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25_第二神の過去 ※ギノside

 

 ずっと、人間が嫌いだった。


 光、闇、火、水、土、風……あらゆる要素が絶妙に調和しているからこそ、世界は成り立っている。ギノは闇を司る神として誕生し、世界の秩序を守るために貢献してきた。それは、全ての神に共通する使命だ。


 闇が存在しなければ、光は存在できない。渇きがあるから満たしがあり、悲しみがあるから喜びがあり、痛みがあるから癒しがある。それが世界の摂理だ。


 しかし人間は、光を求め、闇を疎んだ。


 ギノの役目は、世界に存在する魔力量を一定に保つこと。魔力とは闇属性の神力であり、主に魔物や人間の負の感情から放出され、世界を満たしている。ギノは魔力量を維持するため、魔物を生み出し、また間引いていた。


 魔物を統べる存在として、ギノは人間に敵と見なされ、封印された。ギノを封印したのは、最高神ネストロフィアネが選んだアンヴィル王国の聖女のひとりだった。覚醒した彼女は天才的な光魔法の使い手となり、人間でありながら、下級の神に匹敵するほどの膨大な神力を持っていた。そして、ネストロフィアネの熱心な信者でもあった。


 聖女は弱った魔物を大量に捕まえて囮にし、ギノに交渉を持ちかけてきた。


『魔物を解放しろ。そいつらに罪はない』

『これまで大量の魔物を殺してきたくせに、同情するなんて矛盾していますわね。捨て置けばいいものを。――では、わたくしの言うことを聞いてくださいませ。でなければ、この魔物たちに死より恐ろしい痛みを味わわせますよ』

『何をすればいい?』

『わたくしの取るに足らない魔法を一度受けてください。ただそれだけ、簡単なことですわ』


 檻の中で、生まれてまもない魔物たちが頼りなさげに鳴いている。世界の秩序を維持するために魔物を間引いているギノだが、無意味な殺戮は好まない。だから、助けるために交渉を受け入れた。



『わたくしはただ、ネストロフィアネ様の光でこの世界を満たし、平和にしたいのです。ですから、(あなた)は世界に要りません』



 聖女はそう言い、魔物の解放と引き換えに、強力な封印魔法でギノをネストロフィアネの石像に封印した。


 長い間、第一神ネストロフィアネと第二神ギノの激しい勢力争いが繰り広げられてきたが、人間の娘の手でその争いに終止符が打たれたのだった。


 ギノが封印されたことで、魔物の数は減っていき、世界の闇は劣勢になり、光が優勢な世界になった。


(俺は世界の秩序を守ってきただけだ。それなのにこの仕打ちはなんだ?)


 ギノは魔物を誕生させては減らし、誕生させては減らしを繰り返し、世界の魔力を一定に保っていた。それがなくなれば、魔物がいなくなって平和になるようにも思える。だが、実際は逆で、魔物に向けられていた人間たちの恐怖や怒りが別のところに向くようになった。


 やがて人間同士が争い合うようになり、戦争が繰り返されるようになった。世界は滅ぼされる寸前まで行った。そして、神界は意図的に自然を操って魔物の活動を活発化させ、人間同士の争いを鎮めたのだった。


(人間を許さない。いつかこの封印が解けたとき、人間を滅ぼしてやる)


 ネストロフィアネの石像に封印されたのは、本当に屈辱的だった。そのうちに頭部が落ちて、石像は首なしと呼ばれるようになった。

 石像に封じられている間、ギノの中に、人間たちへの怒りや憎しみが根付いていった。


 何年、何十年という時間を石像の中で孤独に過ごしていた。

 神界にも人間界にも、ギノを気にかける者はいない。ギノは実力だけでラピナス十神に名を連ねていたが、ずっとひとりだった。


 そんなある日、ギノのもとにひとりの娘が現れた。


「あのぅ……願い事って受け付けてる感じですかね」


 娘の呼びかけに、深い眠りについていた意識が目を覚ました。


(この女は誰だ?)


 石像である自分に、声を出すことはできない。だが、娘は返事のない石像に更に話しかけてきた。


「も、もしもーし! 聞こえてるんでしょう? 今日は神様にお願いがあってきたんです。実は前世の記憶があって――」


 彼女はウィンターと名乗り、聞いてもいないのに、自分の生い立ちや経歴をペラペラと喋り続け、断罪を回避するために助けを求めてきた。そして、前世で遊んでいたゲームとやらから情報を得て、ギノが石像に封じられていることや、ギノがいずれ世界を滅ぼそうと企んでいることを知っていて、それを止めようとしてきた。


「……五百年も一人ぼっちで、寂しかったですよね。私は、寂しいのは嫌いです」

(人間は嫌いだ。さっさと去れ)


 しかしその声は、ウィンターに届かない。彼女は綺麗なハンカチで石像の汚れを拭き、「私がもう、神様を寂しくさせません。また明日もお祈りをしに来ますね!」と微笑みかけてから去っていった。


(もう二度と来るな。煩わしい)


 そんなギノの思いとは裏腹に、ウィンターは毎日ギノのもとに通った。雨の日も風の日も、毎日、毎日……。最初はウィンターを鬱陶しく感じていたが、いつも明るく前向きな彼女の声を聞いているうちに、自然と憂鬱な感情が吹き飛んでいた。


 ウィンターは石像のためにクッキーを焼いてきたり、歌やバイオリンを聞かせたりした。


「今日はクッキーを焼いてきました。神様は食べられないけど、私がその分食べるので安心してください! しょっぱ!? 砂糖と塩間違えてた……。いつか封印が解けたら、神様の分も作ってきますね。もちろん砂糖と塩は間違えません!」

(予言する。お前はまた同じ失敗をするだろう)

「今日は小テストで満点を取ったんです、頑張って勉強してよかったな。勉強は得意ですか?」

(人間が修める程度の学問なら、余裕だ)

「ねぇ、今のバイオリン演奏、すごく良かったと思いませんか?」

(今までに聞いたことがないほど不快な和音だった。そのバイオリンがかわいそうだ)

「ふふやっぱり? 天才だなんて褒めすぎですよもう。まぁ知ってますけど」

(一言も褒めてない。だが――)


 懲りずに話しかけてくるウィンターに、ギノはいつの間にか絆されていった。ウィンターが一方的に話すだけで、面と向かって会話をしたことはない。声は届いているが、彼女の姿を見ることはできなかった。


(お前の楽しそうによく喋るところは、嫌いじゃない)


 ある日、ウィンターは自分も寒いだろうに、石像に自分のマフラーを巻いてきた。

 

「今日は寒いですね。これを使ってください。あったかいですか?」

(石像は温度を感じない。だが、きっと温かいんだろうな)


 ウィンターとの時間を重ねていくうちに、人間への憎しみは薄れていき、代わりにウィンターへの好奇心が芽生え始めていた。


(ウィンターはどんな顔をしていて、どんな風に笑うんだろうか)


 彼女は様々な感情を見せた。笑ったり、怒ったり、落ち込んだり。そして今日は、壮絶な悲壮感のようなものを漂わせていた。


「やってみたいことが……沢山ありました。友達を作って学園生活を楽しんで、恋をして、毎日幸せに過ごすんです。でも私、死んじゃうみたい。私の人生、良いことなんてなんにもないや。いつも、いつも、報われない……」


 彼女は絞り出すように「助けて……」と呟いた。震えたその声から、彼女が泣いていることが分かった。


(今の俺では、涙を拭ってやることすらできない)


 何もできない自分に対するもどかしさとともに、ウィンターへの恋心を自覚した。そして、石像にわずかにヒビが入った。五百年の時を経て、忌々しい聖女の封印は解けた。


 ウィンターが断罪されることは、彼女から何度も聞かされていたので知っていた。意識を断罪会場に飛ばすと、ひとりの令嬢が、人々の悪意や敵意にさらされていた。

 ウィンターは静かに、処断を受け入れようとしていた。


「処刑を受け入れます」

『その必要はない。ラピナス神序列第二位ギノの名において、ウィンター・エヴァレットをふたり目の聖女と認める。以上』


 神界には、ラピナス十神の過半数の同意なしに神託を下すことを禁じる掟があった。しかしギノは、ウィンターを助けるためにその掟を破り、彼女を前代未聞の二人目の聖女に認定した。


 ギノはずっと、心に癒えない渇きを抱えていた。人々に疎まれる闇の性質を持ちながら、光を求め、癒しを欲してきた。

 石像に閉じ込められていたギノにとって、ウィンターの存在は、暗闇に差し込む一筋の光そのものだった。闇に囚われてきた五百年という時間が、その光を更に際立たせた。


 その後、ギノは人間の姿になり、森でウィンターと対面した。空を吸い込んだような青い髪と瞳、ふっくらとした血色の良い唇に、白く陶器のような肌。凛とした美貌に、ギノは一瞬魅入った。


「はじめまして、ウィンターです。神様……ですか?」

(ウィンターは、俺が必ず守ってみせる)


 対面した瞬間、ギノはそう誓いを立てた。そして自分は、ウィンターの願いを叶えるために存在する神になるのだと……。


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