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29_神力を込めた指輪


「ごほっ、ゲボッ……ごほ」


 想定外の質問に驚き、口に含んでいた紅茶をむせる。ルークの瞳の奥が、好奇心に揺れている。


(そういえばルーク様は、乙女ゲームのアドバイザーポジだった)


 ウィンターが顔を紅潮させて言葉に詰まっていると、彼は続けて言った。


「気さくで愛想が良く、でもちょっとサディストな兄か、初恋の元婚約者か、それとも……クールで気難しく、でもキミを救った救世主か。選り取りみどりではないか」

「な、なんでその三択なんですか……?」


 前世を含めても、ウィンターは一度も恋愛をしたことがない。悪役令嬢ウィンターの初恋相手はレビンだったが、今のウィンターには別人格が宿っているので、自分が好きだった相手という感覚はない。


「今は自分のことに必死で、恋愛のことを考えてる余裕なんてないですし」

「でも、もし仮にキミが聖女として神界に認められたとして。この国の伝統では、聖女は王太子と結婚することが決まっている。レビンと結婚するのを受け入れるかい?」

「レビン様にはステラがいます」

「聖女は一国につきひとり。ステラが聖女でなくなる可能性も否定しきれないだろう」


 レビンの心に自分がいないのは分かっているし、ウィンターも彼のことが好きではない。公開断罪の件でふたりの溝は更に深まっており、お互いにとって幸せな結婚にはならないだろう。ウィンターはゆっくりと首を横に振る。


「レビン様とは結婚できません」

「なら、先に別の男と結婚するのも手ではないかい?」

「!」


 強硬手段ではあるが、結婚相手がいたら、仮に聖女として正式に認められたとしても、王太子との婚姻を強要されずに済むかもしれない。


「キミはユアンリードと血が繋がっていないし、手続きを踏めば婚姻も可能だ」

「お兄様は、そういう対象じゃないです」


 日々ユアンにからかわれてきた記憶が蘇り、苦笑する。するとルークは、「彼も可哀想に」と小さく呟いた。


「では、ギノは?」

「ギノ様は……」


 そのとき、ウィンターの顔が真っ赤に染まる。

 ウィンターは何も言わなかったが、ルークはその反応から答えを得た。


 すると、ルークはソファーから立ち上がり、こちらに歩いてきた。そして次の瞬間、美しい青年の姿になる。彼はそれを「ボクの本当の姿だよ」と言った。

 サラサラの髪は肩の辺りで揃えられており、目鼻立ちも女性のような洗練された美しさがある。神秘的で、ミステリアスな姿に息を呑む。


(綺麗な人……)


 それからルークはひざまずき、自然な動きでウィンターの足をすくって甲に口づけを落とす。


「きゃっ……!?」


 突然の口づけに驚いて固まっていると、彼は顔を上げていった。


「この世界の愛を司る神、ルクティアヌスがキミに祝福を送ろう。キミが素晴らしい愛に出会いますように。ボクは何より、愛し合う人間を見るのがとても好きなんだ」


 彼はウィンターの足をそっと床に下ろし、指輪に視線を落とす。


「ところで、この指輪は誰からもらったんだい? とても強力な神力を感じる」

「えっと……ギノ様に」

「なるほど。彼もこのような粋な真似をするようになったんだね。神界において、自分の神力を注いだ指輪を贈るのは――特別な意味があるんだ」

「特別な意味?」

「そう」


 そして、ルークは不敵に微笑んだ。


「それはね――」




 ◇◇◇




 応接間を出たウィンターは、広大な王宮の廊下をひとりで歩いていた。ユアンは王宮のどこかで、退職する廷臣に挨拶をしている。他にも色々とやることがあるらしく、夕方に一緒の馬車で帰るまで、ウィンターは王宮内を散策して時間を潰すことにした。


 廊下を歩いていると、前方で人集りを見つけた。


「ちょっと!? どうしてくれるんですか!」

「このガラスいくらすると思ってるんです? 弁償してもらいますからね」


 メイドたちの叱責が耳に入ってきて、立ち止まる。どうやら、侍女のひとりが急いでいる最中に廊下に置かれていたワゴンにぶつかり、窓ガラスを割ってしまったようだ。


「申し訳ございません、どうかお許しを……! 母が病気で治療費がかかるので、弁償するお金なんて……」


 ガラスを割った侍女の切々とした訴えを聞き、ウィンターは人集りに割り込んだ。


「ガラスを割ったのは私です」

「あなたは一体……?」


 突然現れたウィンターに、メイドたちは戸惑った様子を見せた。エヴァレット公爵家の令嬢だと名乗ったあと、メイドにウィンターがぶつかったせいでワゴンがガラスに当たって割れたのだと説明する。


(こういう嘘なら、ついていいよね)


 ガラスを割った侍女はウィンターの嘘に困惑していたが、ウィンターは「私に任せて」という意図を込めて目配せをした。


「メイド長には私が直接謝罪しますし、割ったガラスの弁償もします。だから彼女のことは、どうか叱らないでください」

「公爵令嬢がそうおっしゃるのなら……」


 メイドたちは多少の不信感を漂わせつつも、ウィンターの話を聞いて引き下がった。

 王宮の窓ガラスは、ただのガラスではなく、結界魔法による特殊な加工が施されていて、外から割って侵入できないようになっている。そして、内側からは割れるとか。


 ウィンターはガラスを割った侍女ルアラとその場に残り、破片の掃除を手伝った。

 ルアラはちりとりに破片を集めながら、申し訳なさそうに言う。


「庇っていただいた上に、片付けまで手伝っていただき……すみません」

「全然気にしないで。お母さんの病気、早く治るといいね」

「……はい。ウィンター様はお優しいんですね。その……」


 気まずそうに言い淀む彼女を見て、ウィンターはその言葉の続きを予想した。


「評判とは違って?」

「……」


 ルアラは目をさまよわせ、やがて「……はい」と小さく頷いた。


「ふふ、そんなに申し訳なさそうな顔しなくていいよ。私が嫌われてるのは分かってるし」


 前世の記憶を思い出してからというもの、名誉回復のためできる限り品行方正に振る舞ってきたつもりだったが、悪評は根強く残っているようだ。


「実は私、王宮に仕える侍女ではなく――ステラ・イーリエ様に仕えている者でして」


 予想外の人物だったことが分かり、ウィンターは目を見開いた。


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