれながら、楽しそうに話をするステラが眩しくて、ウィンターは太陽でも見るかのように目を細めた。


(当たり前だけど、対応の差がすごい……!)


 誰にも歓迎されず、目の前に砂埃が寂しげに舞うウィンターとは対照的に、ステラの周りは賑やかそのものだった。


「ですがもう、次の聖女はステラ様に決まったようなものです!」

「そうですよ。我々はそりゃーもう、全力でステラ様を応援しますから」

「ステラ様が聖女になれば、この国の未来も明るいでしょう」


 ステラはすごい人気ぶりで、神官たちから次々と応援の言葉を投げかけられていた。彼女は天使のような笑顔を浮かべて、彼らの言葉のひとつひとつに丁寧に相槌を打ち、耳を傾けている。


「こうして皆さんに応援していただけるなんて、わたくしはとっても幸せ者です……!」


 そんなやり取りを遠くから眺めていると、人集りの真ん中にいるステラと視線がかち合った。まさかここにウィンターが来るとは予想していなかったらしい彼女は、元々大きな瞳を更に大きくした。


「あら、ウィンター様……いらしてたんですね。ごきげんよう」


 ステラはライバルに対し、スカートを摘んで深くお辞儀をした。神官たちもようやくウィンターの存在に気づいたようだが、彼らの目には敵意のようなものが滲んでいた。


 和やかだった空気が、一瞬にして気まずくなった。


 悪役令嬢のウィンターは高飛車でプライドが高く、一度もステラに挨拶を返したことがなかった。けれど、ここにいるウィンターは前世の人格が融合した別人であり、以前のウィンターとは違う。


 ウィンターはにっこりと愛想く微笑み、手を振った。


「こんにちは。今日はよろしくね」

「「…………」」


 ウィンターが挨拶を返したことに、ステラたちは驚き、しばらく呆然とした。


「お、おい。ウィンター様がお笑いになったぞ。挨拶をしてくるなんておかしい。頭でも打ったのか?」

「明日はきっと大雨ね」


 神官たちがひそひそと話す声がウィンターの耳まで届き、呆れ混じりの半眼を浮かべる。


(挨拶しただけでそんな大袈裟な)


 だが、これまでの態度を考えれば無理もないだろう。


 するとそのとき、停車場に別の一行が現れた。ひとりの青年が、数名の騎士を付き従えて歩いてくる。金髪をなびかせた長身の美男子で、その瞳は王族を象徴する金色だった。

 彼は、ウィンターの初恋の相手であり、婚約者の――レビン。レビンはウィンターとステラを交互に見たあと、口を開いた。


「――ステラ!」


 彼が呼んだのは、婚約者ではなくステラの名前。そして彼は、当たり前のようにステラの隣に立つのだった。


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